第5話 少年の気持ち
彼女の第一印象は、いつも本を読んでいる暗いぼっちのそばかす娘。接点も出来なさそうだったし、あまり気に留めてもいなかったので、当時は名前すら覚えていなかった。
オレとタッツン、亜由美、太の四人は音楽が好きで、中学二年の頃からバンドを組んで、練習を重ねていた。高校へ進学したら軽音楽部に入ろうと話をしていたのだが、部活オリエンテーションでの体験入部で向こうと揉めて、軽音楽部には入らなかった。
(あんなクソみてぇなとこ、頼まれても入んねぇよ!)
結局、四人で同好会『第二軽音楽同好会』を結成することにした。
顧問は、コーラス部の先生に掛け持ちで対応してもらうことになったのだが、いきなり活動が頓挫しそうになる。練習しようにも、オレらが使いたい防音の音楽室は、軽音楽部や吹奏楽部、コーラス部がスケジュールを押さえていて、放課後使うことができなかったのだ。
悩んだ挙げ句に出した答えが「早朝の練習」だった。授業が始まる前の朝早い時間帯であれば、音楽室を使うことができるからだ。他の三人は渋々だったが、学校で練習できるということで了承を得た。
そんなこんなで、オレら四人は、毎日早朝通学することになったのである。
そんなある日。
早朝から学校の周辺でゴミ拾いをしている女の子を見かけた。同じクラスのあの女の子だ。
その子以外には人影は見当たらず、ひとりで黙々とゴミ拾いをしている。
『酔狂なこったなぁ』などと思いながら、その場を後にした。
次の日、その子は花壇に水をあげていた。
大きいジョウロは重いのか、小さめのジョウロを持って、水道と花壇を何度も往復しているようだった。
「あれ? あの子、昨日はゴミ拾いしてなかったっけ……?」
その後も、連日早朝にその女の子を見かけることになる。
「えー、真面目過ぎやしないか……?」
オレは、その女の子が気になり、教室でも目で追うようになった。
名前は「山田幸子」
友達はいないらしく、誰かと話しているのを見たことが無い。教室ではいつもひとりでおり、昼飯もひとりで食べている。休み時間は、ずっと本を読んでいるようだった。
ある日、早朝の練習もそこそこに教室へ戻ると、彼女がたったひとりでいた。
そこで見たのは、彼女が黒板を拭いて、チョークを補充し、黒板消しを窓ではたく姿だった。
誰に頼まれたわけでもなく、誰に褒められるわけでもないその行動に、オレは純粋に感銘を受けた。
「本当に真面目なんだなぁ……」
何となく声を掛けるのが恥ずかしく、オレは黙ってその場を離れた。
そして、あの日。
花壇のレンガに腰掛けてうなだれ、この世の終わりのような表情を浮かべていた彼女に出会う。
普通の女子高生であれば、決してしないであろうその表情を見たオレは、声を掛けずにはいられなかった。
「山田さん……だよね、大丈夫?」
◇ ◇ ◇
「ということで、あの子に声かけて、一緒に水やりしてたんだ」
水やりを終え、音楽室に駆け上がってきた駿が他の三人に釈明する。
「それで朝の練習をすっぽかそうとした、と」
達彦が駿に詰め寄った。
「あ、いや、ホントにゴメン!」
謝る駿に亜由美が追い込みをかける。
「早朝練習の言い出しっぺがねぇ……ふ~ん……」
うつむいてしまった駿。
「ホントにゴメンなさい……」
太は、ドラムキットの後ろで、興味無さそうにあくびをしている。
「で、駿はその子がお気に入りなんだ」
ニシシッと笑う亜由美。
「いや、そういうんじゃないんだけど、とにかく真面目ですごい子なんだよ!」
駿は、率直な気持ちを口にした。
「たださぁ、いつもひとりでいるんだよね、その子……」
寂しそうに言葉を続ける駿。
「真面目に一生懸命やっていてもさ、それを見てあげる人がいないと、心ってかんたんに折れちゃうと思うんだ。それに折れた時の反動も大きいと思う」
亜由美は軽くため息をついた。
「で、駿はその子を助けてあげたいと」
首を振って否定する駿。
「いや、助けてあげるなんて、おこがましすぎるよ。どんだけ上から目線だって話」
「じゃあ、駿はどうしたいの?」
駿は三人を見渡しながら言った。
「友達になれないかなって……もちろん本人が拒絶すればそれは仕方ないけど、さっき実際に接点を持って見て、色々話をしてみたけど、やっぱり真面目で、すごくいい子で、仲良くできそうなんだよね。当然みんなともさ」
三人がニコッと笑う。
「いいんじゃねぇの、それ。一度その子と俺達で顔合わせさせろよ、駿」
達彦がバンダナを巻き直しながら言った。
「そうね、今日のお昼にでも呼んでみたら?」
亜由美も前向きだ。
「うん、真面目な子だったらぜんぜんOKだよ」
ニカッと笑う太。
「みんな、ありがとな」
駿は三人に頭を下げた。
「いや、女に興味持つのは悪いことじゃねぇよ、いいことだと思うぜ」
達彦の言葉に、うんうんとうなずく亜由美と太。
「ついに駿も陥落か~」
ニヒッとやらしい笑顔で駿をからかった亜由美。
「そ、そんなんじゃねぇっての!」
慌てる駿。
太が亜由美にしか聞こえないように後ろから囁く。
「姉御はいいんですか……?」
ビクッとして振り返った亜由美。
「何がよ」
太を睨む。
「別に」
素っ気ない太にフンッと背を向けた亜由美。
「厄介な性格してるよな、姉御は……素直になればいいのに……」
太の言葉は、亜由美の耳に届かなかった。
◇ ◇ ◇
キーンコーンカーンコーン♪
――あぁ、やっと授業終わったな。
――腹減った~
――ねぇねぇ、今日はどこでご飯食べる?
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
幸子は、またひとりで弁当を食べようとしている。
(どうやって誘う? いきなり四人で押しかけても、きっとビビるよな……)
悩む駿に、隣のクラスから来た亜由美が声を掛けた。
「こっちおいでって、誘ってみれば?」
心の中を見透かされたような亜由美の言葉にビビった駿。
「アンタねぇ、何年の付き合いだと思ってんのよ。アンタが悩んでることなんて大体分かるわよ」
まったくもう、とちょっと呆れた雰囲気で亜由美が続ける。
「気ぃ使いすぎ。駿が呼んだら来てくれるわよ、絶対に」
ニコッと微笑んだ亜由美。
「そうだな、普通に誘ってみるよ」
「それがいいわよ、さぁ、ホラ!」
亜由美に促されて手を挙げる駿、そして大声で彼女を誘う。
「山田さーん、こっちで一緒に食べようよ!」
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