太のまんぷくグルメ紀行 (1)

 ――昨年末のある日の朝 東北新幹線・やまびこ 車内


 東北新幹線・やまびこは、上野駅地下ホームを出た後、高架線でJR京浜東北線と並走、赤羽駅近辺からは戸田方面へ。今はJR埼京線と並んで走っている。大宮駅までは比較的ゆっくり走るため、大都市の街並みが車窓を緩やかに流れていた。

 そんな車窓を眺めながら、大柄な男の子が何かをもぐもぐと食べている。


 太だ。


 毎年年末年始は、東北の父親の田舎に帰省している。

 だが、今年は貯めていたバイト代を使って、色々と寄り道をしながら、ひとり別行動で帰省することにしたのだ。

 もちろん、その目的とは……


「ん〜、駅弁最高〜!」


 幸せそうな笑顔を浮かべる太。

 そう、目的は『駅弁』と、その土地々々のいわゆる『ご当地グルメ』だ。


 太は、上野駅で購入した駅弁を食べていた。

 手に持っているのは、オレンジ色の外箱の駅弁。


「『チキン弁当』相変わらずの美味しさ!」


 『チキン弁当』は、発売から半世紀以上経過している超ロングセラーの駅弁。

 その昔、上野駅は東北・上越・信州・北陸など、北へ向かう様々な特急・夜行列車の一大ターミナル駅だった。新幹線の無かった時代、時間をかけて移動する特急電車の中で、駅弁は大きな楽しみのひとつで、中でもこの『チキン弁当』は、子どもたちに人気の駅弁だったのだ。

 今も当時と基本的な内容は変わらず、グリンピースとスクランブルエッグ(らしきもの)がちょこんと乗ったケチャップライスと、大きな唐揚げが4個。シンプルでありながらも、子どもが大好きな内容だ。

 太もそんなノスタルジックな駅弁が大好きだった。


「ケチャップライスと唐揚げは冷たいままなのに、何でこんなに美味しいんだろう……ま、いっか! (もぐもぐ)」


 大宮駅へ着く前に『チキン弁当』をきれいに平らげた太。


「美味しかった〜、し・あ・わ・せ♪」


 太は、満面の笑みを浮かべる。

 ペットボトルの烏龍茶をグビグビと飲んだ。


「次は郡山で『例の駅弁』だ! 楽しみだな〜♪」


 次は郡山で途中下車するらしい。

 そこで待つ駅弁とは?


 ――と言っている間に、太は夢の世界に落ちていった。


 ◇ ◇ ◇


 ――昼前 山形新幹線・つばさ 車内


 座席のテーブルに置いた駅弁を見て、ニコニコ顔の太。

 郡山駅で途中下車して、目当ての駅弁をゲットできたのだ。

 駅弁の包み紙には、デカデカとこう書かれていた。


『海苔のりべん』


「さーて、『日本一美味しいのり弁』と噂の駅弁、早速……」


 太が包み紙を開けると、ご飯の上におかかがたっぷり、そしてその上に大きな海苔、真ん中に梅干しが乗っていた。

 おかずは、卵焼きに焼き鮭、煮物に漬物と、至ってシンプルで、正直見た目は普通の「のり弁」である。


「いただきまーす」


 まずは、ご飯とおかかと海苔をパクリ(もぐもぐ)


「うわ……マジで美味しい……なんだこれ……」


 こうなると箸が止まらない。


「おかかが甘じょっぱくて、もうたまらん……あとこの味は……」


 ご飯をよーく見てみると――


「あっ! ご飯とご飯の間に昆布の佃煮が! たまんねぇ〜♪」


梅干しで時折味をリセットしつつ、パクパクと食べ進める太。


「おかずの優しい味付けがまたたまらん… こりゃ確かに美味いわ…」


 福島駅の到着も待たずして、あっと言う間に完食。


「たまらん美味さだった……し・あ・わ・せ♪」


 しかし、笑顔だった太の表情が曇っていく。


「でも……」


 太の視線の先には『海苔のりべん』の包み紙があった。

 そこには、こう書かれていた。


『当社が使用している福島県産の食材は、放射性物質の検査を受けて安全性を確認しています。安心してお召し上がりください』


 あれからもう十年以上の月日が経った。

 当時、福島の農家や畜産農家、漁師たちが一生懸命作った、育てた、獲ったモノは、その風評により酷い扱いを受けた。

 まるで毒物であるかのように。

 その悔しさ、悲しさは、想像するのもおこがましいほど深いものだったに違いない。


 それでも、福島の人たちは負けなかった。

 そんな酷い風評被害を克服するべく、市場に出荷するモノには徹底的に検査を行い、安全性を保証してきた。

 ずっとやるせない気持ちを抱えたまま、頑張ってきたのであろう。

 しかし、十年以上経った今でもこんな注意書きをしなければならない現実がある。


「ちゃんと食べよう。食べて応援しよう。ボクにできる応援は、たくさんキレイに食べることだ」


 太は、キレイにすべてを食べ終えた空っぽの駅弁の容器に手を合わせた。


「ごちそうさまでした、美味しかったです。また買いに来ますね」


 自分の思いを言葉にして口にする太。

 新幹線は、静かに福島駅のホームに滑り込んでいった。


 ◇ ◇ ◇


 ――午後 山形新幹線・つばさ 車内


「むふふふふっ♪」


 太が手にする駅弁は、まだ暖かかった。

 本日三個目の駅弁の包み紙には、こう書かれている。


『米沢牛炭火焼特上カルビ弁当』


 福島駅で、仙台・盛岡・新青森方面へと向かう東北新幹線と別れ、山形新幹線は名前の通り山形方面へと向かった。


 そして、太は途中の米沢駅で途中下車。

 駅構内ではなく、駅から少し歩いた場所にある駅弁の製造元のお店に直接駅弁を買いに行った。

 ちょうど手が空いていたのか「今から焼くからね」という製造元の粋な計らいで、その場で米沢牛のカルビを焼いてもらい、作りたてホヤホヤの駅弁を購入できたのだ。


「やっぱりお肉だよね〜♪」


 駅弁の包み紙を開けると……


「カ、カルビでご飯が見えない……!」


 男の子からすれば、もうビジュアルからしてたまらん駅弁である。

 さらに大きめのシュウマイも二個入っており、ボリューム満点だ。


 さっそく、カルビとご飯をパクリ。


「う、うま〜い! 米沢牛、最高〜♪」


 柔らかで味わい深い米沢牛を楽しむ太。


「もう一個買っときゃ良かった……」


 減っていくカルビに、後悔の気持ちが湧き上がってくる。

 でも、箸は止まらない。

 そして完食。


「この満足感……し・あ・わ・せ♪」


 車窓に流れる奥羽の山並みを見ながら太は思った。


「やっぱりもう一個買っときゃ良かった……」


 太の辞書に旅情などという言葉はない。

 太の食い倒れひとり旅は続く……




 ◇ ◇ ◇


 <作者より (1)>

 

 作中で登場した駅弁は、すべて実在しています。

 作者はどれも実際に食べており、美味しさを確認しております。


 なお、下記の駅名は、その駅弁の代表的な販売駅です。

 ここ以外でも近隣の主要駅で購入できる場合があります。


 ご旅行の際は、ぜひ旅のお供にご検討くださいませ。


 チキン弁当(上野駅)

  日本ばし大増/JR東日本クロスステーション

   https://foods.jr-cross.co.jp/ekiben/detail/634


 海苔のりべん(郡山駅)

  福豆屋

   http://www.fukumameya.co.jp/menu/index-2-10-0-page1.html


 米沢牛炭火焼特上カルビ弁当(米沢駅)

  松川弁当店

   https://yonezawaekiben.jp/etc/osusume/#a5


 ◇ ◇ ◇


 <作者より (2)>


 作中で触れた安全で美味しいふくしまの恵み。

 どんな美味しいものがあるの?

 本当に安全なの?


 そんな疑問にお答えします。

 ぜひこちらをご覧ください。


 ふくしまプライド。

  福島県農林水産物の魅力発信サイトです。

   https://fukushima-pride.com/


 ふくしまの恵み

  産地が行う放射性物質検査の情報などをご確認いただけます。

   https://fukumegu.org/


 福島県農林水産物・加工食品モニタリング情報

  農林水産物の放射性物質の検査結果をお知らせしています。

   https://www.new-fukushima.jp/


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