第89話 図書室の少女 (1)
※ご注意※
この『図書室の少女』シリーズは、他のエピソードと比較すると暴力的な描写やイジメの描写が多いですので、お読みいただく際には十分ご注意ください。
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日中でも冷たい風が吹き、枯れ葉が舞い散っている。
季節はすっかり秋から冬へと様変わりし、その年の最後の月に入った。
――図書室
「やっべぇ、やっぱり駿の力を借りるべきだった……」
そこには、教科書と参考書を開いて、期末試験に向けてひとり数学の勉強をしている達彦の姿があった。
ポコン
達彦のスマートフォンにLIMEのメッセージが届く。
ジュリアとココアからだった。
ジ[わりぃ、やっぱキララと中澤(亜由美)に教えてもらうわ]
コ[谷(達彦)、ゴメンね~]
「ア、アイツら、裏切りやがった……」
◇ ◇ ◇
――時は少し遡り、この日の昼休み
教室の中、昼食後に談笑しているいつもの八人。
「もうすぐ期末試験だけど、みんな大丈夫そう?」
駿がみんなを見渡す。
「私は大丈夫かな」
「うん、ボクも今ノート見返して復習しているところ」
亜由美と太は大丈夫そうだ。
「私も特に問題ないかな。あ、ただ苦手な英語は、今勉強中」
キララは英語が苦手なようだが、概ね問題なさそうな様子。
「私も、太くんと同じで、ノートを見返しています」
幸子も復習して勉強しているようだ。
「ジュリアとココアは……?」
無言で目をそらしたふたり。
「コラ、目をそらすな。楽しいクリスマスを迎えられなくなるぞ」
そして、沈黙を守っている達彦。
「タッツンは、相変わらず数学がヤバいんだろ」
「そうだな……」
達彦は、不機嫌そうに答えた。
ここで、キララが余計な一言を言ってしまう。
「試験なんて、授業で習ったところしか出題されないんだから、そんなに難しくないだろ」
ジト目でキララを睨んだジュリアとココア。
「それは頭のイイやつのセリフ!」
「キララは、私とジュリアちゃんの敵だ~」
キララは、思わず怖気づいてしまう。
「い、いや、そうじゃなくて、授業中に先生が言ってただろ、『ここ試験に出るぞー』って。そこだけでも押さえておけば、赤点は取らないって。ノート見返してみろよ」
そんなキララから目をそらしたふたり。
「ア、アンタたち、まさか……」
「バカにはバカなりのプライドってのがあるんだよ!」
「そうだ、そうだ~」
ふたりは、キララを責める。
頭を抱えたキララ。
「まさか、まだノートを取っていないとは……」
そう、一学期の頃からふたりは試験の度にキララが助けていたのだ。
「そのバカのプライドを捨てない限り、私のノートは見せないからね!」
その言葉に開き直るふたり。
「じゃあ、自分の力でやってやるよ! あーしらの力をナメんなよ!」
「ナメんなよ~」
ふたりは達彦に視線を向けた。
「ねぇ、谷! アンタもバカ組でしょ!」
驚く達彦。
「い、いや、俺は数学が壊滅的なだけで、他は別に――」
「わかった! やっぱりバカ組だな! あーしたちと勉強するぞ!」
ココアは、横で拍手していた。
「いや、だから、俺は――」
「今日から図書室で猛勉強な!」
見かねて助け舟を出す駿。
「タ、タッツン、ウチで一緒に勉強しよう、な!」
達彦は喜びの表情を浮かべた。
「助かる、いつも悪い――」
「駿の情けなんていらねぇから! あーしたちと勉強しよ! ね!」
達彦の言葉に被せるように、ジュリアは勝手に駿の誘いを断る。
「谷は、私たちと一緒に勉強するのイヤなの~……?」
ココアは上目遣いで達彦に迫った。
「いやじゃねぇけど……」
「はい、決定~!」
勝手に決めたジュリアの横で、笑顔でバンザイするココア。
達彦は、頭を抱えた。
そんな達彦の肩にそっと手を置く駿。
「まぁ……何と言うか……がんばってな……」
達彦は、心の底から大きなため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
――再び現在の図書室
ジュリアとココア、ふたりの口車に乗せられた結果がこれであった。
達彦は、頭を抱える。
(やべぇ……マジでやべぇ……今回、数学は赤点か……? ウソだろ……)
「赤点」という言葉が頭の中をぐるぐる回り、血の気が引いていった。
「あ、あの……」
突然、後ろから女性が話し掛けてきた。
振り向く達彦。
そこには、図書室の受付をしていた二年生の女子が、本を持って立っていた。
背中まで伸びる長いストレートの黒髪。前髪ぱっつんで、銀縁メガネを掛け、伏し目がち。お世辞にも、美人とも可愛いとも言えない顔付きで、あまり活発さや明るさは感じられない。
良く言えば落ち着いているが、悪く言えば、暗い雰囲気の女子だ。
「なんか用?」
達彦は、ぶっきらぼうに応対した。
「一年生……ですよね? 数学が苦手でしたら、こっちの参考書の方が良いですよ」
おずおずと女子が差し出してきた参考書を受け取る達彦。
「こっちの参考書の方がひとつひとつ丁寧に解説しているので、数学が苦手でしたら、こっちの方が……」
達彦は、参考書をパラパラとめくった。
「おー、なるほどね。確かにこっちの方がわかりやすいな」
達彦の言葉に、なぜかすまなそうに微笑む女子。
「図書室ってのは、こんなサービスもしてくれるんだな」
「私の出来る範囲で……ですが……」
「いや、さすが先輩! 頼りになるわ!」
女子は、顔を真っ赤にして照れた。
「サービス満点の割に、図書室、人気ねぇな」
この日、図書室には達彦しかいない。
「みんな、駅前の図書館に行ってしまうので……ここは蔵書もそれほど多くないですし……」
寂しげに苦笑する女子。
「でも、こんないい参考書はあると」
「はい、本も結構面白いのが揃っているんですが……」
「へぇ、そうなんだ」
女子は、ハッとした。
「ご、ごめんなさい……勉強の邪魔して……!」
笑顔を浮かべる達彦。
「いや、助かったわ。サンキューな」
女子は、すまなさげな笑顔で頭を下げ、受付へ戻っていった。
(よし、せっかくいい参考書を教えてもらったんだし、もうちょっと自分で頑張ってみるか!)
達彦は借り受けた参考書を開き、試験範囲の勉強を続けていく。
◇ ◇ ◇
――しばらくして
「す、すみません……」
振り向く達彦。
「そろそろ閉館の時間で……」
達彦が窓の外を見ると、すっかり日が暮れ、外は薄暗くなっていた。
「あ、わりぃ、もしかしたら、俺のせいで帰れなかった?」
慌てる女子。
「ぜ、全然そんなことないです! 私も好きな本を読めるので、いつもこの時間までいるんです……」
「そうか、とりあえず急いで片付けるな、ちょっと待って」
「はい、慌てないで大丈夫ですよ」
机の上に広げた教科書やノートをカバンにしまった。
そして、借り受けた参考書を手にする。
「この参考書……」
「このままお貸ししますので、ご自宅での勉強に活用してください」
優しく微笑んだ女子。
「それ、すっげぇ助かる! じゃあ、借りるわ。明日も来るしな」
女子は驚いた。
「明日も来ていただけるんですか?」
「あれ? 何かマズった……?」
「いいえ! 歓迎いたしますので、ぜひ図書室をご利用ください!」
「サービス満点だし」
顔を赤くして照れる女子。
「じゃあ、カギ閉めちゃいますので……今日はお疲れ様でした」
女子は達彦に頭を下げた。
「帰りはバス? もう暗いから一緒に行こうぜ」
驚く女子。
「えっ! だ、大丈夫ですから! 遅くならないうちにお帰りください」
「いや、大丈夫じゃねぇだろ。ほれ、行くぞ」
女子は図書室の扉のカギを締め、達彦とバス停へ向かった。
少し困惑気味の様子だ。
「あー……俺、谷っていうんだけど、先輩の名前、教えてもらっていいか?」
顔を赤くして答える女子。
「あの……私、二年の
「俺、谷 達彦。静先輩、よろしく」
「せ、先輩……」
「え、だって先輩だろ?」
「あまり言われ慣れていないので……」
「んじゃ、慣れてちょうだいよ、静先輩」
「あまりイジメないでください……」
そんな静に達彦は優しく笑いかけた。
この時、達彦は、静のことを「おとなしい女子」くらいにしか思っていなかった。
達彦にとって女子というと、きゃいきゃいとうるさい存在であったのだが、静と話している自分が、不思議と落ち着いていることに、この時は気付かなかった。
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