第122話 クリスマスの朝 (3)

 ――十二月二十五日 クリスマスの朝


 ジュリア、ココア、キララ、幸子、そして駿の五人は、ゲームで最後の対戦を楽しんでいた。


 ――午前十一時三十分


「いよっしゃーっ!」

「シューティング系、駿、めちゃ上手い……」

「あー、追いつけなかったかぁ……」

「やりましたね! 駿くん、一位です!」


 ドヤ顔する駿を、小さく拍手する幸子。


「あっ、パパ、もうすぐ到着するって! LIME来た~」

「じゃあ、勝負はここまでだな。勝ち逃げ、勝ち逃げ~」

「駿、ズルい! もう一回!」

「ほら、ジュリア、もう終わりにしな」


 食い下がるジュリアを、キララが諌めている。

 駿は、納得いかなさそうなジュリアに提案した。


「ジュリア、今度インターネット対戦しようか?」

「ホント? あーしと遊んでくれる……?」

「友だちコード調べて、あとでLIME送るよ」

「よっし! 勝負はこれからだからね! あーし、勝ち逃げは許さないから!」

「はい、はい。ほら、帰り支度しな」

「ねぇ、駿、私にもコード送ってね」

「私も、私も~」

「OK、後でLIME送るよ」


 楽しそうにやり取りをする四人を、羨ましそうに見ている幸子。


「さ~っちゃん」

「は、はい! 駿くん、なんでしょうか?」

「これ、あげる」


 駿は、小さな紙袋を幸子に手渡した。

 紙袋の中には、携帯型のゲーム機が入っている。


「ゲームの機械……?」

「それ『スヴィンチ・ライト』って言ってさ、この『スヴィンチ』の廉価版なんだ。テレビにつないだりはできないから、その本体の画面で遊ぶんだけど、それ持ってればインターネット対戦できるから、みんなで遊ぼうよ」

「えーっ! これ高いでしょ⁉ 私、大丈夫ですから!」

「う~ん、困ったなぁ……」

「えっ?」

「それって『スヴィンチ』が売ってなくて、仕方なく買ったヤツなんだ。で、今はもう『スヴィンチ』持ってるから、それは使ってなくて、ホコリかぶってる状態なんだよねぇ……あ~ぁ、誰かもらってくれないかなぁ……」


 チラチラ幸子を見る駿。


「で、でも、こんな高価なもの……」

「んじゃ、無期限で貸しとくよ。それならいいでしょ?」


 駿は、ニコニコしながら『スヴィンチ・ライト』を幸子にすすめた。


「駿、本心を言ってみ?」


 ツッコむキララ。


「さっちゃんと一緒にゲームを遊びたい!」


 駿は、照れながら笑った。


「だってさ、さっちゃん。借りとけば?」

「は、はい……駿くん、ありがとう……」

「使ってないのはホントだから、気にしないでね!」

「さっちゃん、あーしとも遊ぼうね!」

「はい!」


 紙袋を大切そうに抱える幸子だった。


「ほら、ほら、みんな帰り支度は済んだの? ココアのパパさん、待たせたら悪いよ」


 ポコン


「あ、パパ、アパートの前に着いたって!」


 四人とも名残惜しそうに立ち上がる。


「駿、色々ありがとう。すごく楽しかった」

「キララ、オレもだよ。またおいで」


「駿……その……また来たいな……」

「おう、ジュリアもまた遊びに来な」


「色々美味しかったよ~、駿~」

「もっと腕磨いておくから、楽しみにな、ココア」


「駿くん、私、一生の思い出ができました……」

「さっちゃん、そういう思い出、たくさん増やしていこうな」


 みんな笑顔で駿の部屋を出ていく。


 アパートの前にワンボックスが一台止まっており、身なりのきれいな中年男性が立っていた。


「パパ~」

「ココア、お帰り」

「改めまして、高橋(駿)と申します。この度は、本当にありがとうございました。ココアさんをお返しいたします」


 ココアの父親に、深々と頭を下げる駿。


「やぁ、高橋くん。ココアが世話になったね」

「パパ~、高橋くん、すごくお世話になったの~。至れり尽くせりで、リゾートホテル高橋だったよ~」

「お、おい、ココア……!」

「ははははは、じゃあその話は家でゆっくり聞かせてくれるか、ココア」

「うん!」

「じゃあ、みんな車に乗って。順番に送っていくからね」


 車に乗り込んでいく四人。


「キララ、これ……」


 駿は、キララにUSBメモリを渡した。


「これは……?」

「カメラの映像と音声が、動画データとして中に入ってるから、お父さんに渡してくれるか」

「え……いいんじゃない? ここまでしなくても……」

「ダーメ! ちゃんと信頼を勝ち取ろうよ、な!」


 笑顔でキララを諭す駿。


「うん、わかった。私もまたここに来たいし」


 そんな駿に、キララも笑顔で答えた。


 ココアの父親に向き直る駿。


「お忙しいところ、色々とご配慮いただいて、本当にありがとうございます」

「いやいや。高橋くん、これからもココアをよろしくな」

「はい、承りました」


 ココアの父親が、運転席に乗り込んだ。


 が、突然ココアが叫んだ。


「あ~、パパ、ゴメ~ン! 忘れ物したから、ちょっと待ってて~」

「はい、はい、行っておいで」


 ココアは車から降り、駿の部屋へ戻っていった。


 ――数分後


 まだココアは戻ってきていなかった。


「ちょっと様子を見てきますので、もう少しお待ちいただけますか?」

「悪いね、高橋くん。ココアは、みんなを待たせて何をやってるんだ……」


 自分の部屋へ足早に戻る駿。


 ガチャリ


「ココアー……」


 玄関先からは、ココアの姿は見えない。

 部屋に入る駿。

 そこには、ポツンとココアがひとり佇んでいた。


「ココア、どうしたの……?」

「ううん、何でもないよ~……」

「忘れ物、あった?」

「うん……」


 どこか様子のおかしいココア。


「あ、駿~、髪の毛にゴミついてるよ~」

「ありゃ、ホント?」

「うん、取ってあげるから身体かがめて~」

「悪いな、はい」


 駿は、ココアがゴミを取れるように、膝を曲げた。

 スッと近づいてくるココア。


「駿……」


 ココアは、駿の首に腕を巻くと、そっと頬にキスをした。

 驚く駿。


「え? え? ココア?」


 駿が腕を解いたココアを見ると、顔を真っ赤にしていた。


「えへへ~、宿泊代なのだ~! 足りるかな?」


 駿も、顔を真っ赤にして照れている。


「もらいすぎだよ……」

「じ、じゃあ、お釣りちょうだい?」

「お釣り?」

「あのね……あのね……ギューってして……」

「ギューって、オマエ……」

「駿、お願い……」


 ココアは、一杯一杯の表情をしており、勇気を振り絞ってお願いしていることが伺い知れた。

 そんなココアを自分の胸に抱き寄せ、力強く抱きしめる駿。


「駿……」


 ココアも駿の背中に手を回して、強く抱きしめた。


「夢が叶っちゃった……」

「夢?」


 駿の胸の中で頷くココア。


「うん。クリスマスに、駿みたいなカッコイイ男の子と、ふたりっきりの部屋でこうやって抱きしめ合うの。ただただ、抱きしめ合うの……」


 ココアは、心から嬉しそうな表情を浮かべた。

 名残惜しそうに身体を離すココア。


「駿、最後まで私のわがまま聞いてくれて、ありがとう~……」

「相手がオレでゴメンな」

「ううん、相手が駿で良かったよ~」


 ふたりは、お互いに微笑みあった。


「ココア」

「うん」

「またおいで」

「うん!」

「じゃあ、行こう。みんな待ってるよ」


 玄関でブーツを履くココア。


「駿~」

「ん?」

「さっちゃんのこと、がんばれ~」

「ありがとよ」

「振られたら、私が慰めてあげるから~」

「そうならないように祈ってくれ……」

「うふふふ~」


 ふたりは、笑いながら部屋を出た。


「みんな、お待たせ~、ゴメンね~」


 車に乗り込むココア。


 ピピッ ガー カチャリ


 車の中でみんなが手を振っている。

 駿も笑顔で手を振った。


 車がゆっくり動き出し、小さくなっていく。

 車の中のみんなも、そして駿も、お互いに見えなくなるまで手を振り続けた。


 ◇ ◇ ◇


 ガチャリ バタン


 誰もいない部屋に戻ってきた駿。

 先程までは、あんなに賑やかだったのに、今は何の物音もしない。

 女の子たちの残り香が、確かにここに彼女たちがいたことを思い出させる。


 部屋の中は散らかったままだ。

 洗い物もキッチンのシンクに積まれている。


(祭りの後片付けは、一眠りしてからだ……)


 乱れたままのベッドに潜り込んだ駿。

 ふわっと、甘いミルクのような柔らかな匂いが駿の鼻孔をくすぐる。

 幸子の匂いだ。

 駿は、そんな優しい匂いに包まれ、楽しかったイブのことを思い出しながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


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