その後の物語 4 - 石井由美子と安田武と有園透子 (1)
――小学校 教室
「由美子ちゃん、おはよっ!」
「おはよっ!」
元気に挨拶を交わす由美子とクラスメイトの女の子。
「石井(由美子)さん、おはよう。寒いねぇ」
「おはよう、布団から出るの辛いよねぇ」
由美子は、身体を縮こませて登校してきた男子のクラスメイトと笑いあった。
今日は二学期の終業式。
この後、終業式終了後に通信簿を先生からもらったら、いよいよ待望の冬休みだ。
クリスマスにお正月と、子どもたちにとってはイベントの多いお休みなので、みんな心待ちにしている。
由美子はあの後、クラスメイトたちが守ってくれていたこともあり、安田たちからイジメられるようなことはなかった。
週末は、大好きなゆうじくんとも頻繁に会って一緒に遊んでおり、あれ以来とても充実した楽しい毎日を送っている。
一方、イジメっ子の安田はと言うと、YATO(対安田友だち機構)発足後は手下とも疎遠になり、比較的大人しくしているものの、時折クラスメイトたちと揉めることもあってひとり孤立している状態だ。以前ほどではないものの粗暴な態度は崩さず、クラスメイトたちも安田のことは無視していた。
「由美子ちゃん、おはよ~」
「トロ子ちゃん、おはよっ!」
「ざぶいね~(ぶるぶる)」
「ほら、トロ子ちゃん、鼻出てるよ」
ティッシュを差し出す由美子。
「ありがと~」
「ほら、チーンして」
(ちーんっ)
クラスメイトの男子がやってきた。
「何だよトロ子、石井さんに迷惑かけたらダメだぞ」
からかうように笑う男子。
「迷惑じゃないから大丈夫だよ」
由美子の笑顔にトロ子も笑みを浮かべる。
「ありがと~……えへへへへ」
とてとてとてっと、ゴミ箱にティッシュを捨てに行くトロ子。
由美子のクラスメイト。
少し小柄で、黒髪おかっぱボブ、いつも笑顔の可愛らしい女の子。
あまり勉強が出来る方ではなく、運動神経も皆無。
あだ名が「トロ子ちゃん」へ変わるのに時間はかからなかった。
ガンッ
突然、机を蹴飛ばした安田。随分と機嫌が悪そうに見える。
男子が由美子と透子にそっと耳打ちした。
「機嫌悪そうだから、ふたりとも安田には近寄らないようにね……」
真顔で頷く由美子。
透子は分かってるのか、分かっていないのか、ニコニコしていた。
「こら、トロ子! 気をつけないとダメだぞ! オマエ、トロいんだから……!」
「大丈夫だよ~」
にこやかに答える透子に、由美子と男子は苦笑いだ。
ガラガラガラ
「おーい、終業式だから体育館行くぞー。廊下に並べー」
担任が教室に顔を出し、みんなに指示を出した。
ぞろぞろと廊下に並び始める。
寒くて退屈な終業式が終われば、待望の冬休み。
これからの楽しいイベントに思いを馳せ、みんなウキウキ気分だった。
一部の子は、通信簿の内容に親からこってりと絞られることになるのだが……
◇ ◇ ◇
――冬休み 大型ショッピングモール
クリスマスも終わり、今は年末の歳末最終セールの真っ最中。
年内に買い物を済まそうとする多くの客で賑わっていた。
「ひといっぱいだね、ゆみこおねえちゃん」
「そうだね、手をつないではぐれないようにしなきゃね!」
「うん!」
ゆうじくんと手をつなぎ、ショッピングモールの中を歩いて行く由美子。
「由美子ちゃ~ん」
本屋の前で声を掛けられた。
透子だ。
「トロ子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは~、あ~、この子がゆうじくん~?」
にっこり笑顔でゆうじくんの顔を覗き込む透子。
「お姉ちゃんのお友だちよ、ゆうじくんも挨拶して……」
由美子は、ゆうじくんの耳元でそっと挨拶を促した。
元気に右腕を上げるゆうじくん。
「こんにちは! ひるまゆうじ、よんさいです!」
「わ~、かわいい~。ゆうじくん、元気だね~」
ゆうじくんは透子に頭を撫でられ、ちょっと照れている様子。
「ゆ、ゆうじくんはあげないからね!」
ちょっと頬の膨れた由美子。
「うふふ~、大丈夫よ~。由美子ちゃんの大事な勇者様だもんね~」
透子は、頬を赤らめた由美子を見てクスクス笑っていた。
「じゃあ、私は本屋さんに行くから~」
「あ、好きな漫画の発売日?」
「え~と~、好きな画家さんの画集を予約してあるの~」
「トロ子ちゃん、絵上手だもんね!」
照れ臭そうにする透子。
「私~、他に何もできないから~……」
「そんなことないでしょ。秋の写生大会での風景画、先生も驚くほど上手かったじゃない!」
「ありがとう~。もっとうまくなりたいから、作品集で勉強する~」
由美子の褒め言葉に、透子は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、またね~。ゆうじくん、バイバ~イ」
「ばいばーい!」
緩やかに手を振る透子に、ゆうじくんは元気に手を振り返す。
「じゃあ、私たちはお正月にみんなで遊ぶボードゲームを買いに行こう!」
「おー!」
由美子とゆうじくんは、透子と別れて他のショップへと向かっていった。
◇ ◇ ◇
――数十分後
ジャー
お手洗いで手を洗っている由美子。
お手洗いが混雑していたので、モールの端っこにある
「さて、早く戻らないとゆうじくんを待たせちゃうな……」
いそいそとハンカチで手を拭き、お手洗いから出る。
その時だった。
「ご、ごめんなさい~……」
透子の声がした。
「あ~あ、オレのデニム、こんなに汚されちゃった~」
「あらら~、こりゃあ大変だぁ~」
お手洗いの出入口から声がした方をそっと覗くと、そこには手に本屋のビニール袋と、もう一方の手にジュースを持った透子がいる。
そして、その透子に迫っているのは、中学生らしい男子ふたりだった。
どうやら透子がぶつかって、中学生のジーンズにジュースをひっかけてしまったらしい。
「ごめんなさい~、ごめんなさい~……」
一生懸命何度も頭を下げる透子。
「小遣い貯めて買った、大切なデニムが~……」
「うんうん、こりゃあ大変だぁ~」
大げさに芝居がかった感じで透子を責める中学生男子たち。
その顔はニヤついている。
由美子から見ると背中を向けているため、透子の表情は伺いしれないが、きっと泣き出す寸前だろう。
(どうしよう……)
由美子は悩んだ。
助けてあげたいが、自分が出ていったところでどうにかなるのか……?
自分も中学生に捕まるのではないか……?
ぐっと目をつぶる由美子。
あの時、自分を必死で守ってくれたゆうじくんの姿を思い出す。
(私が行くしかない……!)
勇気を振り絞って、お手洗いから出ていこうとした時だった。
「おい、透子に何すんだ!」
(えっ⁉)
その声に聞き覚えがあった由美子は驚く。
そして、透子を庇うように中学生の前に飛び出した男の子の姿に、由美子はもっと驚いた。
(安田……?)
「透子に何すんだ!」
「おっ、ナイト様のおでましか?」
「こわ~い」
ケラケラ笑う中学生たちを前に、両手を広げる安田。
「透子、オマエ何したんだ……」
「ぶつかって、ジュースかけちゃった……」
安田は、まるで「またか」と言わんばかりに頭を抱える。
顔を上げた安田。
「お兄さんたち、本当にごめんなさい。わざとじゃないんです、許してください」
安田は頭を下げる。
「えー、どうしよっかなぁー」
「オレのデニムがぁ~、およよよよ……」
そんな中学生を安田は睨みつけているようだ。
「謝ってもダメなら……やってやろうじゃねぇか!」
透子を庇いながら、ファイティングポーズを取る安田。
(中学生相手に勝てるわけない!)
その様子を見ていた由美子は慌てた。
そして――
「遅えと思ったら、何やってんだよ」
――中学生がもうひとりやってきた。
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