太のまんぷくグルメ紀行 (4)

 ――午後 秋田新幹線・こまち 車内


 太は悔やんでいた。

 本気の涙目である。


「くっそ~、まさか『あったけえきりたんぽべんとう』が販売終了しているとは……」


 少し前まで、秋田名物のきりたんぽが駅弁でも楽しめた。

 しかも、購入後に蒸気の力でアツアツになるギミック付きで、太はその駅弁を楽しみにしていた。

 だから、秋田できりたんぽに手を出さなかったのだ。


 悔やんでも時すでに遅し。

 秋田新幹線は、秋田駅を出発し、大曲駅で進行方向を変えた後、現在はJR田沢湖線を盛岡駅に向けて疾走している。

 今さら秋田には戻れないのだ。


「それでも……」


 太が目を向けたビニール袋には、ふたつの駅弁が入っていた。


 ふたつ。

 午前中、秋田ですでに三食平らげているが、盛岡への移動にあたり、また駅弁を購入したのだ。

 しかも、ふたつ。

 いい加減、お腹いっぱいになってほしいのだが……


 ひとつ目の駅弁を取り出す太。


「偶然、期間限定の復刻版が買えて良かった……!」


 緑色のパッケージに大きく駅弁の名前が書かれている。


『白神浪漫』


 世界遺産(自然遺産)である白神山地の麓を走るJR五能線を経由して、秋田駅と弘前駅・青森駅を結ぶ大人気のリゾートトレイン「リゾートしらかみ」。それに利用される新型車両の導入を記念して作られた駅弁だ。

 現在は、販売終了となっているが、地味な見た目でありながらも、その滋味深い味わいは多くの駅弁ファンを虜にしてきた。


 今回は、偶然期間限定で復刻されたものを太はゲット。

 きりたんぽは買えなかったが、ある意味幻の駅弁を購入できたのだ。


 パッケージを取り外す太。


「わっ……これはまた意外……」


 今どきの言葉で言えば「えない」のだ。

 全体的に茶色く、鮮やかな色合では決して無い。


 しかし、見る人が見ると分かる。

 ブナシメジがたっぷりと乗ったキノコの炊き込みご飯、その上には赤い宝石・イクラ、そして畑のキャビア・とんぶり、さらには大きなホタテの天ぷらと、秋田の海の幸と山の幸が乗っている。おかずも、秋田名物・ハタハタの唐揚げに、長寿を願う縁起物である赤い渦巻状の野菜・チョロギの酢漬け、そしてこれも名物のいぶりがっこ。

 茶色い見た目は、秋田の美味しさをギュッと詰めた結果によるもので、意味のある茶色さなのだ。


 ただ、その地味な見た目に少し肩透かしの太。


「まぁ、食べてみるか。いただきまーす……(ぱくり)」


 炊き込みご飯を一口。


「これは……すごく優しい味なのに、しっかり美味しい……味の濃さで誤魔化してない……(ぱくぱくぱく)」


 太は、その滋味深い味わいに驚いた。


「ぷちぷちした食感は……イクラととんぶりだ!」


 都心では中々味わえない食感に興奮する太。


「(ぽりぽり)スモーキーな漬物……いぶりがっこ、クセになるな……」


 『がっこ』は秋田の方言で漬物のこと。

 いぶった漬物だから『いぶりがっこ』だ。


 気が付くと、弁当箱は空っぽ。


「味付けで誤魔化さない手のかかった駅弁、美味しかった……! し・あ・わ・せ♪」


 偶然ゲットできた駅弁に大満足の太だった。


 間髪入れずに、二個目の駅弁を取り出す。

 もうちょっと美味しさの余韻を楽しむとか、この男にはないのだろうか……


「これも秋田名物の駅弁だよね」


 赤い包み紙に包まれた駅弁だ。


『鶏めし』


 七十年以上の歴史を誇る駅弁である。

 元々は、秋田駅のさらに先、青森県の少し手前にある大館駅で販売されていた名物駅弁だったが、需要のあった特急列車などの運行も大きく減少したため、現在は秋田駅などでも販売されている。


「これ食べるの初めてなんだよね~……見た目はまぁまぁかな」


 炊き込みご飯の上に、鶏肉がゴロゴロ乗っている。

 おかずは、煮物や漬物が申し訳程度に入っていた。


「まぁ、ボクの舌を唸らすのは難しそうな駅弁だな」


 何だか知らないが『鶏めし』に上から目線の太。


「んじゃま、とりあえず……いただきまーす(ぱくり)」


 炊き込みご飯を一口。

 人は、本当に美味しいものを食べると言葉を失う。

 太は言葉を失っていた。

 胸に去来する「美味しさ」という名の感動。

 太にとって初めての経験だった。


 秘伝のスープで炊き込んだ「あきたこまち」の炊き込みご飯は、絶妙な美味しさを醸し出し、上に乗った甘辛く煮た鶏もも肉との組み合わせは、天国などという言葉が薄っぺらく感じるほどの美味しさだった。


「歴史の長さには、それだけの理由があるんだ……」


 この『鶏めし』、販売開始は昭和二十二年(一九四七年)。

 戦後まもない頃から販売を継続しているのだ。

 現代のように通信手段が発達していない昔、それでもこの『鶏めし』の美味しさは全国にファンを抱えていた。

 モータリゼーションの到来、新幹線の開通、そして飛行機が身近な移動手段になるなど、大館駅の利用者・停車する列車は減少していき、駅弁である『鶏めし』にとって受難の時代が続いてきた。

 それでも生き残ってきたのは、やはりそれだけの理由があるのだ。


 空っぽになった弁当箱に手を合わせる太。


「ごめんなさい、参りました。し・あ・わ・せです」


 太は、駅弁を長年作ってきた業者に敬意を評した。

 自分が大人になっても残っていてほしい。

 そんな願いを込めて、太は言った。


 「ごちそうさまでした」


 秋田新幹線は、山間部を軽やかに走り抜けていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――午後 JR盛岡駅 待合スペース


 岩手県最大の街・盛岡に降り立った太。

 叔父が迎えに来てくれる予定になっており、従妹の詩穂も来てくれるらしい。


(詩穂ちゃん、元気かな?)


 元気いっぱいに迎えてくれるであろう詩穂の姿を想像し、暖かい気持ちになる太。

 可愛い妹分の笑顔は、太の気力を満タンにしてくれる。


 そんな詩穂たちが迎えに来るまで、三十分ほど時間が余ってしまった。

 太は、よせばいいのに駅の売店を覗きに行った。


 そこで見てしまった。

 見つけてしまったのだ。


『平泉うにごはん』


「海鮮モノは食べてなかったな…」


 太、もうよしなさい。


「食べてみるか」


 躊躇なく購入する太。

 コイツの胃袋、どうなってるんだ……?


 太は、待合スペースに戻り、パッケージを取り外した。


「海……! ウニの海だ!」


 弁当箱の中には、ご飯が見えない位の海産物が乗っていた。

 もちろんウニがたっぷりと乗っていて、さらにイクラ、茎わかめ、錦糸卵……

 少々小振りな駅弁ではあるが、見た目にも美しく、まさしく海の幸の宝石箱である。


「こ、これは贅沢……(ごくり)」


 いただきますも忘れて、箸を差し込む太。


「(ぱくり)」


 口の中に広がる潮の香り。

 目をつぶる太。

 その瞬間、太の口の中が竜宮城になった。

 ウニが、イクラが、茎わかめが、舞い踊っているのだ。

 それを優しくサポートする錦糸卵の甘さと、山ごぼうの漬物のしょっぱさ。

 そのすべてを支えるのは、岩手県産のお米「ひとめぼれ」だ。

 それぞれが、オレがオレがと主張せず、「オレたち、みんな美味しいだろ?」と腕を組んでラインダンスを踊っていた。


 やがて、完食。

 小さな駅弁に、大きな満足が詰まっていた一品だった。


「はぁ~、し・あ・わ・せ♪」


 満足気な微笑みを浮かべる太。

 太は思った。


(日本には、まだまだ美味しい駅弁やご当地グルメがたくさんある)

(そのすべてを食い尽くすまで、ボクの食い倒れの旅は終わらない)

(待ってろよ、まだ見ぬ駅弁! 待ってろよ、まだ見ぬご当地グルメ!)

(ボクが食い尽くしに行ってやる!)


 太は決意を新たにした。


 いや、食い尽くさなくてもいいんだけど……


 食い倒れの旅は、まだまだ続く……


 ◇ ◇ ◇


「太にいちゃん!」


 迎えにやって来た叔父と詩穂。

 詩穂は満面の笑みで抱きついてきた。


「久しぶりだね、詩穂ちゃん」


 笑顔で詩穂の頭を撫でる太。

 まさか詩穂がイジメに苦しんでおり、この後あんな事が巻き起こるとは思ってもいない太だった。


 (「第137話 帰省先の少女 (1)」に続く)




 ◇ ◇ ◇


 <作者より>


 作中で登場した駅弁は、すべて実在しています。

 作者はどれも実際に食べており、美味しさを確認しております。


 なお、下記の駅名は、その駅弁の代表的な販売駅です。

 ここ以外でも近隣の主要駅で購入できる場合があります。


 ご旅行の際は、ぜひ旅のお供にご検討くださいませ。



 あったけえきりたんぽべんとう(秋田駅[販売終了])

  関根屋

  ※すでに紹介ページがございませんでしたので、

   JLogos での紹介ページをご紹介します。

   http://www.jlogos.com/d056/8567256.html


 白神浪漫(秋田駅[販売終了])

  関根屋

  ※こちらも紹介ページがございませんでしたので、

   JLogos での紹介ページをご紹介します。

   http://www.jlogos.com/d056/8567258.html


 なお、この『関根屋』さんは秋田駅の駅弁屋として確固たる地位を築いているお弁当屋さんです。

 他にもたくさんの美味しい駅弁を秋田駅で販売していますので、秋田へお越しの際はぜひご賞味ください。


 関根屋

  https://sekineya.jp/


 鶏めし(大館駅・秋田駅)

  花善

   http://hanazen.co.jp/


 平泉うにごはん(一ノ関駅・盛岡駅)

  斎藤松月堂

   http://saito-shogetsudo.jp/online/index.php


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