ほんの少し後の物語 - 高橋駿と山田幸子と山田澄子 (2: 支え合い編)

 ――午前一時


 部屋はすでに消灯している。

 駿はひとり、部屋の隅で毛布を羽織り、LEDスタンドの灯りの元で音楽雑誌を読んでいた。


「高橋くん……」


 駿が声のしたベッドの方へ顔を向けると、澄子が起き上がっていた。

 ベッドから出てくる澄子。


「隣、いいかしら?」

「あ、じゃあ、毛布出しますね」

「あら、こんなおばさんは入れてもらえないのかしら?」


 澄子は、からかうように微笑んだ。


「澄子さん、自分のことを『おばさん』って言わないでください」

「あ、そうだったわね」


 澄子が入れるように毛布を持ち上げる駿。


「いいの?」

「『おばさん』はお断りですけどね」


 駿はいたずらっぽく笑った。

 そっと隣に座る澄子。


「あれ? お母さん……」


 幸子は、ベッドの上でキョロキョロしていた。


「さっちゃん、起こしちゃったかな……」

「ふふふ、幸子も呼びましょうか……さっちゃん」


 澄子の声に振り向く幸子。


「ほら、さっちゃんもいらっしゃい」


 澄子の呼びかけに、駿も笑顔で手招きした。

 嬉しそうな表情を浮かべる幸子。


「うん……!」


 幸子はベッドを降り、ふらふらとやって来た。

 半分寝ぼけているようだ。


 駿と澄子の間にちょこんと座り、笑顔を浮かべたと思ったら、駿に寄りかかり、そのまま横になって寝息を立て始めた。

 目の前で眠っている幸子に、澄子がベッドから枕と掛け布団を持ってくる。


「ははは、さっちゃん、寝ちゃった」


 微笑む合う駿と澄子。


「高橋くん……」

「はい」

「高橋くんにどうしても言っておきたいことがあるの……」

「幸子さんのことですか?」

「私たち親子のことね……」


 澄子は、寝ている幸子の頭を優しく撫でた。


「幸子の中学生の頃の話は聞いてるかしら……」


 文化祭で出会った幸子の元同級生・光司のことを思い出す駿。


「確か友だちから酷い目に合わされた、とかって――」

「友だちなんかじゃないわ! その子は悪魔よ!」


 澄子のあまりの剣幕に驚く駿。

 澄子は怒りに打ち震えていた。


「その子、二年の時、先生に言われて幸子の友だちになったの……偽りのね……」

「偽りの友だち……」

「卒業式の日に言われたらしいわ……内申を稼ぐためだったって! 本当は気持ち悪かったって! お前に友だちなんかできないって! お前は疫病神だって!」


 怒りに身体を震わせる澄子。

 想像を超えるその仕打ちに、駿も言葉を失った。


「あり得ない裏切りよね……落ち込んだまま高校に進学して、私はとにかく幸子が心配だった……でもね、ある日買い物から帰ってきた幸子が言ったの、『お友だちにランチをご馳走してもらった』って……そのお友だちは『男の子』だって……」

「それは……」

「高橋くんよね……?」

「はい……」

「その日からなの、幸子が変わっていったのは……」


 駿を涙目で見つめる澄子。


「幸子、いつも下向いて、猫背気味だったでしょ? 気がついたら治ってたの……」

「言われてみれば……」

「笑顔もどんどん増えていって、学校での話をすることがものすごく増えて……そんな幸子の口から一番多く出た言葉って何だと思う……?」

「いえ……」

「『駿くん』……」

「!」


 驚く駿に、澄子は優しく微笑んだ。


「『駿くんが誘ってくれた』、『駿くんと一緒に遊んだ』、『駿くんが助けてくれた』、そして『駿くんが私を支えてくれた』……」

「オレはそんな……」


 澄子は駿に身体を寄せ、肩と腕が触れ合った。


「高橋くんは幸子だけじゃない……私のことも救ってくれたのよ……」

「澄子さんを?」


 頷く澄子。


「偽りの友だちに傷付けられた幸子が私に向かって叫んだの……『生まれてこなければよかった』って……」

「!」

「その後、幸子と膝を突き合わせてお話しして、その時に偽りの友だちの話を聞いたの……」

「そうだったんですか……」

「幸子との間にわだかまりは無くなったけど……私は幸子の言葉がずっと胸に引っかかっていて……幸子を不幸にしたのは私なんだって……毎日気が狂いそうだった……でも、明るくなっていく幸子から感じたの……『幸せ』を……」

「『幸せ』……」


 澄子は笑顔で頷いた。


「高橋くんがいてくれたから……幸せそうな幸子を見て、私『幸子を産んで良かった』って、そう思えるようになったの……」

「オレは……」


 駿の肩に顔を寄せた澄子。


「高橋くん、ありがとう……私たち親子を救ってくれて、本当に……」


 澄子の震えた声は、小さな嗚咽へと変わっていき、最後は言葉にならなかった。

 駿は肩に手を回し、澄子を引き寄せた。

 澄子の顔が駿の胸にうずまる。


「澄子さん、辛かったね。でも、これからはオレがついてます」

「あぁぁ……ぅぁぁぁ……」


 駿の胸の中で涙を流す澄子。

 駿は、澄子の頭を優しく撫でながら、目の前で幸せそうに眠る幸子を見つめた。


(オレがさっちゃんと澄子さんの心の支えになってみせる……!)


 駿はその思いを胸に深く刻み込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 澄子は、幸子の布団に身体を滑り込ませる。眠る娘を優しく抱き寄せ、幸子も眠りながら澄子に抱きついた。

 それを見た駿は、少し離れた場所で横になろうとする。


「高橋くん……」


 澄子を見ると、布団を持ち上げて駿を呼び寄せていた。


「大丈夫だから……いらっしゃい……」


 微笑む澄子。


 不思議なことに、駿は下心や躊躇する気持ちが生まれなかった。

 駿は自然な気持ちでそれに応え、布団の中に身体を滑り込ませる。


 幸子を挟み込むようなかたちで、駿と澄子は向かい合った。

 澄子は優しい微笑みを浮かべ、駿の頭をそっと撫でる。

 駿は、幸子と澄子を包み込むように腕を伸ばし、優しく抱き寄せるように身体をふたりに寄せた。

 暖かなふたりの体温が、身体を優しく包み込んでくれるような心地良さを駿は感じる。


 駿、幸子、澄子。

 心を支え合う三人は、まるで親子のようにひとつの布団の中で身体を寄せ合った。

 その姿は、傍から見れば、ある意味いびつで異様でもある。

 それでも、不器用な彼らが手探りで結んだ絆の在り方でもあった。


 駿は、幸せそうに眠る幸子と、優しい微笑みを浮かべた澄子に心の安らぎを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る