第69話 文化祭 (3)
文化祭にやって来た、幸子が中学生時代好きだった男子・榎本 光司。
彼は、幸子の心に深い傷を負わせた諸留 亜利沙の恋人だった。
卒業式の後、幸子を裏切り、侮蔑の言葉を浴びせた亜利沙を光司は許すことができず、亜利沙と別れていた。
「ボクとやり直したいって言ってたらしいけど……」
ふぅー、と大きなため息をついた光司。
「亜利沙、学校辞めたんだ……」
「えぇっ!」
幸子は目を見開き驚く。
「ボク、亜利沙と別れて、色んなヤツらから責められてね……『亜利沙が可哀想だ』って……だから、ボク我慢できないで言っちゃったんだ、アイツが山田さんに酷いことしたからだって。笑って済ませられる話じゃないんだって」
「…………」
「アイツ、三年になったあたりから何か勘違いして、周りの女子への対応が酷かったらしいんだ……だから、内心アイツに不満持っている子も多かったみたいで、それをきっかけにLIMEとかですぐに悪い噂が広まって……」
「そんなことが……」
「ボクも慌てて止めようとしたんだけど……結局、亜利沙、誰にも相手にされなくなっちゃって……これまでみんなの中心にいたのに、その落差に耐えられなかったのかもしれない……ついこの間、自主退学した……」
当時の亜利沙を思い出す幸子。
仲良くなった頃は、笑顔が可愛い本当に優しい女の子だった。光司も、そんな亜利沙に惹かれたのだろう。
しかし、今思えば三年生になった頃から、そんな愛くるしい笑顔は見ておらず、彼女の笑顔はどこか作り物のようだった気がする。
光司の言うように、女子の中心にいたから勘違いしてしまったのか、それともそれが彼女の本性だったのか、今となっては分からない。
光司がポツリと話す。
「冷たい言い方かもしれないけど、自業自得だと思う……それだけのことを山田さんにしたんだもの」
卒業式の悪夢が幸子の脳裏をよぎった。
「でもね……何とかしてあげたいとも思ってる……」
うつむいてしまう光司。
「罪を犯した亜利沙から、ボクは別れるという一番安易な方法で逃げてしまった……本来であれば、引っ叩いてでも亜利沙と向き合って、引きずってでも山田さんの前に連れてきて謝らせるべきだった」
光司から悔しさが滲み出る。
「亜利沙が学校を辞めたことを知り……ボクは後悔した……なぜそばにいてやれなかったのか……なぜ支えてやれなかったのかと……」
決意に満ちた表情へ変わった光司。
「今さらかもしれないけど……ボクは、あの優しかった、笑顔の可愛かった亜利沙をもう一度だけ信じたい。学校を辞めてしまった今、一緒に彼女の進む道を模索してあげたい……そう思ってる」
「うん」
「こっちから振っといて何言ってんだ、って話だけどね」
光司は苦笑する。
「ううん、それでこそ私の知ってる優しい光司くんだよ」
「山田さんにそう言われると、勇気が出るよ。亜利沙、自宅に籠もってしまっているようだから、まずは、亜利沙の家に突撃してみる。きっと追い返されると思うけど、動かないことには何も始まらないし」
「うん、そうだね」
微笑んだ幸子。
「とりあえず、山田さんが元気そうで安心した」
「お陰様で、お友達もたくさん出来たんです」
「そっか、それは何よりだね!」
チラリと駿に目をやる光司。
「それに、こんなにカッコイイ彼氏もいるし、最高じゃない!」
光司はニッコリ微笑んだ。
「か、か、か、彼氏⁉ 彼氏じゃないです!」
慌てる幸子。
「あれ~、さっちゃん、そんなにオレのこと嫌いなの~?」
駿は、ふてくされた。
「い、いえ! そうではなくてですね、あの、その……!」
顔を真っ赤にしてアワアワする幸子。
「あはははは、おふたりがとても良い関係だってことは、よく分かったよ」
「オレは、それを否定しません」
駿は、幸子をからかうようにニシシッと笑った。
「し、駿くん……! もーっ!」
顔を真っ赤にして困る幸子。
「ところで、榎本(光司)くんの学校の文化祭は?」
駿が光司に尋ねた。
「ウチは前倒しで、先週終わったんだ。それと、丁度ここの近所に親戚が住んでいて、入校券を分けてもらえたんで、遊びに来たんです」
「今日は、まだこっちにいる?」
「はい、今日は一日ヒマなので、こちらでブラブラしてようかと」
「じゃあ、あそこに見える講堂で十六時十五分からオレらミニライブやるんで、見に来てくださいよ」
「えっ! 山田さんも何かやるの?」
驚きの目で幸子を見る光司。
「はい、二曲ほど歌わせていただきます」
「へー! スゴイね! 絶対見に行くよ!」
「お待ちしてますね」
幸子は、ニコリと笑った。
「じゃあ、時間までまだ結構あるから、校内をブラつかせてもらうよ。山田さん、またね」
「はい」
手を振る幸子。
「彼氏さんもデートを邪魔してゴメンね。また」
駿も笑顔で手を挙げた。
「あ、光司くん」
光司を呼び止める幸子。
「亜利沙ちゃんに会ったら、伝えてください」
「うん、いいよ」
「『次に会う時は、お互い笑顔で会いましょう』って」
光司は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに優しい笑顔になった。
「うん、分かった。必ず伝えるよ」
駿と幸子に手を挙げて去っていく光司。
幸子は、去っていく光司を見つめた。
そんな幸子の肩にそっと手を置く駿。
「やっぱ、さっちゃんは強いよ。ホントに」
「強くなんか無いですよ……」
「その亜利沙って子と何があったかは知らないけど、嫌な目にあってるのに『次は笑顔で会いましょう』なんて言えないよ、オレには」
「許したわけじゃないです……でも、駿くんやみんなのことを考えたら、急にどうでも良くなりました」
苦笑した幸子。
「それに……亜利沙ちゃんがあんな理由で学校辞めたって聞いて……内心『ざまぁみろ』って……そんな浅ましい人間なんです、私は……」
幸子は寂しげに微笑む。
「それが普通だよ、さっちゃん。浅ましくなんてないよ」
駿の顔を見上げた幸子。
「そうやって私をいつも肯定して、勇気をくれますね、駿くん」
「否定する要素が無いからね」
駿は、ふふふっと笑う。
「駿くん、ステージでも私に勇気をくれますか?」
「当たり前だろ。さっちゃんはオレに勇気をくれないのかい?」
「私の勇気をもらっていただけますか?」
笑顔で軽く手を上げた駿。
パンッ
ふたりは笑い合って、ハイタッチする。
「いよいよ、本番だね!」
「はい、私も頑張って歌います!」
「学校中のヤツら、驚かせような!」
「はい!」
ふたりは花壇を背にして、講堂へと向かっていく。
ライブ開始まで、あと三時間弱。
美しく咲いたコスモスの花が、秋風に揺られながら、ふたりを静かに応援していた。
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