第36話 カラオケの後で (3)
「サイケデリック・ファンキー・バニーズでした! サンキュー! グッナイ!」
二時間以上に渡るバニーたちのステージが終わった。アンコールも二曲演奏し、大盛り上がりのステージ。さすがのバニーたちも汗びっしょりで、楽屋へと戻っていった。観客たちも残ったビールやウィスキーを胃に収め、ご機嫌でライブハウスを後にしていく。
「やっぱり生演奏ってスゴイ迫力ですね! 興奮しちゃいました!」
「バニーさんたち、カッコ良かったね!」
「はい! 私、ファンになっちゃいました!」
ご満悦の幸子。
龍司がやってきた。
「今回もいいステージだったな。さっちゃん、どうだった?」
「はい、とてもカッコ良かったです! 叔父様、ありがとうございました!」
ふふふっ、と笑いながら幸子の頭をポンポンと叩く龍司。
そのままカウンターの奥へ向かおうとしたところで、振り向いた。
「ところで、さっちゃんは時間大丈夫なのかな? そこそこ遅い時間だけど……」
心配そうな表情で幸子に尋ねる龍司。
「あーっ!」
慌ててトートバッグをあさり、スマートフォンを取り出した幸子。
「駿、さっちゃん頼んだぞ」
龍司が駿に呼びかける。
OKマークを出した駿。
「あー……お母さんからLIMEいっぱい入ってる……」
真っ青になる幸子。
「LIME入れておこうと思っていたのに、忘れてました……」
「とにかく、すぐに電話しよう」
幸子は、駿の言葉に焦った表情で頷いた。
「もしもし、お母さん……ごめんなさい……うん……忘れてて……うん……ごめんなさい……」
母親から怒られているであろう幸子の肩をちょんちょんと叩く駿。
幸子が顔向けると、電話を自分に変わってくれと駿がジェスチャーした。
「うん……あ、お母さん、ちょっと待って。今一緒にいる友達と変わるから……うん」
駿に自分のスマートフォンを差し出す幸子。
「もしもし、私幸子さんの同級生の高橋と申します。遅くまで幸子さんを連れ回してしまい、本当に申し訳ございません……はい……はい……あ、いいえ、私の方でもっと気にかけておくべきでした……はい……いえ……はい、おっしゃる通りです。本当に申し訳ございません」
駿は、電話に向かって何度も頭を下げていた。
「今、駅南口のライブハウスにおりまして、これからご自宅まで幸子さんをお送りいたします……はい……はい、まだバスはありますので大丈夫です。念の為、私の携帯の番号をお知らせいたします……はい、それでは幸子さんに変わります」
駿は、幸子にスマートフォンを返す。
「うん……うん……うん、分かった、すぐ帰るね……うん、それじゃ」
電話を切った幸子。
「叔父様や綾さんにご挨拶を……」
「あ、さっき事情話しといたから。急いでさっちゃん送れって、綾さんに怒られた」
たははっと笑う駿。
「じゃあ、さっちゃん行こう!」
ライブハウスを出て、急いで駅北口のバスターミナルへ向かうふたりであった。
◇ ◇ ◇
『次は、戸神ニュータウンです。お降りの方はブザーでお知らせください』
幸子が降車ボタンを押す。
ぴーんぽーん
『次、止まります。バスが止まってから……』
キィー…… ビー バタンッ
バスが到着し、乗降口が開いた。
ふたりでバスを降りる。
ビー バタンッ ブオオォォ……
「さっちゃんの家って……」
「こっちです、ここから歩いて数分です」
薄暗い住宅地の中を歩いていくふたり。
「ここです」
ごく普通の二階建ての一軒家だ。
ぴんぽ~ん
幸子が家のチャイムを押す。
ガチャガチャ ガチャリ
家の中から幸子の母・澄子が出てきた。
「さっちゃん、ダメじゃない! こんなに遅くまで!」
時間はすでに午後十時を回っていた。
「ごめんなさい、連絡するのを忘れて……」
「あんまりお母さんを心配させないでね」
幸子の後ろに立っている長身の男の子・駿に目をやる澄子。
「夜分遅くに失礼いたします。先程お電話でお話しさせていただいた高橋です。ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした」
駿が頭を下げた。
駿へ何かを言おうとした澄子に幸子が言葉を被せる。
「お母さん、違うの、私がいけないの、駿くんは何も悪くないの。これから気をつけるから、本当にごめんなさい」
母親に訴えかけた幸子。
「いいえ、今夜のことは、幸子さんを遅くまで引っ張り回した自分の責任ですので、幸子さんを叱らないでください」
駿は、再度頭を下げる。
「さっちゃん、私は高橋くんに御礼を言おうと思っただけよ。怒ったりしないわ」
改めて駿に向き直った澄子。
「高橋くん、幸子を送ってくれて、ありがとうございました」
澄子は深々と駿に頭を下げる。
駿も改めて頭を深々と下げた。
「高橋くんは、ちゃんと帰れるのかしら」
「はい、まだ終バスまで何本かあると思いますので、大丈夫です」
「わかったわ、もう遅いから気をつけて帰ってね」
「はい、ありがとうございます」
駿が続ける。
「もしも何かございましたら、お電話でお伝えした連絡先にいつでもご連絡いただければと思います。それでは失礼いたします」
頭を深々と下げた駿。
「おやすみ、さっちゃん」
幸子に笑顔で軽く手を振る。
「駿くん、おやすみなさい」
駿に手を振りながら微笑んだ幸子。澄子と家の中に入っていく。
バタン カチャン カチャン
見届けた駿は、幸子の家を後にし、暗い住宅地の道路をバス停に向かって歩いていった。
「誰かが待っている家か……いいなぁ……」
幸子と母親の姿に、羨ましくも心が暖かくなる駿。
「あとは、さっちゃんの抱えているものが解決できれば……」
駿は、バス停のベンチに座り、霞がかった月を眺めながら、バスが来るのを待っていた。
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