第148話 コーラスライン (9)

 ――勝負の発表会当日 体育館


 この日、授業がすべて終わった後、月例の生徒集会が開かれた。

 様々な発表や共有事項の伝達などが行われ、その最後に生徒会長である澪が壇上に上がる。


『皆さん、こんにちは。生徒会長の中山(澪)です。この後、新しい試みとして、文化系の部活の活動発表を行います』


 生徒たちがザワついた。


『今回は一回目ということで、軽音楽部とコーラス部が一曲ずつ披露する予定ですが、皆さんにお願いがあります』


 壇上の澪に注目する生徒。


『どちらも音楽に関わる部活ですので、それぞれのパフォーマンスを皆さんに評価していただき、どちらが良かったかを投票してください。投票用紙は、体育館入場時に配られていると思います』


 生徒たちは、渡されている投票用紙を確認した。


『体育館の出入口に投票箱がありますので、退出時に投票用紙を切り離して、良かった方の部活の用紙を入れてください。得票率は、来月の生徒集会で皆さんに報告いたします』


 多くの生徒たちが頷いている。


『評価の高かった方は自信を持つことにつながりますし、低かった方は頑張っていこうと、やる気につながるかと思いますので、皆さん投票を忘れずにお願いいたします』


 説明を終え、壇上から引き上げようとした時、生徒たちの中に挙手する女子生徒がいた。


 キララだ。


『はい、何でしょう。質問ですか?』


 立ち上がったキララが、大きな声で質問した。


「中山会長は、軽音楽部の熱狂的な追っかけだと聞いています。それで公平な投票と開票が行われるのでしょうか?」


 キララの質問に、生徒たちが大きくザワつく。

 顔をひきつらせた澪。

 キララは、そんな澪を睨みつけている。


『わ、私は生徒会長です。どちらかに肩入れするようなことはありません!』

「生徒会長かどうかが問題ではありません。問題は『中山会長が軽音楽部の熱狂的な追っかけだ』という一点です。投票や開票を行うにあたり、公平性が損なわれるとは思いませんか?」


 大きくザワつく生徒たちは、キララの言葉に賛同しているようだ。

 澪は、抑え込んだ怒りで顔を真っ赤にした。


『わかりました! では、開票の会場に先生を配置します! それならいいでしょ!』


 首を左右に振るキララ。


「それプラス、開票の会場は、私たち生徒へオープンにしてください」

『なっ!』

「当然ですよね、でなければ公平ではないです」


 パチパチパチパチ


 キララの言葉に賛同する生徒たちが拍手をした。

 悔しさに歪む澪の顔。万が一の場合は、得票率を誤魔化そうとしていたのである。

 保険とも言える思惑を潰された澪。


『わ、わかりました……開票会場をオープンにいたします……』

「以上です、ありがとうございました」


 他の生徒たちと同じように、その場に座ったキララ。


(駿がここまで考えているとは……さすがだわ……)


 先程のキララの発言は、駿からの指示のものだったのだ。


(あとは頼んだわよ、駿!)


 駿の健闘を心から祈るキララだった。


 ◇ ◇ ◇


 ステージ上のセッティングが完了したようで、ドラムキットやキーボード、アンプ、スピーカーなどが並んでいる。

 ステージに上がった澪。


『それでは、これから各部活の発表を行います。最初は、軽音楽部からお願いします』


 ステージ上に姿を現す軽音楽部。

 全員制服からそれっぽい私服に着替えていた。


「キャーッ!」


 数名のグルーピーがステージ最前列に押しかける。

 グルーピーたちに手を振ったり、笑顔を送る小太郎とメンバーたち。


「キャーッ!」


 グルーピーたちの黄色い歓声を浴びながら、軽音楽部の演奏が始まる。


 いよいよ勝負が始まった。


 ◇ ◇ ◇


 ――体育館 ステージ脇の待機場所


 軽音楽部の演奏を聞きながら、コーラス部と音楽研究部が待機している。軽音楽部と明確な違いを印象付けるため、全員制服姿だ。


「高橋(駿)くん……いよいよ始まりましたね……」

「ですね……」

「この曲って、すごくヒットした人気のある曲ですよね……私たち勝てるでしょうか……」

「倫子先輩、聴いてる方の様子、こっそり見てみてください……」


 倫子は、生徒たちがいる方の扉を少しだけ開けて、様子を伺ってみる。

 騒いでいるのはグルーピーだけで、生徒たちは座ったまま手拍子を打ったりはしているものの、ノリノリという感じではなかった。


 駿の元に戻ってくる倫子。


「何か……思ったより盛り上がっていなかったです……」


 駿はニヤリと笑った。


「倫子先輩は、彼らの演奏をどう思いますか……?」

「技術的な細かいところは分からないけど……ヘタですよね……演奏も、歌も……」

「それはどうしてヘタって分かりましたか……?」

「ドラムのリズムが変なのと……あと、何より元の曲、私も好きなのでよく聴くんですが、それと比較すると……」

「はい、つまり、そういうことです……」


 ハッとする倫子。


「今、これを聴いている大勢の生徒たちも、私と同じように感じているんだ……」

「それに、好きな曲をヘタクソに演奏されたり、ヘタクソに歌われたりしたら、どう思います……? それも自信満々に……」

「すごく腹が立ちます……」

「音楽が好きな人ほど、そう思いますよね……そんな彼らに票を入れようと思いますか……?」


 倫子は、首を左右に振った。

 話を聞いていた部員たちの間にも、笑顔が広がっていく。


「どう、みんな。勝てそうじゃない……?」


 全員が満面の笑みで何度も頷いた。


「ボクらもミスできないね……」


 呟いた太の肩を抱く達彦。


「ミスなんかするわけねぇだろ……」

「そうそう、練習通りにキメるだけよ……!」


 力強い笑顔を見せた亜由美。


「私もコーラス隊として頑張ります……!」


 幸子は、ガッツポーズをしてみせる。


「音楽研究部の皆さん、よろしくお願いいたします……」


 倫子と部員たちは、頭を下げた。


「やめろ、やめろ、オレたちゃ仲間だろ? 違うのかい……?」


 笑みを浮かべる達彦に、笑顔で応える倫子と部員たち。


 そして、軽音楽部の演奏が終わった。


 パチ パチ パチ パチ


 グルーピーたちは、相変わらずキャーキャー言っているが、一般の生徒たちからは、まばらな拍手しか得られていない。

 この状況に、色めき立つ部員たち。


「みんな、緊張感をもっていこう。ベストのコーラス部を見せるんだ!」

「はい!」


 駿の激に部員たちが応える。


 ステージから降りてくる軽音楽部。


「次は倫子ちゃんたちの番だぜ」


 オーディエンスの反応に、ガックリしていると思いきや、小太郎は、倫子にいやらしい笑みを浮かべた。


「うまく歌えればいいねぇ~」


 小太郎の言葉に、メンバーたちもニヤニヤしている。


「ご忠告感謝です。みんな準備はいいか!」


 軽音楽部を歯牙にも掛けない駿が、皆に声をかけた。


「はい!」


 部員たちの気合は十分だ。


 再度ステージに上がった澪。


『次に、コーラス部、お願いします』


「よし、いくぞ!」

「はい!」


 ステージに上がる倫子たち。

 駿たちもそれに続いた。


 そして、それを見つめる軽音楽部は、全員いやらしい笑みを浮かべている。


「歌えればいいねぇ~、倫子ちゃ~ん……クククッ……」


 ◇ ◇ ◇


 ――体育館 ステージ上


 それぞれ持ち場に移動していく。

 異変に気がついたのは、亜由美だった。


「ねぇ、駿……」

「ん?」

「キーボードの電源が切れてて、オマケに電源が入んないんだけど……」

「んん?」


 キーボードの電源スイッチなどを確認する駿。


「電源入んねぇな……」

「おい、駿」

「どうした?」

「アンプもダメだ。通電してないっぽい」

「はぁ?」


 駿がアンプを確認したが、達彦の言った通り通電していないのか、電源が入らない。

 駿たちの様子に、部員たちが不安そうな表情になっていく。

 幸子は必死で部員たちの不安を取り除こうと、大丈夫だと笑顔で声を掛けていた。


「ちょっと電源室見てくる」


 駿は、待機スペースとは反対側にある電源室へ足早に向かう。

 しかし、そこには『生徒会』の腕章をつけた男子生徒が三人立っていた。


「楽器の電源が入らないんで、ちょっと電源室入らせてもらえるかな?」


 電源室に入ろうとする駿。

 しかし、それを阻止した三人の男子生徒。


「すみません、電源周りが壊れてしまったようなので、業者が修理に来るまでは漏電とかの危険があるので、中には誰も入れないように言われています」

「誰に言われたの?」

「中山(澪)会長です」

「オレの方で責任持つから、入らせてくれないかな?」

「す、すみません……誰も入れるなと……」

「なるほどね……そういうことか……」

「…………」


 自分たちがやっていることを理解しているのだろう。

 三人の男子生徒は、駿から目をそらした。


「OK、わかったよ。ご苦労さんな」

「す、すみません……」

「謝るなって、しょうがねぇよ」


 三人の男子生徒に苦笑いして、ステージに戻る駿。


 そして、駿は見た。

 反対側の待機スペースで、こちらを見てニヤリと笑う小太郎を。


(ちっ……!)


 達彦と亜由美の元に戻った駿。


「ダメだ……軽音と会長にやられたな……」

「マジかよ……」

「電源が入んないと、どうしようもないわよ……」


 駿は大きくため息をつく。

 トラブルが起こっていることを感づき、生徒たちがザワつき始めている。


「生徒会まで味方につけて……やっぱり無理だったんだよ……」


 倫子が涙をこぼしながら呟いた。


「私、薄井(小太郎)くんのところに行ってくる……」


 ざわつく部員たち。


「一晩我慢すれば、許してくれるんでしょ……? 私、行ってくるよ……」


 倫子は、そういって両手で顔を覆ってしまった。


 ステージの下からそれを見て、嬉しそうな表情を浮かべる澪。

 喜々としてマイクを握った。


『えー、皆さん、コーラス部は機材トラブルのため、歌えないようです』


 生徒たちから「えー」という不満の声が上がる。


『勝負は時の運ともいいます。今回は、投票するまでもなく、コーラス部はゼロ票ということになります』


 生徒たちからのブーイングが飛び交う体育館。

 それを意に介さない様子の澪。


(軽音楽部が勝てばそれでいいの。ここでは私がルールよ!)


 澪はステージ上に目を向け、駿にいやらしい笑みを浮かべた。


(ばーか、小太郎くんに勝てるわけないだろ! いい気味だ!)


 駿は、倫子に向き直った。

 両手で顔を覆ったまま、身体を震わせて泣いている。


「倫子先輩、こっちを向いて」


 倫子は、首を左右に振った。


「倫子先輩……」


 ただ泣き続ける倫子。


「こっちを向くんだ、倫子!」


 駿は、ステージ上にも関わらず叫んだ。


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