太のまんぷくグルメ紀行 (7)

 ――冬休み 東海道新幹線・こだま 車内


 東北から帰ってきた太。

 冬休みの残りをグルメ旅行に費やすことにしたのだ。

 先程東京駅を発ち、車窓には大都会・東京のビル群が流れ、JR京浜東北線やJR山手線などと並走している。


 太は、盛岡駅での詩穂との別れを思い出していた。

 これまで、いつも詩穂とは笑顔で別れていた。


 しかし――


「ヤダーッ! 帰っちゃヤダーッ!」


 ――詩穂は小さな子どものように、大泣きしたのである。


 太を掴んで離さない詩穂と、春休みにまた会うことを約束。

 叔父と叔母もそれに賛同し、詩穂は渋々太を送り出したのであった。


(春休みまではLIMEでやり取りできるしね)


 太は、詩穂との再会を楽しみにしながら、LIMEでのやり取りをスマートフォンで眺めていた。

 太の心も少しずつ変わっていっているようです。


「さて、駅弁食べるか!」


 いや、もうちょっと詩穂との思い出を……

 ビニール袋から取り出した駅弁は、青いパッケージにこう書かれていた。


『東京名物 深川めし』


 太は、パッケージを外した。


「うぉーっ! これは萌えるぅ!」


 駅弁に萌える男・太。

 ご飯が見えないほど、みっちりと乗ったアサリの深川煮に萌えたようだ。


「早速……いっただっきま〜す! (ぱくり)」

 

 太の口の中に広がる磯の香り。

 甘味噌で炊き上げられ、生姜風味に仕上げられたアサリに臭みは一切なく、ゴボウとアサリの炊き込みご飯との相性もバッチリだ。


「味の濃いボリューム満点の駅弁もいいけど、こういう大人な感じの駅弁もいいね! し・あ・わ・せ♪」


 品川駅を出た辺りでもう食べ終わった太。

 さすがである。


「さてと……」


 もうひとつ、ビニール袋を出した。


 もうひとつ?

 ふたつ買ったの?

 中から取り出したのは、黄色い包み紙のお弁当。


『シウマイ弁当』


 東京・横浜にお住まいの方にはお馴染みかもしれないお弁当だ。

 早速紐を解いて、包み紙と蓋を外す太。


「やっぱりコレだよね〜、ふんふん〜♪」


 太は、ウッキウキかつ鼻歌交じりでシウマイに辛子と醤油をつけていく。


 鼻歌交じり。

 こだまなので乗客は少ないが、傍から見ると不気味である。


「ではでは、いっただっきま〜す! (ぱくり)」


 シウマイを頬張る太。


「冷めているのに、なんでこんなに美味しいんだろう……」


 シウマイの販売は昭和三年(一九二八年)、シウマイ弁当の販売は昭和二十九年(一九五四年)からという、これまた歴史の古いメニューである。

 冷めても美味しい秘密は、具材として豚肉に混ぜられた干し帆立貝柱にある。


 『少しでも美味しいシウマイを』


 そんな製造元の試行錯誤と優しい思いが込められたシウマイだ。


「シウマイも美味しいけど、『コレ』も美味しいんだよね〜♪(ぱくり)うまーい♪」


 太が口にしたのは、細かく刻まれた『タケノコ』。

 食感が損なわれない程度に甘く煮こまれたタケノコは、実はファンが多いおかずで、シウマイ弁当の名バイプレイヤーなのである。


 こちらもキレイに食べ終えた。


「東京名物と横浜名物、ごちそうさまでした! し・あ・わ・せ♪」


 空になったふたつの弁当箱に手を合わせる太。


「さて、次の駅弁もすぐそこだ!」


 ウソでしょ。

 まだ朝だよ。

 もうふたつも駅弁食べたでしょ?


 車内アナウンスが流れる中、太は下車の準備を進めた。


 ◇ ◇ ◇


 ――東海道新幹線・こだま 車内

 

 途中下車したのは、小田原駅。

 ここでお目当ての駅弁をゲットして、次のこだまに乗車したのだ。


「『金目鯛西京焼き弁当』も美味しそうだったけど、やっぱりコレだよな」


 太が袋から取り出したのは、大きな鯛のイラストが書かれた駅弁だった。


『鯛めし』


 蓋を外す太。


「うっわー……想像以上に……地味……」


 太の目に飛び込んできたのは、鯛のおぼろが乗ったご飯だった。

 おかずは、申し訳程度に入っている。


「何というか……とりあえず、食べてみるか……」


 付属のスプーンで鯛のおぼろご飯をすくう。

 がっかり気分で、ぱくり。


「!」


 甘い味が口の中に広がる。

 それを噛みしめた太。


「!」


 鯛の旨味がじんわり舌の上に広がっていく。


「これは……すごくイイ……飛び上がるような美味しさではないけど、思わず笑顔になってしまう美味しさだ……」


 言葉の通り、優しい美味しさに微笑む太。

 この鯛のおぼろ飯、ご飯にも味付けがされており、おぼろの甘さをしっかり受け止めている。

 そして、小さな器に入ったわさび漬けをチビリ。


「(つーん)くっはー、鼻にキターッ! でも、うまーい! 甘い味付けの鯛のおぼろ飯にピッタリ♪」


 伊豆といえばわさび。

 お土産の定番である「わさび漬け」が少量だけ入っている。

 しかし、この少量が鯛のそぼろ飯の風味を壊さない程度で丁度良いのだ。


 弁当箱をキレイに平らげた太。


「『鯛めし』選んで大正解! し・あ・わ・せ♪」


 見た目の派手さと美味しさは必ずしも比例しない。

 そんな真理に行きついた太だった。


 新幹線は、そんな太を乗せて西へと走っていく。


 ◇ ◇ ◇


 ――愛知県 豊橋市街


 鰻を食べに途中下車するかと思っていたら、太は浜松を素通り。

 その先の豊橋駅で途中下車した。

 そのまま市街地を歩いていく太。


「たしか、この辺かと……あった!」


 太が探していたお店の看板には、こう書かれていた。


『うどんそば処』


 豊橋は、うどんやおそばが有名なのだろうか……?

 店に入り、テーブルについた太が注文する。


「すみません、『豊橋カレーうどん』ください」


 豊橋には『豊橋カレーうどん』というご当地グルメがあるのだ。

 どんなカレーうどんかというと……太に食べてもらいましょう。


「きた、きた、これが『豊橋カレーうどん』!」


 太の前に置かれたのは、見た目普通のカレーうどんである。

 特徴といえば、うずら卵が乗っていることくらいだろうか。


「いっただっきま〜す! (ずるるるるる)」


 油揚げの入ったコクのあるカレーが、うどんにこれでもかと絡んでくる。

 それを一気にすする太。


「うまーい! でも、気をつけて食べないと……」


 勢いよく食べながらも、何かを気をつけている様子。

 どうやら、お箸を丼の底まで差し込んでいない感じだ。


「(ずるるるるる)ん〜! 美味い!」


 キレイにうどんを食べ終えた太。

 満足いった……のかな?


 太はニヤリと笑い、スプーンを手にした。

 カレーをスプーンで飲むのか……?


 そのまま、丼の奥底までスプーンを突っ込む。

 引き上げられたスプーンには、カレーと――


「とろろご飯だ!」


 豊橋カレーうどんは、一度で二度美味しい仕組みになっている。

 丼には、ご飯・とろろ・うどん・カレー・うずら卵の順に入っており、かき混ぜないようにうどんを食べるのが基本。

 カレーうどんを食べ終わった後は、とろろカレーライスを食べられるという趣向だ。

 店によって具材やカレーは変わるが、基本部分の仕組みはすべて同じである。


 ガシガシと、とろろご飯を発掘しては口に入れていく太。

 もちろんキレイに食べ終えた。


「むっはーっ! 大満足! し・あ・わ・せ♪」


 時間はお昼すぎ。

 これで大満足できなきゃおかしいだろ……


 太は店を出て、JR豊橋駅へと戻っていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――東海道新幹線・こだま 車内


 さすがの太もお腹いっぱいである。


「さてと、豊橋駅で買った名物のコレを食べなきゃ!」


 そんなわけなかった。

 太がビニール袋から取り出したのは、狐と鳥居が描かれた紙の包み紙のお弁当。


『稲荷寿司』


 豊橋市のすぐお隣の豊川市には、日本三大稲荷のひとつである豊川稲荷がある。

 包み紙に描かれているのは、豊川稲荷をイメージしたお稲荷さんと鳥居だろう。


 紐を解き、包み紙を外すと、稲荷寿司が八個入っていた。

 ごく普通の稲荷寿司である。


「む〜ん……普通のお稲荷さんだよね……なんでこれが名物……?」


 太の疑問も納得ではある。

 そんな稲荷寿司を口に運ぶ太。


「(ぱくり)!」


 太は驚いた。


「あまーい!」


 豊橋駅で売られている『稲荷寿司』は、とにかく味が甘く濃厚なのだ。

 油揚げを濃いめの汁で煮込んでおり、しかも汁たっぷりのままご飯を包んでいる。

 その甘さは、今までの稲荷寿司の味の既成概念を壊すレベルだ。


「し、汁だくの稲荷寿司……」


 太の例えが冴える。

 いやいや、牛丼じゃねぇぞ。

 ただ、そう感じてしまう気持ちは分かる。


 ヒョイヒョイと稲荷寿司を口に運んでいく太。

 三河安城駅に着く前に完食。


「これは甘かった……」


 さすがの太にも甘すぎたか…?


「デザートには丁度良かったな」


 山形の『冷やしラーメン』をデザートと評しただけのことはある。

 完全に頭がおかしい。


 新幹線は、三河安城駅から名古屋駅へ向かって走り出した。


 太の食べ尽くしの旅は続く……


 


 ◇ ◇ ◇


 <作者より>


 作中で登場した駅弁・ご当地グルメは、すべて実在しています。

 作者はどれも実際に食べており、美味しさを確認しております。

 なお、下記の駅名は、その駅弁の代表的な販売駅です。


 その土地ならでは味。

 機会がございましたら、ぜひご賞味ください。



 東京名物 深川めし(東京駅)

  日本ばし大増

   https://nihonbashidaimasu.co.jp/7416/


 シウマイ弁当(横浜駅など)

  崎陽軒

   https://kiyoken.com/products/obento/shiben.html


 金目鯛西京焼き弁当(小田原駅)

  東華軒

   http://www.toukaken.co.jp/ekiben/B-4.html


 鯛めし(小田原駅)

  東華軒

   http://www.toukaken.co.jp/ekiben/A-1.html


 豊橋カレーうどん(豊橋のご当地グルメ)

  豊橋の観光とお土産ガイド ええじゃないか豊橋

  ※「店舗一覧」をご覧いただくと、色々なカレーうどんが見られます。

   https://www.honokuni.or.jp/toyohashi/udon/

  ※ちなみに、作者が行ったのは「勢川せがわ本店」です。

   http://www.segawaudon.com/


 稲荷寿司(豊橋駅)

  壺屋

   http://tsuboya-toyohashi.com/


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