第147話 コーラスライン (8)

 ――勝負の発表会まであと九日 ジュリアの自宅マンション


 パジャマ姿のジュリアが、居間のテーブルで夕飯を食べていた。

 あれ以来、学校は休んでいる。

 何度かキララとココアが見舞いに来ているが、心から笑うことはできなかった。


「ママ、ご馳走様でした……」

「もういいの? 全然食べてないじゃない」

「うん、お腹いっぱい……」


 憔悴した様子のジュリア。


「ママ……ゴメンね……店まで休ませちゃって……」


 申し訳無さそうなジュリアに、母親・紅葉もみじが微笑む。


「何言ってんのよ! 全然大丈夫だから、ジュリアは気にしないの!」

「でも……」

「オーナーも快くお休みをOKしてくれたし、キャストの子たちが店を回してくれてるから」

「うん……」


 あれ以来、紅葉もジュリアの元気を取り戻そうとしているが、うまくいっていない。


(高橋くんに相談してみようかしら……)


 紅葉がそんなことを思っていた時だった。


 ポコン


 ジュリアのスマートフォンからLIMEの通知音が鳴った。

 駿たちからは、気を使って自分たちからはLIMEを送らない意向であることをキララとココアから聞いている。


(キララかココアかな……なんだろ……)


 LIMEを起動したジュリア。


「あ!」


 駿からの個別メッセージが届いていた。

 メッセージを見てみると、そこにはインターネットのアドレスが書かれている。他には、何のメッセージも無い。


「なになに、誰から?」


 紅葉がジュリアのスマートフォンを覗いた。


「駿……高橋くんからだったんだけど……」

「アドレスみたいね……アクセスしてみたら?」

「うん……」


 アドレスをタップするジュリア。

 動画サイト・WeTubeのアプリが起動し、動画が再生され始める。



 真っ黒の画面からパッと映し出されたのは、音楽室だった。

 マイクスタンドに、ドラム、キーボード、アンプが置いてある。


 画面の端からスティックを持った太が現れ、中央後方にあるドラムキットへ座った。

 そして、亜由美は右手後方のキーボードに、達彦はギターを抱えて左手に。

 最後に、ベースを抱えた駿が、中央前方のマイクスタンドに立った。


『太、ホントにちゃんと撮れてる?』

『多分ね』

『OK、んじゃ、やるか』


 達彦のギターと共に、駿が歌い始める。


 数年前に発表されたシンガーソングライターの曲だ。

 明日への希望を明るく歌う曲で、他のアーティストにもカバーされたり、CMに起用されたりするなど、ヒットした一曲。

 オリジナルとは異なり、太い声で楽しげに歌い上げる駿。

 亜由美も、達彦も、太も、楽しそうに演奏していた。


(駿……わざわざこんな動画を撮ってくれたんだ……)


 サビが終わると、駿は右手に移動していく。


(?)


 そこに飛び出してくるコーラス部の面々。

 そして、倫子と幸子が中央に立った。

 ボーカルが、倫子と幸子にチェンジしたのだ。

 倫子と幸子の歌声に、コーラス部の面々が美しいハモリを重ねていく。


(倫子ちゃん、さっちゃん、みんな……)


 二度目のサビが終わると、達彦のギターソロだ。

 倫子と幸子は後ろに下がって、コーラス部の面々と一緒に、リズムにあわせて小さく踊りながら手を叩いている。みんな、楽しそうだ。


 そこに、画面端からニュッと顔を出すキララとココア。

 そして、キララとココアが手を繋いで、最後のパートを歌い上げていく。


 最後のサビは、全員で明日への希望を明るく歌う。


(みんな……私のために……)



 曲が終わり、全員がカメラに向かって一斉に笑顔で手を振っていた。

 倫子が一歩前に出る。


『ジュリアさん! 軽音との勝負は私たちに任せて! そして、また一緒に歌いましょう! 音楽室で待ってます!』

「うん……絶対歌おうね……」


 いつもは気弱な男子部員が挙手して叫ぶ。


『ジュ、ジュリアさん! 今度一緒にお茶してください!』

『バーカ、オマエなんかじゃ、ジュリアさんと釣り合いとれるか! 百万年早い!』


 女子部員の辛辣なツッコミに、みんなが笑っている。


『えー……じゃ、じゃあ、百万年後にお願いしまーす!』


 爆笑するコーラス部員たち。


「ふふふっ」


(良かった……)


 久々に見る娘の笑顔に、心から安堵する紅葉。


 そして、画面に割って入る幸子を抱きしめた亜由美。


『だーっはっはっは! 山口(ジュリア)~! オマエがいない間に、さっちゃんと深~い関係になっとくから! ねぇ、さっちゃん』

『あ、亜由美さん、何を――』


 ムチュ~っと、幸子の頬にキスをする亜由美。


『!』

『(ちゅぽん)』

『見たか、山口! つ、ついでに、さ、さっちゃん……ね? ね?』


 幸子の顔を両手で持った亜由美。


『ちょ、ちょっと、まさか……』


 タコのように口を伸ばして、幸子の唇にキスをしようとする亜由美。


『ま、まって、亜由美さん! ちょっと……!』

『(パシッ)』


 達彦に頭をはたかれ、その勢いで幸子の鼻にキスした亜由美。


『(ぺろり)』

『きゃーっ! 亜由美さんが鼻舐めたーっ!』


 大爆笑しているコーラス部の面々。


『でへへへへ……』


 だらしない笑みを浮かべる亜由美を見て、ドラムキットの後ろで頭を抱えた太。


『亜由美、オマエあとで説教な』


 達彦に襟首を掴まれて、退場する亜由美。


「あははははは、中澤(亜由美)バカすぎる!」


 画面の端からぴょんと飛び出してきたココアとキララ。


『ジュリアちゃん、ココアはいつでも心の友だよ~』

『ジュリア、私たちをもっと頼れよ、命令な』


 ココアとキララに言葉に、胸が熱くなるジュリア。


「いつもありがとう、ココア、キララ……」


 画面の下からヌッと出てきた駿。


「わっ!」

『びびった?』

「あははは」

『オレはチキンだから、言いたいことあっても照れちゃって言えねぇな』

「ふふふっ、何言ってんのよ」

『じゃあな、ジュリア』

「あれ? ホントに終わり……? 私がいつもチキンってからかってるから……」


 落ち込むジュリア。

 画面の中の駿は、カメラに向かって握った手を向けた。


「からかったりしなければ良かった……」


 右手を広げる駿。


「!」


 右手の手のひらには『ゆっくり休むコト!』とマジックで書かれていた。


 そして、駿は左手を広げた。

 左手の手のひらには『いつでもLIMEくれ』とマジックで書かれていた。


「駿……」


 その両手を振り、最後に駿がウインクしたところで、動画は終わった。



 身動きできないジュリア。

 ジュリアを後ろからそっと抱きしめる紅葉。


「ジュリア、いいお友達をたくさん持ったね……」


「みんな……み、みんな……バカばっかだよ……い、今、一番た、大切な時なのに……私のために……こ、こんな、こんな動画作っちゃって……」

「ジュリア……」


 ジュリアは、震える指でもう一度再生ボタンをタップした。

 スマートフォンから駿の歌声が流れる。


「ちゃんと見たいのに……画面がぼやけて見えないよ、ママ……ぼやけて見えないよ……」


 大粒の涙をポロポロこぼすジュリア。

 紅葉は笑顔で、背中からジュリアを抱き締めながら、頭を撫で続けた。


(駿……みんな……ありがとう……)


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