第14話 恋愛小説 (3)

「おぉ、珍しい顔ぶれ」


 駿が登校してきた。


「お、高橋(駿)、おは……お、おま、何だその顔!」


 キララは駿の顔を見て驚く。駿の目がパンパンに腫れていたのだ。

 キララの声に驚いて駿の顔を見る幸子。


「えっ! 駿くん、どうしたの!」


 駿は頭を掻きながら、照れくさそうにしている。


「例の『魔族の女王』読み切ったんだけど、もう涙が止まらんかった」

「駿くん、ちょ、ちょっと待ってて!」


 幸子が慌てて教室の外へ出て、廊下をタタタッと走っていった。


「高橋、本読んで爆泣きって、超ウケる!」


 大笑いしているジュリアとココア。


「うっせー、うっせー!」


 笑いながら返した駿。

 そして、教室に走り込んでくる幸子。


「はぁ、はぁ、駿くん、はぁ、これ、はぁ、目に、目に……」


 濡れたハンカチを駿に手渡した幸子。

 自分のハンカチを手洗い場で冷たく濡らして、軽く絞ってきたのだ。


「あー、ごめんね、さっちゃん。ありがとう!」


 受け取ったハンカチを目に当てる駿。


「あー、マジ気持ちいい」


 その様子を見てホッした表情を浮かべた幸子。


「で、高橋が読んだっていう『魔族の女王』……だっけ、それはどんなヤツなの?」


 キララが駿に尋ねる。


「あぁ、これこれ」


 ハンカチを目に当てたまま、器用にかばんから本を取り出した駿。


「!」


 それを見て委員長は驚く。

 それは、先程問題になっていた『公爵様』と同じ種類の小説であると、誰が見ても明らかなものだった。


「高橋くん! あなたもこんな下劣な本を読んでいるの⁉」


 委員長が声を上げる。


「えっ、委員長、突然何? 下劣ってどういうこと?」


 ハンカチを目から外し、驚いた顔で委員長を見た駿。

 キララは、はぁ、と小さいため息をついて、手を額に当て呆れた顔をする。

 駿が取り出した本を奪うように取り、パラパラとページをめくった委員長。


「ほ、ほら! こ、こんな……!」


 濡れ場のシーンの挿絵のページを開いて、駿に見せつける委員長。

 きょとんとした駿。


「う、うん……これが? これ何かダメ?」

「だ、だって、こ、こんな露骨なセックスの描写が……」

「いや、そこだけ見ればね、そうかもだけど」


 ちょっと悩むような仕草を見せながら駿は続ける。


「あのね、全編そういう内容だったら、まぁ、オレたち高校生が読むにはどうかと思うけど、セックスの描写があるシーンって、その小説の中のごく一部分だぜ」

「でも……!」

「委員長は、ちゃんと読んだの?」

「え……?」


 本を手に、驚いた表情で駿を見つめた委員長。


「委員長、ちゃんと読んでないでしょ」

「…………」


 視線を落とし、黙ってしまう委員長。


「委員長が言いたいことはよく分かるんだけど、その一部分だけ切り取って問題にするのはどうかと思うよ」

「…………」


 何も言えない委員長。


「これってさ、結構感動の恋愛小説なんだよ。セックスのシーンは、それを盛り上げるための一要素って感じだね。オレの腫れた目を見れば、ウソじゃないのが分かるでしょ」


 笑いながら、おちゃらけたように自分の目を指差す駿。

 それを見て大笑いしたジュリアとココア。キララと幸子、由紀乃も笑っている。


「委員長もさ、あんまり生真面目に考えないで、気楽に行こうよ、ね」


 笑顔で委員長を諭した駿。


「はい……」


 委員長は、本を駿に返す。

 そして、幸子に身体を向けた。


「山田さん、ごめんなさい……私の思い込みで嫌な思いをさせてしまって……」


 頭を深く下げて謝罪する委員長。


「ううん、私もちゃんと説明できないで、ごめんなさい……」


 幸子も席を立ち、委員長に頭を下げた。

 それを見て、ニカッと笑う駿。


「じゃあ、この件は一件落着だな!」


 由紀乃が委員長を気遣った。


「ほら、委員長、行こ。みんな、お騒がせしました」


 頭をぺこりと下げる由紀乃。


「おぅ、気にすんな。委員長もな」


 駿の言葉に、うなだれながらも頷いた委員長。


「ほら、行こ」


 由紀乃に連れられて、自分の席へ向かっていく。


「で、さっちゃんは『公爵様』もう読んだ?」


 ズズイッと幸子に近づいた駿。


「あ、まだ読み始めたばかりなので、よろしければ交換しましょうか」


 幸子は、駿に『公爵様』を差し出す。


「おぉ~、サンキュー!」


 嬉々として『魔族の女王』を渡して、『公爵様』を受け取った駿。


「ねぇ、そんなに感動するもんなの、それって」

「ね~、私もそう思う~」


 ジュリアとココアは、いぶかしげな表情をする。


「ばっか、おま、一回読んでみ、マジで!」


 オーバーアクションで返した駿。


「駿くんは、気に入ってくれたみたいですね」


 幸子は、くすくす笑っている。


「気に入ったも何も、読み始めたら止まんなかったよ! 涙も!」


 笑いながら説明した駿。


「え~」

「ホントー?」


 ココアとジュリアは、やはりいぶかしげだ。


「じゃあ、一回読んでみろよ。さっちゃん、又貸しになっちゃうけど、山口(ジュリア)に『公爵様』貸していい?」

「はい、どうぞ」


 笑顔で答える幸子。


「ほら、さっちゃんのOKもらったから、ちょっと読んでみ」


 ジュリアは、差し出された『公爵様』を受け取った。


「じゃあ、ちょっとだけね……」

「ちょっとだけね……って、ジュリアちゃん、何かやらし~」


 パチンッ!


「いたい~」


 キララに頭を叩かれるココア。


「山田さん、ごめんね、お騒がせしちゃって」


 キララは、両手を合わせて幸子に謝った。


「ほら! おめぇらが原因だろうが! 山田さんに謝れ!」


 申し訳なさげに頭を下げるジュリアとココア。


「あの……ごめんね……調子乗っちゃいました……」

「ごめんなさい~」

「そ、そんな、頭上げてください……! こ、こちらこそ……」


 幸子は、やはり席を立って頭を下げた。


「さっちゃんが相手だと謝罪合戦になるな」


 クククッと笑う駿。


「じゃあね、山田さん、またね」

「ばいばーい!」

「お邪魔しました~」


 ギャル軍団が自分の席へ戻っていく。


「あ、あの、伊藤(キララ)さん!」


 振り向いたキララ。


「ん、どうしたの?」


 幸子は、しっかりとキララの目を見つめる。


「あの、さっきは私のために怒ってくれて、ありがとうございました」


 頭を下げた幸子。


「キララ」


 えっ、と幸子が顔を上げると、キララは嬉しそうに笑顔を浮かべている。


「キララでいいからね」


 幸子の鼻の頭を指でちょんと触れたキララ。


「は、はい、キララさん!」


 幸子の言葉に、キララはにっこり微笑む。


「あ、あの、私も……」

「さっちゃん、でいいかな?」

「あ、はい!」

「アイツらもさ、バカだけど悪いヤツらじゃないから……いいかな?」

「はい、もちろんです!」


 満面の笑顔で答えた幸子。

 キララは、指でOKマークを作った後、手をひらひら振りながら自分の席へ戻っていく。


「さっちゃん、友達が増えたね!」


 駿が笑顔で幸子に声をかける。


「はい! 駿くんのおかげです!」

「オレは何もしてないよ、さっちゃんの人徳でしょ!」


「さっちゃーん!」


 ジュリアとココア、ふたりの呼び声だ。

 振り向いた幸子に、ジュリアとココアが、笑顔で手をブンブン振っていた。

 その後ろでは、キララがOKマークを作って、幸子にウインクしている。


 顔を真っ赤にして照れる幸子に、駿がこそっと耳打ちした。


「ほら、さっちゃんも応えてあげないと」


 照れていた幸子は、意を決してギャル軍団に手を振る。


「ジュリアさーん、ココアさーん、キララさーん!」


 名前を呼ばれた三人は、お互いに顔を見合わせて大喜び。

 先程以上に三人は手をブンブンと振っていた。


 この日、幸子の頭に<声>が響くことは無かった。


 ◇ ◇ ◇


 ――数日後


 朝、教室の自分の席で、駿と達彦と談笑する幸子。


「みんな、おはよ……」


 ジュリアの声がした。

 振り向く幸子。


「あ、ジュリアさん、おは……ど、どうしたんですか!」


 ジュリアの目は、パンパンに腫れていた。


「山口、お前なんつー顔してんだ」


 ふふっ、と笑う達彦。


「あの小説、涙腺の破壊力あり過ぎだわ、マジで、ウケたわ……」


 ジュリアは、力なく笑った。


「ジュリア、何やってんの?」


 キララがやってくる。


「ぶわぁっはっはっはっはっは! 何て顔してんのよ! ココア、ココア、ちょっと来て! 早く早く!」

「ばっ、ココアを呼ぶな!」

「どうしたの~……え~、ジュリアちゃん、何その顔~、くすくすくす」


 大笑いするキララと、両手を口にあててクスクス笑っているココア。


「ジュリア、さっちゃんの小説を小馬鹿にしてたよな!」

「べ、別に小馬鹿になんか……」

「返り討ちにあってやんの、バッカでー! ぶわぁっはっはっはっはっは!」


 キララの辛辣な言葉に、顔を真っ赤にした白ギャルのジュリア。


「さっちゃん!」


 ジュリアが声を上げる。


「はい」

「今日、持ってる?」

「はい、持ってます」

「それも借りていい?」

「駿くん、いいですよね?」


 カバンから『魔族の女王』を取り出した幸子。


「あぁ、いいよ」


 駿がニヤニヤ笑いながら答える。


「さっちゃん、これも一級品よね」

「はい、もちろんです」


 くすくす笑っている幸子。


「ココア、キララ、アンタらもコレ読みな」


 ジュリアは、本をふたりへ押し付けるように渡した。


「私はこんなんじゃ泣かないと思うけどね」

「私も泣かないと思う~」


 ニヤリと笑みを浮かべるジュリア。


「じゃあ、今日読んで。明日感想聞かせて。いいわね」


 駿と幸子が顔を合わせて笑い合う。

 達彦は、ひとりやれやれという表情を浮かべていた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、ココアとキララは、目をパンパンに腫らせていた。

 そして、これをきっかけに、駿・幸子・ジュリア・ココア・キララの5人がメンバーという「ブライテッドラブ愛好会」が学校非公認で結成されることになった。

 駿と幸子の組み合わせも「?」だったのに、そこにギャル軍団が加わるという、はたから見るとカオスな集団に、クラスメイトはさらに「?」だった。


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