第166話 幸子 - NIGHTMARE

 ――朝 幸子の自宅


「おはよう、さっちゃん」


 キッチンの食卓に朝食を並べている澄子。


「お母さん、おはよう」


 幸子はパジャマ姿だ。


「高橋くんとは仲直りできたの?」

「え? 駿くん?」


 首を傾げる幸子。


「ここしばらく、高橋くん迎えに来てくれないじゃない」

「駿くんが……?」


 澄子は怪訝そうな顔をしている。


「何かあったんじゃないの?」

「う、うん……」


 大きくため息をつく澄子。


「何があったのか知らないけど、早く仲直りしなさい。わかった?」


(そうだった、駿くんが迎えに来なくなったんだ……)


「うん、わかった……」


 ピー ピー ピー ガチャッ


「おかず温め直したから、ほら食べちゃって」

「うん……」


 急いで朝ごはんを食べる幸子。

 澄子はパタパタと洗面所に向かい、洗濯をしているようだ。


 ホワイトデーに駿から告白された幸子。

 駿の求めに応じて交際をスタートさせた。

 駿が恋人になったのだ。


 あれから何ヶ月経過しただろうか。

 駿は、家まで迎えに来てくれなくなった。


 キッチンから出ると、澄子がじっと自分を見ていた。


「お母さん、ゴメンナサイ……ちゃんと仲直りするから……」


 パジャマ姿でうなだれて二階の自分の部屋へ向かう幸子。


「さっちゃん! ちゃんと高橋くんに謝るのよ!」


(また駿くんの気を悪くさせてしまったんだ……)


 幸子は、もっと早く謝らなきゃと反省した。


 ◇ ◇ ◇


「お母さん、行ってきます」


 ひとりで玄関を出る。


「車に気をつけてね」


 澄子はそのまま玄関を閉めた。


 学校までの道をとぼとぼ歩いていく。

 空は真っ黒な厚い雲に覆われている。


 ふと前を見ると、駿が歩いていた。


 しかし、ひとりではない。

 駿と腕を組んで、身体を寄せながら楽しそうに会話している女性がいた。

 キララだ。


「キララさん……」


 幸子に気付いたふたり。

 キララは慌てて駿から離れた。


「あー……じゃ、じゃあ、駿、またね!」


 幸子には何も言わず、走っていくキララ。


「駿くん……」

「さっちゃん、おはよう」


 駿は、にこやかに幸子へ挨拶した。


「お、おはようございます……」


 キララとのことを聞きたい幸子。

 しかし、駿を問い詰めるようなことはできない。


 駿は、手をつないでくれなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ふたりが教室に入る。


「駿、おっはー」

「ジュリア、おはよう」


 笑顔を交わしている。


「ジュリアさん、おはようございます」


 ペコリと頭を下げる幸子。

 そんな幸子を横目に見ながら、ジュリアは駿の耳元で何かをボソボソと話す。

 にっこり笑う駿。


「大丈夫、わかってるって」

「ホントに? あーしから言おうか?」


 駿は、ジュリアの耳元で何かを話している。


「うん、じゃあ、あーし待ってるからね」

「わかった」


「!」


 幸子は目を疑った。

 駿がジュリアの頬にそっとキスしたように見えたのだ。


「どうしたの、さっちゃん?」


 何事もなかったかのような駿。


「い、いえ、なんでも……」


(きっと見間違いだ……きっと……きっと……)


 幸子は、駿から目をそらした。


 ◇ ◇ ◇


 ――昼休み


 駿を探す幸子。


(どこ行っちゃったんだろ……)


 教室の窓から校庭を見渡した。


「え……」


 駿とココアがコンビニの袋を持って、手をつなぎながら校庭を歩いていた。

 ココアが駿に抱きついたりしている。

 駿もそれを受け入れているようで、笑顔で楽しそうだ。


 ショックを受ける幸子。


(ちゃんと駿くんと話そう……)


 幸子は泣き出したい気持ちを必死で抑えた。


 ◇ ◇ ◇


 ――放課後


 駿のもとへ向かう幸子。


「駿くん……」


 その駿を庇うように目の前に現れたのは、亜由美だった。


「亜由美さん……」


 幸子に見下すような視線を浴びせる亜由美。


「ねぇ、さっちゃん。いつまで駿にまとわりつくつもり?」

「え……」


 亜由美の辛辣な言葉に身体が固まる。


「はっきり言っちゃうけど、駿も困ってるの。いい加減にして」

「だ、だって、駿くんとは……」

「もう終わった話でしょ、それ」


 幸子を睨みつける亜由美。


「ずっと駿におんぶにだっこで甘えっぱなし! 駿が可哀想!」

「そんな……」


 困惑する幸子の前に、駿が出てくる。


「さっちゃん……正直に言うね」

「駿くん……」

「オレ、不能が治ったんだよ」

「よ、よかったですね!」


 困ったような笑顔を浮かべる駿。


「だからさ、別にさっちゃんじゃなくても良くなったんだ」

「え?」


 駿のあまりの言葉に思考が止まる。


「ちょっと勘違いし過ぎじゃないの?」


 声がした方を見ると、キララが訝しげに幸子を見ていた。


「アンタ見て勃つ男いないでしょ」


 振り向くと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべたジュリアがいる。


「疫病神か何かじゃないの〜?」


 キララの横で、ココアが幸子を嫌悪するように顔を歪めていた。


「気持ち悪ぃんだよ」


 幸子を睨みつけたままの亜由美。


 幸子は何の言葉も出てこない。

 そんな幸子に、駿はニヤけながら言った。


「もう分かっただろ。オレ、亜由美やキララたちと付き合うことにしたから」


 幸子の瞳から涙が溢れる。


「わ、私は……? 何か悪いことしたなら謝るから……だから……だから……!」


 駿は、幸子の目の前まで顔を寄せ、真顔で口を開いた。


「その気持ち悪い顔で友達とか彼氏ができると思ってんの?」


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