第165話 幸子 - PLEASURE
――朝 幸子の自宅
「おはよう、さっちゃん」
キッチンの食卓に朝食を並べている澄子。
「お母さん、おはよう」
幸子はパジャマ姿だ。
「ほら、早くご飯食べて着替えないと、高橋くん来ちゃうわよ」
「え? 駿くん?」
首を傾げる幸子。
「もうすぐ迎えに来るでしょ、高橋くん待たせたら悪いわよ」
「駿くんが……?」
澄子は不思議そうな顔をしている。
「ホワイトデーに告白されて、お付き合いすることになったんでしょ?」
「う、うん……」
にっこり笑う澄子。
「あれから毎朝迎えに来てくれてるじゃない」
(そうだった、駿くんが迎えに来るんだった!)
「そうだ! うん、急いで食べなきゃ!」
ぴんぼーん
「ほら、来ちゃったわよ! 急いで、急いで」
「うん!」
急いで朝ごはんを食べる幸子。
澄子はパタパタと玄関に向かい、駿の相手をしているようだ。
ホワイトデーに駿から告白された幸子。
駿の求めに応じて交際をスタートさせた。
駿が恋人になったのだ。
それから二ヶ月ほど経過しただろうか。
駿は、毎朝家まで迎えに来てくれている。
キッチンから出ると、駿が笑顔で手を振っていた。
「駿くん、ゴメンナサイ! ちょっと待っててください!」
パジャマ姿で慌てて二階の自分の部屋へ向かう幸子。
「さっちゃん! 慌てないで大丈夫だよ!」
(また駿くんに気を使わせてしまっている……)
幸子は、もっと早く起きなきゃと反省した。
◇ ◇ ◇
「お母さん、行ってきます」
「澄子さん、行ってきます」
駿とふたりで玄関を出た。
「ふたりとも車に気をつけてね」
玄関先で手を振る澄子。
学校までの道を歩いていくふたり。
天気は良いが、まだまだ寒い日が続いている。
「さっちゃん、はい」
幸子に手を差し出す駿。
「え……?」
不思議そうな幸子に、駿も首をひねる。
「いつも手をつないでるじゃない」
優しい笑顔を浮かべる駿。
「うん……」
おずおずと差し出した手を、駿はギュッと握ってくれた。
この時が永遠に続けばいいのにと、幸子は心から願う。
◇ ◇ ◇
「ふたりともホントに仲いいわよねぇ」
「朝からイチャイチャしやがって、この!」
「うふふ〜、さっちゃん、駿、おはよ〜」
手をつないだまま教室に入ると、キララ、ジュリア、ココアのギャル軍団三人が冷やかしに来た。
「皆さん、おはようございます」
ペコリと頭を下げる幸子。
「いいなぁ、さっちゃんは。駿とお手々つないで登校できて」
キララは、ちょんと幸子の鼻を人差し指で触れた。
「あーしもカッコイイ男子と付き合いてぇなぁ」
ニヤついた目で幸子を見るジュリア。
「ねぇねぇ、さっちゃん。駿とはどこまで進んだの〜?」
ココアは興味津々で幸子の顔を覗き込む。
「もーっ! からかわないでください!」
顔を真っ赤にして拗ねる幸子に、みんな大笑いだった。
その時、幸子の視界に亜由美が一瞬入った。
一瞬。
ただ、その一瞬目にした亜由美は、自分を睨みつけているように見えた。
すぐに亜由美の方に向き直る幸子。
亜由美は笑顔だ。
「さっちゃん、おはよー(ハート)」
幸子を抱き締める亜由美。
「わわっ、亜由美さん、おはようございます」
幸子は、いつもと変わらぬ亜由美の様子にホッとした。
突然、腕を引っ張られる幸子。
「わっ……」
駿が引き寄せたのだ。
幸子を後ろから抱き締める駿。
「亜由美、さっちゃんはもうオレのもんだから」
駿は真顔で語った。
顔が熱くなる幸子。きっと顔は真っ赤だろう。
「ハイ、ハイ、わかりました」
呆れた顔で教室を出ていく亜由美。
ギャル軍団は三人とも苦笑いだ。
「し、駿くん……そんなにキツく言わなくても……」
苦言を呈する幸子に、駿は不満気な表情を見せた。
「オレはいつもさっちゃんを大事に想っているのに……」
駿の表情と言動に焦る幸子。
「わ、私も駿くんが大事だよ」
駿は嬉しそうな表情に変わった。
「そうだよね、ありがと」
笑顔を浮かべる駿に、幸子は心から安堵する。
(私なんかと付き合ってくれてるんだもの、もっと駿くんを大切に想わないと……)
◇ ◇ ◇
――放課後
「さっちゃん、一緒に帰ろうよ」
駿が幸子の席にやって来た。
「駿くん、バイトは?」
平日は、アルバイトをしていることの多い駿。
「さっちゃんの方が大事だもの。バイトは後回しにした」
「えっ⁉」
生活費はそこで稼いでいるはずだ。
それを後回しにしたという駿。
「駿くん、それ大丈夫なんですか……?」
幸子は心配そうに尋ねた。
「さっちゃん優先だよ。さ、帰ろ」
幸子の手を握る駿。
「は、はい……」
幸子は、慌てて席を立った。
「じゃあね、さっちゃん」
「ホント仲いいな」
「あ〜あ、さっちゃんがうらやましいなぁ」
「じゃあね〜、さっちゃんバイバ〜イ」
亜由美、キララ、ジュリア、ココアが手を振っていた。
「す、すみません、皆さん、お先に失礼いたします」
頭をペコリと下げ、駿と手をつないだまま教室を出る幸子。
チッ
教室の中から舌打ちの音が聞こえた。
幸子が振り向くと、四人は笑顔のまま、まだ手を振っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます