第110話 クリスマスナイト (1)

 ――クリスマスイブの夜


 クリスマスパーティの後、駿、幸子、ジュリア、ココア、キララの五人は、駿の部屋で過ごすことになった。


 カチャカチャ ガチャリ


 パチン


「はい、どうぞ」


 アパートの部屋の扉を開け、照明をつけて、四人を招き入れる駿。


「お邪魔します……駿くんのお部屋だぁ……」


 幸子は、部屋の中をキョロキョロ見回していた。


「ヤバイよ! イブに男の子の部屋にいるよ! どうしよう、キララ! ヤバイよ!」

「お、落ち着けって、ジュリア! イブに……うん、落ち着け!」

「ドキドキが止まらないよ~、ドキドキが止まらないよ~」


 三人でくっついて興奮しているギャル軍団。


「いや、オマエら来たことあるだろ」


 駿の一言に、キララが反応した。


「特別な日に男の子の部屋にいるって、スゴいことなの!」

「そ、そっか。まぁ、それがウチで光栄だよ」

「男子はそういうのって無いの~?」

「無いことは無いかな……冷静に考えれば、イブの夜にみんながウチにいるって、ものスゴいことだよな……」


 駿は、チラッと幸子を見た。


「そうでしょ? あーしらがいなかったら、ここにさっちゃんはいないんだから~」


 ニヤニヤしているジュリア。


「そうよね、私たちにもっと感謝があってもいいんじゃない?」

「あ、あの、なんでそんな話に……」


 幸子は焦っていた。


「うふふふ~、駿も、さっちゃんも、顔赤いよ~」


 顔を合わせて、お互いに照れる駿と幸子。


「と、とりあえず、買い忘れた飲み物を買ってくるから。そこにスヴィンチ(ゲーム機)とコントローラーあるから、適当に遊んでて」


 駿は、財布を持って外に出ていった。


「ほら、ジュリアがからかいすぎるから」

「えー、あーしがいけないの? キララもからかってたじゃーん」

「まぁまぁ、駿もああ言ってたし、ゲームでも遊ぼうよ~」


 言い合いを始めたふたりを仲裁するココア。


「そ、そうしましょう。私も遊んでみたいです!」


 幸子も話題を変えようとしていた。


「そうだね、こんなことでゴチャゴチャしてても勿体無いし、みんなで楽しいクリスマスイブの夜にしよう!」

「おー!」


 ジュリアの言葉に、三人から同意の掛け声が上がる。


「じゃあ、ゲームの準備するからちょっと待ってて」


 立ち上がり、テレビの横に置いてあるスヴィンチのところへ向かったジュリア。


 ガッ バラバラバラ


 ジュリアが誤って、床に置いてあった幸子のポシェットを蹴飛ばしてしまう。


「あっ! さっちゃん、ゴメン! ポシェット蹴っちゃった……」

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

「中身ばら撒いちゃった……ホント、ゴメンね……」


 床にばら撒いてしまった幸子の荷物を拾い集めるジュリア。


「あれ? さっちゃん、こんなイイやつ使ってんの?」


 ジュリアは、高級ブランドのリップを手に取った。

 駿からもらったクリスマスプレゼントだ。


「あ、はい。もうちょっとお化粧を勉強したいなって……」


 バレないように、笑顔で受け答えする幸子。


「わぁ~、ケースに名前入ってる~! さっちゃん、オシャレ~」

「ははははは……」

「さっちゃん。そのリップ、つけてあげようか」


 キララが幸子に提案した。


「えっ……」

「それがいいよ! さっちゃん、キララに塗ってもらいなよ!」

「キララ、メイク上手だもんね~」

「ほら、さっちゃん、こっちおいで」


 キララは、ベッドに腰掛けて、その隣をポンポンと叩いている。

 キララの隣に腰掛けた幸子。


「唇に触るね……」


 キララは、リップクリームを薄く幸子の唇に伸ばしていく。


「さっちゃん、一回リップクリームが広がるように、唇をくっつけて、動かしてみて」


 言われた通りにした幸子。

 キララは、唇の外に出てしまったリップクリームを綿棒で丁寧に拭っていく。


「じゃあ、このステキなリップ、唇に塗っていくね」


 唇にリップが塗られていく幸子。


「この位でいいかな……」


 仕上げに、はみ出たリップを綿棒で拭った。


「うん、こんな感じかな……さっちゃん、素材がいいから……ふたりとも見て」


 キララは、メイクの出来に満足いったようだ。

 ジュリアとココアの方を向く幸子。


「えっ! すっごく可愛い……リップだけでこんなに変わるの……?」

「さっちゃん、超~可愛い~!」

「お、おふたりとも大げさです……」


 困惑する幸子に、キララがコンパクトを向ける。


「大げさかどうか、自分の眼で確かめてみて?」


 コンパクトの鏡に自分の唇が映った。


「これ、私……?」


 幸子の唇は、ナチュラルなピンク色に染まり、ふっくらと、そしてグロスが乗ってツヤツヤになっている。リップの色もグロスの乗り方も極端ではなく、あくまでもナチュラルメイクの域を出ないものだが、幸子の印象が大きく変わる程のインパクトがあった。


「さっちゃん自身の素材の良さはもちろんだけど、そのリップ自体が、さすがに高級ブランド品だけあって、すごくいいわね」


 キララの言葉に、目を輝かせるジュリアとココア。


「さっちゃん、ちょっと見せてね!」

「あ~、ジュリアちゃん、私も一緒に見る~」


 キララから手渡されたリップで、ファンション談義を始めるジュリアとココア。

 それを横目に、キララがそっと幸子の耳元で囁いた。


「良かったね。ステキなプレゼントもらえて……」


(!)


 幸子は驚き、キララの方を向く。

 キララは、優しい微笑みを浮かべていた。

 そっと幸子を抱き寄せるキララ。


「お見通しなんだからね、ふふふっ……」


 しかし、表情が曇る幸子。


「でも、私……」

「さっちゃんは、とっても可愛いよ……」

「…………」


 幸子はどこか悔しげな表情になり、何も言えなかった。


 自分の目の前には、理知的で大人っぽいキララがいる。

 横を向けば、明るく奔放なジュリアと、とても可愛らしいココアがいる。

 ここにはいないが、真っ直ぐな心を持った美しい亜由美もいる。

 自分よりも圧倒的に魅力的な女性たちが自分と駿の身近にいることで、幸子はどうしても自分自身に自信を持つことができないでいた。

 駿の優しさに触れ、時に「私でも……」と思うことはあるが、自分から見ても魅力的な女性たちを目のあたりにすると、そんな小さな自信はかんたんに打ち砕かれた。

 幸子から見ても、駿の隣には、亜由美やキララたちの方が似合っているのだ。


 そんな劣等感が滲み出る心の奥底で『誰か』が叫んでいる気がする。


 『勘違いするな』と。

 『気持ち悪い女だと自覚しろ』と。


「さっちゃんは、駿と恋人同士になりたくない……?」

「…………」


 キララに抱きつき、胸に顔をうずめる幸子。


「うん、そっか……」


 キララは、優しく幸子の頭を撫でた。


「さっちゃんがどんな風に考えて、どんな判断下すのか……それについて私は何も言えない……でも……」


 幸子を強く抱きしめるキララ。


「駿の気持ちは否定してないであげて……」


 幸子がピクリと反応した。


「駿がどんな気持ちであのリップをさっちゃんにプレゼントしたのか……そんな駿の気持ちを疑わないであげて……」


 幸子は耐えきれず、身体を震わせて小さく嗚咽を漏らす。


「わたし……わたし……」


 言葉が続かず、キララにしがみついた幸子。


「大丈夫だよ……大丈夫だからね……」


 キララは、小さく嗚咽を漏らす幸子の頭をそっと撫で続ける。


「キララ……さっちゃん、どうしたの……? 何かあったの……?」


 ジュリアとココアが、何事かと心配そうに見ていた。

 そんなふたりに、元気に答えるキララ。


「ううん、リップが想像以上に良かったから、思わず感動しちゃったみたい」


 キララは、ふたりにウインクを送った。


「そっか……うん、分かった! じゃあ、先にココアとゲームで遊んでるね!」

「うん、ジュリアちゃん、やろうやろう!」


 キララにウインクし返すジュリアとココア。


 キララは、幸子の耳元で囁く。


「大丈夫……だって、さっちゃんは誰よりも可愛い女の子だもの……」


 そのまま、幸子が落ち着くまで抱きしめ続けた。

 時折漏れる嗚咽も、ジュリアとココアは、聞こえない振りをしていた。


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