その後の物語 3 - 牧原咲希 (2)
※ご注意※
物語の中に性的な表現・描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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「あれ~、マッキーじゃねぇの」
「あ、ホントだ! 何だよその格好!」
クリスマスイブの夜。イルミネーションが美しく輝く駅前の商店街。
予備校仲間で、私牧原が想いを寄せる坂元くんとカフェへケーキを食べに行こうとした、その時。
私をあだ名で呼ぶ男の声。
振り向くと、高校時代の悪友たちがそこにいた。
「マッキー、何だよその真面目ぶった格好は!」
悪友のひとりが、私を見て笑っている。
他の悪友がニヤケ顔で坂元くんを舐めるように見た。
「男の趣味、変わったんじゃねぇ?」
「あっ! わかった! また童貞くんをだまくらかして、弄ぼうって魂胆?」
「マッキー、退学になっても鬼だな!」
悪友たちがゲラゲラ笑っている。
私はうつむき、何も言えなかった。
「よぉ、童貞くん。良かったじゃねぇか。マッキー、すっげーテク持ってっから!」
「マッキー無しじゃ生きていけなくなるかもな!」
「なぁ、連絡先変えただろ。新しい連絡先教えてよ。またやろうぜ!」
「そうだな! オレっちもマッキー相手なら頑張っちゃうよ!」
下品な笑みを浮かべながら、私を見て腰を振る悪友。
あの日、谷くんから言われた言葉が頭の中を埋めていく。
『因果応報』
これは罰だ。
誰のせいでもない。
全部私のせいだ。
他人に優しくできなかった。
自分を大切にできなかった。
因果応報、その通りだ。
私は、自分がいかに穢れているかを、今さらながら思い知らされた。
穢れた私に、人を好きになることなんて許されない。
それが私の負うべき罰。
気がつくと、私は目に涙を溜めていた。
泣いて許される罰じゃない。
どす黒く汚れている穢れた涙だ。
目に涙を湛えている私に、悪友のひとりが気付いた。
「あ、あれ……? もしかして、マジで付き合ってるの……?」
その言葉に、他の悪友たちも真っ青になる。
「マ、マッキー、じゃあ俺たち、ちょ、ちょっと急ぐから……」
「ま、またな、マッキー……」
そそくさと立ち去る悪友たち。
クリスマスソングが流れる夜の商店街。
私と坂元くんのふたりだけが残された。
私は覚悟を決めた。
坂元くんは、私なんかと一緒にいていい男の子じゃない。
私は、坂元くんにニヤけ顔を向ける。
「あ~あ、バレちゃった。ちょっと童貞くんをからかおうと思っただけなのになぁ~」
そう言う私は、心の中で泣き叫んでいた。
(坂元くんに知られたくなかった)
「何その顔ぉ~、オマエみたいなの本気で相手にするわけねぇじゃん」
(坂元くん、あなたのことが好きでした)
「もうわかったでしょ、私はビ・ッ・チ・な・の!」
(後悔してる……自分の行いに後悔してる……)
「アイツらとも何度もしたわよ。いろ~んなことをね」
(私の身体は穢れてるの……汚れてるの……)
「何その目? あぁ~、私で童貞卒業したいってか? アハハハ」
(結局私にはこれしかないんだ……)
「いいよ、卒業させてあげっからさ! ケーキなんてやめて、ラブホ行こうよ!」
(これしかできないんだ……)
坂元くんは、私にハンカチを差し出してきた。
「牧原さん、涙を拭いて」
私は知らぬ間に涙をこぼしていた。
泣きながら悪態をついていたのだ。
どんなに強がっていたって、心の動揺は抑えられない。
私は、声の震えを止めることができなかった。
「あら、優しいわね。そんなに私とやりたいの? 大丈夫よ、たっぷりサービスして、とっても気持ち良くしてあげ――」
「牧原さん」
声を震わせながら悪態をつく私の言葉を遮り、真剣な眼差しで目を合わせる坂元くん。
彼の姿は、涙で霞んでいた。
「今はそんなことしてないんでしょ?」
優しく諭すように問いかけられる。
ニヤけ顔を維持できない。
口を開けば、泣き叫んでしまうだろう。
無理だ。
もう無理だ。
もうこれ以上坂元くんに、そして自分に嘘はつけない。
私は目に涙を溜めたまま、ゆっくり頷いた。
「後悔してる?」
坂元くんの言葉が心に突き刺さる。
使い捨てのおもちゃ。
自分の身体をそんな風に使っていた時のことが鮮明に脳裏に蘇る。
そこには、特別好きなわけでもない男と、ベッドをギシギシと軋ませながらヘラヘラしている自分が、何人も、何人も、何人もいた。
消せない過去に、胸が締め付けられて苦しい。
もういやだ。
忘れたい。
時間を巻き戻したい。
でも、これが自分のやってきたことなんだ。
なんでもっと自分を大切にしてこなかったんだ。
こんな汚れた私が坂元くんに恋するなんて許されるわけがないんだ。
心の痛みに耐え切れず、みっともないくらいボロボロと涙がこぼれ、マフラーを濡らしていく。
溢れ出る後悔の念に、私は情けなく嗚咽を漏らしながら、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、それでいいじゃない。前に言ったよね、『後悔する気持ち』を忘れないでって」
「で、でも、私、私……」
涙に暮れる私を優しい眼差しで見つめながら、坂元くんはにっこり微笑んだ。
「ボクは牧原さんとケーキが食べたい。ダメかな?」
商店街のイルミネーションがすべて消えた。
周囲が薄暗くなった、その数秒後。
てっぺんに大きな星のイルミネーションのついた大きな木が、突然美しい輝きに包まれた。
樹木全体に散りばめられた緑と赤のイルミネーションが一気に点灯したのだ。
商店街を照らす巨大なクリスマスツリー。
商店街中から大きな歓声が上がっている。
ちょうど点灯式を行っていたようで、悪友たちもそれを見に来ていたのだろう。
巨大なクリスマスツリーの美しいイルミネーションの灯りが私たちを包む。
答えを待つ坂元くんに、私は自分の本当の想いを口にした。
「一緒に……一緒にケーキを食べたいです……」
涙ながらに必死で笑顔を作る私を、坂元くんは優しく抱き締めてくれた。
私の心を絶望の淵から救ってくれたその手は震えていた。
でも、これほどまでに力強くて優しい手を、私は知らなかった。
クリスマスイブの夜。坂元くんは、闇に堕ちていく私の心を「優しさ」という純白の翼で救い上げ、黒い霧に支配されていた私の心に光り輝く「幸せ」を与えてくれた。
『クリスマスの奇跡』
サンタさんは、私のような悪い子にも奇跡を起こしてくれたのだ。
(もう一度、一からすべてをやり直す……やり直すんだ……)
私と坂元くんは、クリスマスツリーのイルミネーションの光に包まれながら、そのまま抱き締め合う。
星が瞬く夜空から、シャン シャン シャン シャン と軽やかな鈴の音が聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
――それからしばらくして、放課後の学校の図書室
ポコン
静のスマートフォンからLIMEの着信音が鳴った。
静がチェックすると、牧原からのメッセージだった。
牧[模擬試験の結果、中々良かったです!]
「誰から?」
図書室へ遊びに来ていた達彦。
「牧原さんから。ほら、一生懸命勉強してるみたいです」
達彦に自分のスマートフォンを見せる静。
「また変な間違い犯さなきゃいいけどな」
「フフフ、大丈夫ですよ」
ポコン
また着信音が鳴った。
自分のスマートフォンをチェックした静は、優しく微笑んだ。
「ほら……ね?」
「大丈夫そうだな」
静のスマートフォンを覗いた達彦も微笑みを浮かべた。
牧[追伸]
牧[私、恋しています]
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