その後の物語 3 - 牧原咲希 (1)
※ご注意※
物語の中に性的な表現・描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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~♪
クリスマスソングが街に流れている。
戸神本町駅からふたつ目の少し大きなターミナル駅。
駅前から続く大きな商店街を、緑や赤のイルミネーションが美しく彩っている。
商店街のちょうど中心に植えられている大きな樹木のてっぺんには、大きな星がキラキラと輝き、街行く人が足を止めて写真を撮っていた。
今夜はクリスマスイブ。
街のイルミネーションに負けないくらい綺麗に着飾った女の子が、恋人であろう男の子と腕を組んで、幸せそうな笑顔を向けている。
街には同じようなカップルの姿が目立ち、クリスマス独特の幸せな雰囲気に、みんな浮ついているようだ。
そんなクリスマスにありがちな風景を横目に見ながら、予備校での授業が終わった私は、駅に向かって歩いていた。
「みんな、楽しそうだな……」
幸せそうなカップルを羨ましそうに見ている私は、紺のダッフルコートに白いマフラー、肩先まで伸びるちょっと不自然な色の黒髪に銀縁眼鏡という冴えない地味な格好で、クリスマスの楽しい雰囲気の中、ひとり浮いている。
口からフッと出たため息が、浮かれる街の風景を一瞬白く隠した。
私の名前は『
一ヶ月ほど前に、通っていた高校を退学させられた。
今は『高認試験(高等学校卒業程度認定試験、旧・大学入学資格検定)』の合格と大学への進学を目指して、毎日勉強に明け暮れている。
退学の理由は……私が愚かだったからだ。
◇ ◇ ◇
小さな頃からみんなに可愛いと言われてきた。
小学生の頃、男の子たちは私の気を引くために必死だった。
中学生になった頃、私は勘違いをし始める。
「男子は、みんな私のもの」
かっこいい男子、スポーツのできる男子、人気のある男子。
とっかえひっかえしながら彼氏をグレードアップさせていった。
使えるものは、何でも使った。中でも私の身体は強い武器だ。
他人の彼氏が欲しくなった時は、身体を使って落とした。
ちょっと色目を使って、身体重ねてアンアン言ってやれば、どんな男子も大喜びして私に乗り換える。
そんなことができる自分をクールでかっこいいと思っていた。
気が付くと、女子の間での評判は最悪で、真面目な男子からは敬遠されるようになった。
私は思った。
「ダサいヤツらのひがみだ」
高校に進学して、髪を金髪に染めた。
ダサいヤツらと差別化するためだ。
高校に入ってからも、私はその手の男子からちやほやされていた。
たまに抱かせてやれば、男子たちは何でも私の言うことを聞く。
気分が良かった。
「セックスが好き。どうしてみんなやらないの?」
正直、セックスが気持ちいいと感じたことはない。
逆に異物感が気持ち悪いだけだ。
でも、そんな風に言えることで優越感を感じ、自分に酔っていた。
真面目そうな女子を見下して。
そして、あの事件を起こす。
別に谷くんは好きでも嫌いでも無かった。
ただ、校内でも人気のある谷くんを彼氏にしたかっただけ。
甘い言葉で迫った。身体も使った。
でも、谷くんが選んだのは、真面目なだけが取り柄のブス・静だった。
悔しかった。
なぜなのか理解できなかった。
私は静を凌辱しようとして失敗。
その責任を取り、高校を退学になった。
「それでも、私だったら稼げる」
懲りない私は静を拉致し、身体を売らせて金を稼ごうと考え、実行した。
それがどれだけ浅はかなことかを気付かずに……
拉致は失敗。私は風俗店のケツ持ちをしている地元のヤクザから追われることになった。
(注: 実際には追われていません)
そんな状況の中、生き地獄に落とされる寸前で手を差し伸べてくれたのは、静だった。
なぜ?
私が憎いはずでしょ?
しかし、静は言った。
「放っておけない」
涙が溢れた。
そうか、そうだったのか。
私は「人の優しさ」や「慈しみ」というものを、初めて身をもって知ったのだ。
今まで私は、自分のことしか考えていなかった。
自分の思い通りになることが当たり前だと思っていたからだ。
静の一言に、自分がどれだけ愚かだったのかを思い知らされた。
「ブスなのは……私だ……」
そして、静は未来への光まで指し示してくれた。
『高認試験』
私はその光を掴もうと『高認試験』についてネットで調べまくった。
散々迷惑をかけてきた両親に、恥も外聞もなく土下座した。
「お願いです。最後のチャンスをください」
両親は私を抱き締め、涙を流して喜び、それを受け止めてくれた。
私は、静以外のそれまでの友人たちの連絡先をすべて消去。
LIMEのアカウントも削除。
スマホも一旦解約して、新たに契約をし直した。
そして、髪を黒く染め直し、コンタクトをやめて銀縁のメガネをかけ始めた。
静の真似をしたのだ。
「静みたいになれるかな……」
両親の支援で参考書などを買い揃え、自宅で勉強に励もうとした私に、両親は予備校の資料を渡してくれた。
うちは決して裕福な家庭ではない。これ以上迷惑はかけられないと断ったが、両親は言った。
「咲希、こういう迷惑はいくらでもかけてくれ。お父さんも、お母さんも、すべてをなげうってでも、咲希をサポートするから」
そう言った父に、私は抱きついていた。
涙が止まらなかった。
「必ず期待に応える」
私は心に誓った。
◇ ◇ ◇
「牧原さん!」
幸せそうな街の風景に同化できない私を呼び止める男の子の声。
「坂元くん」
予備校に入校直後、偶然隣り合った男の子だ。
身長は一六五センチメートル位かな? 真ん中分けの耳にかかる位の黒髪。ブラウンのダッフルコートに、デニムと白いスニーカー。見た目と態度が真面目で頭も良く、正直カッコ良くはないが、とても優しい男の子で、わからないところをよく教えてもらっている。
そんな彼は、高校で酷いイジメにあい、自主退学したらしい。
イジメていた側の私は胸が痛くなり、正直に自分のイジメのことを話した。
「でも、今はそんなことしていないんでしょ? その『後悔する気持ち』を忘れないでね」
にこやかにそう語る彼の言葉に、私の心は救われたのだ。
出会ってから半月、私はそんな彼に惹かれていた。
初恋――
人を好きになる心……今まで感じたことのない暖かい気持ちだった。
「せっかくのクリスマスイブだし、カフェでケーキでも食べていかない?」
突然の彼の誘いに、私の胸は高鳴る。
「え……ど、どうしようかな……」
迷う私に、彼は少し困ったような表情を浮かべた。
「あ……きっと約束とかあるよね……ゴメンね、急に誘ったりして……」
勘違いされていると焦る私。
「な、無いよ! 約束なんて無い!」
「じゃあ、ケーキ……どうかな……?」
「うん! 一緒に食べよ!」
彼は、ぱぁっと明るい表情に変わった。
「良かった……勇気出して誘って良かったよ……」
「えっ……」
「女の子を誘うなんて初めてだから……しかも、牧原さんみたいな可愛い女の子を……」
彼の言葉に、顔が熱を帯びていくのが分かる。
きっと私の顔は真っ赤だろう。
彼も顔を真っ赤にしていて、お互いに顔を見合わせて笑いあった。
そんな時だった。
「あれ~、マッキーじゃねぇの」
「あ、ホントだ! 何だよその格好!」
私をあだ名で呼ぶ男の声。
振り向くと、高校時代の悪友たちがそこにいた。
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