太のまんぷくグルメ紀行 (6)

 ――東北/北海道新幹線・はやぶさ 車内


 太は、青函トンネルに向けて疾走する東北/北海道新幹線・はやぶさに乗っていた。

 そして、その隣には、零れそうな笑顔を浮かべた詩穂の姿があった。

 太と一緒に旅行へ行けるということで、ウキウキの詩穂。

 大好きな太とふたりきりの旅。恋する女の子からすれば、色々と期待してしまうものだ。


 が、太といえば「花より団子よりカツカレー特盛」の男。

 詩穂には申し訳ないが、期待外れになるだろう。


 そんなふたりの座席のテーブルの上には、パイ生地に包まれた巨大な物体。

 先程、新青森駅で途中下車して買ってきたモノだ。

 売店のお姉さんからもらった割り箸で割ってみた。


「太兄ちゃん! リンゴが丸ごと入ってるよ!」


 青森といえばリンゴの名産地。

 これはお土産で人気の『リンゴが丸ごと入ってるアップルパイ』である。


「詩穂ちゃん、アップルパイ好き?」

「うん! でも、こんなアップルパイ、初めてだよ!」


 早速詩穂は、箸で切り分けて、大きな口を開けてパイを(ぱくり)


「美味しい~♪ リンゴもシロップ漬けだけど、ちゃんとシャキシャキしてる!」


 リスのように頬を膨らませて食べる可愛らしい詩穂。

 気に入ってくれたようだ。


「太兄ちゃんは……あれ? もう全部食べたの⁉」


 詩穂が一切れ食べているうちに、自分の分を食べ切った太。

 早すぎだろ。

 さすがの詩穂も驚いた。


「太兄ちゃん、半分食べて?」

「詩穂ちゃん、食べなよ」

「こんなにたくさん食べられないよ。半分で十分」


 それが普通の感覚です。


「それじゃあ、遠慮なくいただいちゃおうかな」


 遠慮しなさいな、太。


「うん! 食べて、食べて!」


 美味しそうに食べる太を見て、詩穂はとても嬉しそうだ。

 気の利く本当に優しい女の子である。


 そして、新幹線は青函トンネルを駆け抜けていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――函館市青函連絡船記念館 摩周丸 展望室サロン(無料休憩所)


 新幹線で新函館北斗駅に到着。

 そして在来線で移動し、JR函館駅に降り立ったふたりは、在りし日の青函連絡船「摩周丸」を記念館として改修した『函館市青函連絡船記念館 摩周丸』に来ている。

 詩穂にはつまらないかと思った太だったが、連絡船で青森・函館間を行き来していたことに興味が湧いたようで、詩穂は展示物などを食い入るようにして見ていた。


 そして、船内を一周りしたふたりは、見晴らしの良い三階展示室のサロンに来ている。

 ここは飲食も出来、持ち込みOKなのだ。


「昔は北海道に来るのも一苦労だったんだね」

「そうだね、今は飛行機や新幹線があるし、気軽に来られるようになったよね」

「だって、東京からだと電車の中で一泊して、青森から船で数時間、それで函館からまた電車でしょ? 詩穂には考えられないよ……」

「だから、旅する人はこういうのが数少ない楽しみだったんだよ」


 テーブルの上に置いたビニール袋の中には、函館駅の駅弁が入っていた。


「じゃあ、太兄ちゃん! 船の中にいるんだし、旅人気分で食べようよ!」

「よし、そうしよう! はい、詩穂ちゃんはこっちだね」


 詩穂の前に大きめの立派な駅弁が置かれた。

 その包み紙には、こう書かれている。


『北の駅弁屋さん』


「それで、こっちがボクのだ」


 太の駅弁は、詩穂のものに比べると少し小さめだ。

 その包み紙には、大きく「にしん」と書かれている。


『函館駅名物 にしんみがき弁当』


「この駅弁、久しぶりだな~」


 嬉しそうな太。


「詩穂ちゃん、それでは青函連絡船に思いを馳せて……」

「思いを馳せて!」

「いっただっきまーす!」


『北の駅弁屋さん』の蓋を取る詩穂。


「うわぁ……どれも美味しそう……」


 格子状に分かれた九つのマスに、北の大地の美味しいものが美しく収まっている。

 数の子、にしんの甘露煮、紅鮭のハラス焼き、つぶ貝煮、イクラ、イカ飯、カニ飯、などなど……北海道の美味しいものを色々味わいたい人には、最適の駅弁である。


「(ぱくりぱくり)どれも美味しい~♪ でも、このにしんの甘露煮が最高!」


 ぱくぱくと箸が止まらない詩穂。


 一方、太も『にしんみがき弁当』を開けていく。

 紐を解き、包み紙を取った。


「キターッ!」


 目を見開いて喜びをあらわにする太。

 そこにあったのは、厳しい北の国の漁場そのものだった。

 弁当箱には、茎わかめがたっぷり、そして数の子もこれでもかというほどたくさん乗っている。

 そして、黒く輝く宝石・にしんの甘露煮がドド〜ンと乗っているのだ。

 にしん好きな人には、辛抱たまらん駅弁である。


「まずはにしんを……(ぱくり)……うっま~い! し・あ・わ・せ♪」


 極めてシンプルで、色合いも茶色く、えない駅弁なのだが、この美味しさが支持されているのであろう。

 函館駅で半世紀以上にわたって販売を続けている名物駅弁なのだ。


「太兄ちゃんのお弁当、にしんと数の子だらけ!」

「でしょ? でも、詩穂ちゃんのお弁当も色々入ってて美味しそう!」

「このにしんの甘露煮、本当に美味しいよね!」


 にっこり笑った太は、自分の駅弁の甘露煮をひとつ詩穂の駅弁の中に入れた。


「えっ! いいよ、太兄ちゃん!」

「さっき、甘露煮が最高って言ってたでしょ。詩穂ちゃん、食べて」


 詩穂のために甘露煮を残しておいたのだ。


「太兄ちゃん……」

「さっき、アップルパイもらったでしょ。お返しだよ」

「うん! ありがとう! (ぱくり)美味しいぃ~♪」


 幸せそうに駅弁を食べる詩穂を見て、太の心も何だか暖かくなった。


(こんな船で詩穂ちゃんと旅に出てみたいな。きっと楽しいだろうな)


 太、そんな風にちゃんと詩穂を女の子として見てあげてね。


 ◇ ◇ ◇


 ――JR函館駅近くの市街地


 函館を散策したふたりは、小腹が減ったとファストフードの店に来ていた。


「太兄ちゃん……聞いたことないハンバーガー屋さんだね……」

「函館にしかないハンバーガー屋さんだからね」


 そう、函館を中心に店舗展開しているローカルファストフードの店に来たのだ。

 そして、詩穂が注文したものが運ばれてきた。


「これが太兄ちゃんイチオシの『チャイチキ』!」


 『チャイニーズチキンバーガー』。

 略して『チャイチキ』である。

 セサミバンズには、大きな唐揚げとたっぷりのレタスが挟まっており、ボリューム感満点だ。


「詩穂ちゃん、温かいうちに食べな」

「ううん、太兄ちゃんと一緒に食べたいから、詩穂待ってる」


 優しく微笑む詩穂。


「ありがとね」


 太も微笑み返した。

 そして――


「お待たせしました、『函館山バーガー』です」


 太の注文したハンバーガーが運ばれてきた。


 ゴトリ


 ゴトリ?

 ハンバーガーがテーブルに置かれる音ではないが……

 いや、そういう音がするのも当然だ。


「ふ、太兄ちゃん……なにコレ……」


 唖然とする詩穂。

 そこにあったのは、函館の名所・五稜郭タワー……いや、それどころではない。

 まさしくあの函館山だ。

 高くそびえ立ったハンバーガーは、詩穂から言葉を失わせるには十分だった。


 『函館山バーガー』。

 それは三階建てのハンバーガー。

 店の人気メニューを順番に積み重ねた巨大なハンバーガーだ。


 最下段でハンバーガーを支えるのは、店の三番手『トンカツバーガー』。

 カラッと揚がったトンカツにソースのお化粧が艶っぽい。


 真ん中で挟まれているのは、店の二番手『ラッキーエッグバーガー』。

 パテ(ハンバーグ)を彩るのは、チーズ、オニオン、ミートソース、トマト。

 そして、目玉焼きだ。


 これだけでもズッシリ重量感があるが、この上に鎮座するのが店の人気ナンバーワン。

 『チャイニーズチキンバーガー』だ。

 大きな唐揚げが三個、まるで王冠の如くその存在感を示していた。


 総カロリーは、なんと一八六〇キロカロリー!

 成人男性の一日分に匹敵するカロリーをこのハンバーガー一個で(まぁ、三個分ですが……)摂取できるという、まさしくバケモノ級のハンバーガーである。


 ぽかんと口を開けたままの詩穂。


「太兄ちゃん……」


 さすがに太に呆れたか……


「すごーい! さっすが太兄ちゃん!」


 え?


「早く食べようよ!」

「じゃあ、詩穂ちゃん」

「うん!」

「いっただっきま〜す!」


 恋する女の子の乙女フィルター、恐るべし。

 口を目一杯開けて『チャイチキ』を頬張る詩穂。


「(ぱくり、もぐもぐ)わぁー、甘辛味で美味しい〜♪」


 甘辛ソース仕立ての唐揚げは、函館市民に愛された味。

 詩穂の舌も満足したようだ。


 ちなみにこのハンバーガーショップ、函館ローカルでありながらも全国的に高い評価を得ており、全国紙の新聞社による「ご当地バーガー」ランキングで二位を大きく引き離し、全国一位に輝いた実力派である。


 『函館山バーガー』も次々と太の胃に収まっていく。

 その勢いは、地元の客からも注目を集めていた。

 せっかくなんだから、ゆっくり味わって食べなさいな。


「きゃーっ! 太兄ちゃん、スゴい食べっぷりーっ!」


 大喜びの詩穂。


「太兄ちゃん、カッコイイーッ♪」


 詩穂、落ち着け。

 別に格好良くはない。


 『チャイチキ』を食べ終え、ニコニコと太を見つめる詩穂。


「太兄ちゃん、あと一口!」


 最後の唐揚げが太の胃に収まった。


「スゴーい! 完食!」


 拍手する詩穂に、思わず地元の客も笑顔で拍手。

 思わぬ展開に照れる太だった。


(詩穂ちゃんがいたからだな。し・あ・わ・せ♪)


 そうだぞ、理解のある詩穂にもっと感謝しなさい。

 

 店員さんや地元の客から暖かい笑顔を送られながら、ふたりは店を出た。

 函館の人たちは、みんな優しいです。


 ◇ ◇ ◇


 ――夜 函館市某所


「太兄ちゃん、まだ目を開けたらダメなの……?」

「もうちょっと、もうちょっと」


 太に手を引かれて、目をつぶって歩く詩穂。

 随分長い間目をつぶったままだ。


 太は足を止めた。


「詩穂ちゃん、そっと目を開けてごらん」


 太の言葉に、ゆっくりと目を開ける詩穂。


「…………」


 詩穂は言葉が出なかった。


 目の前に広がるあまりに美しい夜景。

 香港、ナポリに並び称される世界三大夜景のひとつ、函館の夜景。

 ふたりは函館山に来ていた。


 詩穂の頬を伝う涙。

 心が揺さぶられるほどの美しさ。

 詩穂はつないでいた手を離し、太と腕を組み、そっと身体を寄せる。

 背の高い詩穂。

 自分の頭を太の肩に乗せた。


 ふたりは言葉を交すことなく、そのまましばらく夜景を眺めていた。


 ◇ ◇ ◇


「太兄ちゃん、やっぱり函館に来たらこれだよね! (ずるるるるる)」


 おや?


「美味しいね、詩穂ちゃん! (ずるるるるる)」


 ふたりは函館山を降りた後、塩ラーメンをすすっていた。


 うん、ふたりともお似合いだ。

 もっと仲良くなってくれると嬉しいな。


 ただ……詩穂、太らないようにね。


 太の食い尽くしの旅は続く……


 


 ◇ ◇ ◇


 <作者より>


 作中で登場した駅弁・ご当地グルメは、すべて実在しています。

 作者はどれも実際に食べており、美味しさを確認しております。

 なお、下記の駅名は、その駅弁の代表的な販売駅です。


 その土地ならでは味。

 機会がございましたら、ぜひご賞味ください。


 (『函館山バーガー』は未食です……申し訳ございません……)



 まるごとりんごパイ 気になるリンゴ(青森のお土産)

  ラグノオ(製造元・通販もしているようです)

   https://www.rag-s.com/

  お菓子の紹介はコチラを参照

   https://www.otoriyosetecho.jp/gourmet/10620/


 北の駅弁屋さん(函館駅)

  JR北海道フレッシュキヨスク/函館みかど

   https://www.hkiosk.co.jp/mikado/menu/#link2827


 にしんみがき弁当(函館駅)

  JR北海道フレッシュキヨスク/函館みかど

   https://www.hkiosk.co.jp/mikado/menu/#link584


 チャイニーズチキンバーガー

  ラッキーピエロ

   https://luckypierrot.jp/menu/chineasechicken/


 函館山バーガー

  ラッキーピエロ

   http://luckypierrot.jp/menu/mthakodatebg/


 黄金塩ラーメン

  函館ラーメン 龍鳳

   http://www.hakodate-yatai.com/shop/ryuho



 ふたりが立ち寄った場所もご紹介します。


 函館市青函連絡船記念館 摩周丸

   http://mashumaru.com/


 函館山(函館山ロープウェイ)

   https://334.co.jp/


 函館ひかりの屋台 大門横丁

  ※ふたりが最後に塩ラーメンを食べた場所です。

   http://www.hakodate-yatai.com/


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