その後の物語 5 - 鷹羽絵美里と天木達也 (1)

※ご注意※


物語の中に性犯罪の描写がございます。

お読みいただく際には十分ご注意ください。

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 ――元旦 午前八時 戸神ニュータウンの外れのコンビニエンスストア


 〜♪


 客の退店の電子音が店内に流れた。


「ありがとうございましたー」


 店内は、また客がいなくなる。


「今のうちに棚のチェックと補充、前出ししよ……」


 レジカウンターで顔をあげると、真新しい防犯カメラが視界に入った。


(「そのバッジの名前もはっきり分かる最新式だぞ!」)


 オーナーがそんなことを自慢気に言っていたことを思い出す。

 胸につけたネームバッジを見た。


『たかば』


 ふと店の外に目をやると、若いカップルが楽しそうに手をつないで歩いている。おそらく、私がなれなかった高校生だろう。


 そして、窓には太った私が映っていた。


 後悔してもし切れない。

 あの頃、私は狂っていた。


 ◇ ◇ ◇


絵美里えみり、ちょっと協力してくんねぇか」


 すべてはこの一言から始まる。


 中学三年生の時、私はサッカー部のマネージャーをしていた。


『長い黒髪のサッカー部のマドンナ』


 部員たちは、私をちやほやしてくれる。

 みんな真面目で面白い男子ばかりだったが、その頃私が惹かれたのは、ちょっと悪い雰囲気をまとった男子だった。


 天木あまき達也たつや


 同じサッカー部のイケメンストライカー。

 ちょっと悪い噂もあり、真面目な女子は皆敬遠していたが、逆に私はそんな達也に惹かれる。


 こちらの想いが通じたのか、達也の方から声をかけられて、そのまま付き合うようになった。達也はみんなに内緒で付き合いたかったようなので、放課後に交際を続けるようになる。

 達也が私を求めるのに時間はかからず、彼の求めに応じて幾度となく身体を重ね、私は幸せだった。


 そんな時に言われたのが最初のセリフだ。


 サッカー部のエース的存在だった後輩の高橋(駿)くん。

 彼と偽の交際をして、後で種明かしして精神的な揺さぶりをかけると言うのだ。

 高橋くんは部員たちの信頼も厚い真面目で優しい男子。

 そんな彼を騙すと言う。とんでもない話だ。


 でも、この頃の私は「恋愛」という名の麻薬に溺れ、完全に狂っていた。

 私は、喜んでその話を引き受けたのだ。


 私の告白に高橋くんは大喜びし、偽の交際が始まった。

 彼はやっぱり真面目で、何よりも私を第一に考え、身体を求めることはもちろん、傷つけるようなことは一切してこない。

 狂っていた私は、笑顔を浮かべながら思っていた。


(つまんない男……)


 今考えれば、すべてに自分を優先して、自分勝手に私の身体を貪る達也の方が酷い男だ。

 でも、私はそれに気付くことができなかった。


 種明かし後、練習試合で実績を残せなかった高橋くんは自主退部。高橋くんのポジションは、達也が請け負うことになった。

 狙い通りだ。

 おまけに、県大会では達也が実績を残せず、一回戦敗退だったが、責められたのは退部した高橋くんだった。

 話がうまく行き過ぎて、私と達也はふたりで大笑いした。


 ――狂っていた。

 完全に私は狂っていたのだ。


 そして、私は目を覚ますことになる。


 ある日、高橋くんの女友だち・中澤(亜由美)に、私は教室で半殺しの目に合わされた。高橋くんを騙したことへの報復だ。

 達也も、サッカー部で高橋くんとコンビを組んでいた谷(達彦)くんに報復されていた。


 この時点では、まだ目は覚めていない。


 その後、校長先生や双方の親を交えた話し合いの席で、私と高橋くんの偽の交際について追求された時、私は達也がかばってくれるであろうと考えていた。


「俺は知りませんでした……絵美里、お前高橋と浮気してたんだな。俺、お前のこと、信じていたのに……」


 達也の言葉に、私はキレた。

 私は、これまでのことを全部ぶちまけたのだ。


 今考えれば、達也の話に乗っておけば、嘘を突き通せたかもしれないのに。

 結局、私たちは引き下がらずを得なかった。


 やがて、この件がとんでもない事態へと発展していく。


 校内では、高橋くんに寄り添う中澤と谷くんの姿を何度も見かけた。ふたりは、私の姿を認識しているにも関わらず、何も存在していないかのような態度を取ってくる。

 それでも、話し合いの場で決まったように、中澤・谷くんはこの件について、完全に沈黙を守っていた。


 ところが、今回の話を知ったサッカー部の部員たちは、私たちを許してはくれなかったのだ。


 部活では、私と達也を完全に無視。


『本当の裏切り者』


 サッカー部には、もう私と達也の居場所はない。

 そして、部員たちは今回の話を校内に広めていった。


 それに加え、達也には他に本命の彼女がいたのだ。

 つまりは、私はポジション取りと性欲処理のための便利な女ということ。これは、今回の話に激怒した本命の彼女に言われた話なので、間違いないだろう。


 私は達也を問い詰めた。

 が、反省する素振りは一切見せず、喧嘩別れに。

 結局泣く羽目になったのは、弄ばれた私だった。


 私は、ようやくここで目が覚めたのだ。


 しかし、ここで話は終わらない。

 本命の彼女は達也と別れた後、私と達也の関係にさまざまな尾ひれをつけた噂を校内にばら撒いた。下世話な噂は広がるのも早い。ただでさえ達也は悪い噂が絶えない男子だ。

 学校中の生徒から向けられる好奇の目。私の耳に入る噂だけでも、私は「おとなしい顔したすごいヤリマン女」ということになっていた。


 やがて、達也が学校に来なくなり、私も学校には行けなくなった。


 家に閉じこもる日々。

 それでも高校受験のため、おぼつかないながらも、勉強は必死で続けていた。


 受験当日。

 受験校へ向かう途中、私には好奇の目が向けられていた。

 当たり前だ。公立高校であれば、みんな同じ学区の高校を受験するのだから。


(よく受験とかできるよね、どういう神経してんの……)

(男子、喰いまくってるんでしょ……)

(私らと同じ高校受けんの? やめてほしいよね……)

(ヤリマン女はおっさんとエンコーでもしてろよ……)


 試験会場についても状況は変わらない。

 もう試験どころではなかった。


 余裕のある高校を受験したはずが、結果は不合格。

 どちらにしても、もう同じ学区の高校には進学できる状況ではない。

 そして、私立に進学できるほど裕福な家庭でもない。


 私は高校進学を諦めざる得なかった。


 卒業式も欠席。

 私の学生生活は、自分の部屋で終わりを迎えた。


 未来に光が見えず、部屋に閉じこもる私。

 絶え間なく襲ってくる不安に耐えられず、食べることに逃げ続けた。


 私は食べた。

 ただひたすら食べた。

 吐いても、吐いても、私は泣きながら食べ続けた。

 今だから分かるが、私はエモーショナルイーティング(ストレスなどが原因で満腹でも食べ続けてしまう行動)に陥っていたのだ。


 私はもう限界だった。


 引きこもり始めて一年以上が経過。初めて両親と膝を付き合わせて話をした。今まで私がずっと拒否してきたのだ。

 そこですべてを、ありのままを両親に打ち明けた。


 ――大切な後輩を深く傷付けたこと。

 ――達也に弄ばれたこと。

 ――学校中に嘘の噂が広まってしまったこと。

 ――溢れ出る不安から逃げ続けていること。


 そして――


 ――もうどうしたらいいのか、わからないこと。


 最後は泣きじゃくってしまい、言葉にならなかった。

 それでも両親は私を抱き締め、黙って話を聞いてくれた。


 翌日、コンビニでのアルバイトを提案される。

 父の知人がコンビニのオーナーで、誘ってくれたらしい。

 私はそれを了承する。


 学校に通っていたころに比べると、体重は二十キロ近く増えていた。顔も吹き出物だらけだ。

 生まれ変わるつもりで、唯一のプライドだった長い黒髪をバッサリ切り、ボブに。コンタクトもやめて、黒縁のメガネをかけた。

 あの頃と比べたら、完全に別人だ。相当親しい人でなければ、私だとは分からないだろう。


 バイト先のコンビニに行くと、オーナー夫妻が迎えてくれた。優しそうなおじさんとおばさんだ。

 一通りの基本業務を教わり、最後にバックヤードでオーナーの奥さんに言われた。


「事情は聞いてるから、無理しなくていいからね。ゆっくりやっていこう、ね」


 優しく微笑む奥さん。

 私はもう泣かない。強くなってやり直すんだ。

 私は、やり直しの機会を与えてくれたオーナー夫妻に感謝し、役に立てるよう頑張ることを心に誓った。


 ただ、私の心にはひとつだけ、どうしても拭えない不安があった――


 ◇ ◇ ◇


 あれから数ヶ月。

 ほぼ毎日店頭に立ち、真面目に働いてきた。

 オーナーの信頼も得られ、人手不足のせいもありワンオペの時も多いけど、何とか頑張っている。それに、ワンオペの方が仕事の量は増えるものの、気が楽なので問題は無い。


「えーと、肉まんとフライドチキンを準備して……あ、今日は朝の便も無いから、ドリンクの補充かトイレ掃除を先にやっちゃうか」


 この後、昼前にオーナーが来るはずなので、その前にやっておくことを頭の中で組み立てる。


 〜♪


 客の入店の電子音だ。


「いらっしゃいませー」


「よぉ、絵美里。随分太ったな」


 その聞いたことのある声に虫唾が走った。

 そこには、いやらしい笑みを浮かべた達也がいた。


(何で……何でここに達也がいるの……?)


 レジ前に立つ達也。


「いやぁ、『たかば』っていう女の店員がいるって聞いてよ、もしかしたら……と思って来たってわけ」


 私は言葉を発せない。


「俺、絵美里のこと、探したんだぜ? 何とか連絡取れねぇかなって」


 達也を睨みつける私。


「私には何の用も無いわ」

「そんな寂しいこと言うなよぉ〜」

「用が無いなら、今すぐ出て行って。二度とこの店に来ないで」


 私の拒絶の言葉に、達也はニヤリと笑った。


「用ならあるよ〜、絵美里ちゃん」

「用って何なのよ!」


 苛つく私。


「ちょっと金貸してくんねぇかな」

「はぁ?」

「いや、ちょっと入り用でさ、金が必要なんだよね」


 ダンッ


「アンタに貸す金なんて無い!」


 私はレジカウンターを叩いて叫んだ。

 それを見て、にやけながらレジカウンターに身を乗り出してきた達也。

 そして、自分のスマートフォンの画面を私に向ける。


 そこには、私と達也が裸で抱き合っている写真が表示されていた。


 ――私の不安は現実のものとなった。


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