太のまんぷくグルメ紀行 (2)
――午後 山形市内
あちらこちらに溶け切らない雪が残る真冬の山形の街。
太は、とあるお店の中にいた。
「お待たせしましたー」
季節にそぐわない氷の浮かんだ料理が太の目の前に置かれた。
「ヤバい、腹減ってきた……(ゴクリ)」
この日、すでに駅弁を三個も平らげているとは思えないセリフである。
太の目の前にあるのは、山形名物『冷やしラーメン』だ。
山形のご当地グルメとして有名なためか、冬でもメニューとして扱っている店が多い。
冷たいラーメンなのに油が白く固まらず、澄んだ醤油味のスープが特徴。
今回太が訪れた店では、スープに蕎麦の出し
「いっただっきま~す♪(ずるるるるる)」
あっさりスープがしっかり絡んだコシの強い中太麺は、太の舌を楽園にいざなっていく。
「あっさりしてるのに、しっかり美味しい……!」
しかも、真冬に暖かいお店の中で食べる冷やしラーメンは、暖かい部屋の中でアイスを食べるのと同じ不思議な満足感があった。
みるみるうちに太のお腹に収まっていく冷やしラーメン。
「(ちゅるり)うん、食間のデザートとしては最高! し・あ・わ・せ♪」
冷やしラーメンをデザートとのたまう太。
恐るべしである。
◇ ◇ ◇
――夕方 JR新庄駅 待合室
「半分諦めてたけど、何とかゲットできた!」
嬉しそうに駅弁を抱きしめる太。
山形で『冷やしラーメン』を平らげた太は、山形新幹線の終点・新庄駅に来ていた。
ここから先はJR奥羽線で秋田方面へ向かう形になる。
新庄駅は、秋田・青森へ向かう奥羽線の他、日本海のある西側へ酒田の街を目指して伸びる陸羽西線、太平洋のある東側へ宮城・
新幹線を降り、在来線のホームへ急ぐ乗客が多い中、太はあえて途中下車。
駅に併設されている「最上広域交流センター・ゆめりあ」の中にある『もがみ物産館』へ。
ここで売られている竹で編み込んだような包みに入った駅弁を購入した。
『上京物語 〜母からの弁当〜』
一日数個しか販売していない駅弁だ。
駅の待合スペースで早速弁当を開ける太。
「おぉ〜、一見素朴なお弁当だけど、地元の食材がたっぷり使われていて、めっちゃ美味そう……(じゅるり)」
辛抱たまらんと、さくらんぼ鶏(さくらんぼ果汁を使って育てられた最上地域のブランド鶏)の串焼きをバクッ!
「うわっ……濃厚な鶏肉の旨味が……奥深い味がするのは、さくらんぼを使って育てられたからかな……(もぐもぐ)」
さくらんぼ鶏の美味さに、太の脳が蕩けていく。
そして、太は見た。
弁当箱の中に、時代劇に出てくるような美しいお姫様がいたのだ。
お姫様はにっこり笑い、太を手招きしている。
(ハッ!)
我に返る太。
改めて弁当箱を覗き込んだ。
もちろん美しいお姫様なんているわけがない。
しかし、いたのだ。
美「味」しいお姫様が。
そこには、山形・新庄産のお米『つや姫』のおにぎりが鎮座していた。
『つや姫』は、十年の年月をかけ、品種改良を重ねて産み出されたお米で、その旨さは誰もが認める山形が誇る品種だ。
その『つや姫』のおにぎりが二個、しかもひとつは玄米味噌の焼きおにぎりである。
「お姫様、いただきます」
まずは、三角のおにぎりをパクリ。
「お米、うまっ! 何だったら、この具(キノコの明太和え)いらないわ……」
口の中に広がるお米の旨味、甘み。
それはもはや官能的とも言えるレベル。
そして、玄米味噌焼きおにぎりを手にする太。
「これ食べたら、もう普通のおにぎり食えなくなる気がする……」
が、もちろんパクリ。
「うわぁ〜……これはヤバい美味さだわ……『つや姫』は焼いても美味しいのか……」
素朴な田舎の味噌焼きおにぎりに、太はついにノックアウト。
ただただその美味さに身を任せ、本能のままに『上京物語』を完食した。
空になった弁当箱を眺める太。
「『つや姫』……ボクと結婚してくれないかな……そしたら、し・あ・わ・せ♪ なんだけどな……」
念の為、繰り返し説明するが『つや姫』は、お米である。
◇ ◇ ◇
――夜 JR奥羽線 各駅停車・秋田行 車内
今日は、秋田に一泊するつもりの太。
新庄駅から秋田駅までは、各駅停車に揺られて二時間半以上かかる。
お腹に詰まった数々の駅弁とご当地グルメを消化するべく、電車の中で太はぐっすり寝ていた。
そう、ぐっすりと寝ていた……はずだった。
車内アナウンスが流れる。
<次は――――、――――です。お忘れ物ございませんよう……>
パッと目が覚めた太。
今、確かに「――――」と聞こえたのだ。
聞こえた通りであれば、寝ている場合じゃない。
太は、隣に座っていた男性に確認した。
「すみません、次の駅は何駅ですか?」
「ん? 次は――――だよ」
目が完全に覚めた。予定変更だ。
慌てて身支度して、下車の準備を済ます。
そして太は駅に降り立った。
駅のホームに掲げられた駅名標(駅名などが表記されている看板)には、こう書かれていた。
『 横 手 』
◇ ◇ ◇
――夜 JR横手駅近く
太は今、香ばしくも芳醇な香りに包まれている。
その香りは、太に天国を味わせてくれることを約束するものだ。
「はい、お待たせしました」
コトリ
太の前に、その天国が置かれた。
「こ、これが『横手やきそば』……!」
ご当地グルメとして全国的に有名な『横手やきそば』。
真っ直ぐな太麺に、ウスターソースベースのソース、具はキャベツと豚挽き肉。
そして、忘れてはいけないのが、目玉焼きと福神漬けだ。
これが『横手やきそば』の基本形なのだが、お店それぞれにオリジナルソースや、オリジナリティ溢れるアレンジを加えたメニューが用意されており、様々な『横手やきそば』を楽しむことができる。
このように地域の店同士で切磋琢磨してきた結果、『横手やきそば』は全国区のご当地グルメとなったのだ。
目の前のやきそばに顔を近づける太。
立ち上る湯気と共に、魅惑の香りが太の鼻孔を刺激する。
「ソースの香りって不思議……あんなにお腹いっぱいだったのに、この匂い嗅ぐと腹が減るんだよな……」
パブロフの犬のような太。
「さて、冷めないうちに……いっただきま~す!(ぱくり、ずるるるるる)」
口の中に広がるソースの味と香り。
「うっほ〜、美味〜い♪」
シャキシャキっとしたキャベツの甘みと、旨味の滲み出る豚挽き肉が、単調なソースの味を豊かな味わいに変えていく。
太は思った。
「今のボクには、アレが絶対に必要だ……!」
手を上げる太。
「すみません、ライスください」
炭水化物と炭水化物のマリアージュ。
それは太にとって、麻薬に等しい怪しい光を放つ組み合わせだ。
その麻薬を摂取しようとする太。
もう何も考えられない。
やきそば、やきそば、ライス、やきそば、ライス、やきそば、ライス……
機械のように口に運び続ける太。
イーティング・ハイ。
それはデブのゾーンと言える領域。
今の太を止められる者は、世界中どこにもいないかもしれない。
(今のボクを止めたいなら、軍隊でも連れてきな!)
ハイが過ぎて、意味の分からない思考をし出す太。
しかし、永遠はどこにもない。
食べれば減るのだ。
やがて皿からはやきそばが、茶碗からはライスが、無くなった。
完食だ。
「ふー……し・あ・わ・せ♪」
笑顔を浮かべる太。
太は、戦いに打ち勝った戦士のような清々しい表情をしていた。
財布を出す太。
そして、太は言った。
「すみません、やきそばとライス、おかわりで」
予算に余裕があったのだろう。
しかし、ハッとする太。
太は自分のお腹をさすりだした。
さすがに食べ過ぎたのだろうか。
「ライス大盛りで」
大盛り。
しかもライスの方を。
美味しい『横手やきそば』で、美味しいご飯をバクバク食べたい。
まさしくデブの思考である。
ここは秋田。
美味しい『あきたこまち』に恋したのかもしれない。
『つや姫』へ求婚したくせに、とんだ浮気者である。
「うま〜い♪」
ソースの焦げた匂いが漂う横手の街。
喜びに打ち震えた男の叫びが夜の街に響き渡った。
太の食い倒れひとり旅は続く……
◇ ◇ ◇
<作者より>
作中で登場した駅弁・ご当地グルメは、すべて実在しています。
作者はどれも実際に食べており、美味しさを確認しております。
なお、下記の駅名は、その駅弁の代表的な販売駅です。
その土地ならでは味。
機会がございましたら、ぜひご賞味ください。
冷やしラーメン(山形のご当地グルメ)
栄屋本店(冷やしラーメンの元祖のお店)
http://www.sakaeya-honten.com/menu.html
上京物語 〜母からの弁当〜(新庄駅)
ヤマゲンフーズ
※製造・販売元のWEBサイトが見つかりませんでしたので、
ニッポン放送 NEWS ONLINE の紹介ページです。
https://news.1242.com/article/170056
横手やきそば(横手のご当地グルメ)
横手やきそば暖簾会
https://www.yokotekamakura.com/yokoteyakisoba/
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