第158話 卒業生謝恩会 (1)

 ――二月末 音楽準備室


 発表会の一件以降、駿が率いる音楽研究部の活動拠点になっている。

 扉は、騒音防止のために閉められているものの、カギはかけていない。

 扉には張り紙が貼られており、『カギ開いてます ご自由にどうぞ ※爆音注意! 音楽研究部』と書かれている。


 そんな音楽準備室に、音楽研究部の面々と、コーラス部部長の倫子、吹奏楽部部長の光が集まっていた。


「やっぱり、声掛かってなかったんだ……」

「音楽研究部の名前がなかったから、アタシもおかしいと思ったんだよ」


 困ったような様子の倫子と、不満とイラつきを隠さない光。


「まぁ、謝恩会は生徒会主催だから。しょうがないですよ」


 駿は、諦めの笑みを浮かべた。


 三月初旬の卒業式に合わせ、同時期に卒業生とその親、教員などが参加する謝恩会が、生徒会主催で開催される。

 卒業生から親や教員に感謝を伝える場ではあるが、同時に在校生から卒業生への感謝を伝える場にもなっており、運動系の部であれば写真のスライドショーなどで思い出を振り返ったり、文化系の部であれば成果発表や卒業生向けの発表を行ったりするのが通例になっていた。

 その打ち合わせに参加した倫子と光が、音楽研究部の名前が無く、駿がいないことに気付き、駿に状況を確認しに来たのだ。


「でも、山辺会長にはお世話になりましたので、何かしたかったですね……」

「そうね……私もなんか……くやしいな……」


 落ち込んでしまう幸子とキララ。


「それにしても、随分とあからさまよね」

「そうだね、よくもまぁ、こんなに堂々と……って感じ」


 亜由美と太は呆れ返った。


「また痛い目にあいてぇのかな、ったく……」

「谷(達彦)、やっちゃえ~」

「あーしも許せない! 谷、生徒会と軽音、ぶっ潰しちゃえ!」


 イラつく達彦を煽るココアとジュリア。


「タッツン、落ち着いてくれ。ココアとジュリアもだ。ここで暴れると向こうの思う壺だ」

「クソ野郎は、根絶やしにした方がいいんじゃねぇか、駿」


 駿の目つきが変わった。


「タッツン、安心しろ。いつか必ず落とし前はつけさせる。必ずだ」


 笑みを浮かべる達彦。


「オマエがその目をしてるなら大丈夫だな。必ず声掛けろよ」


 駿も笑みを浮かべ、達彦と拳を突き合わせた。


「そんときゃ、アタシも呼べよな!」


 ニカッと笑う光。


「長嶺先輩、頼りにしてます!」


 駿は、光とハイタッチした。


 コンコンコン


 扉をノックする音が聞こえる。


 ガチャリ


「!」


 音楽準備室に来たのは、生徒会長の澪だった。


「あら、みんなお揃いなのね」

「なんだ中山(澪)、ここに何のようだ」


 光が澪の目の前に立つ。


「吹奏楽部には用はないわ。用があるのは音楽研究部よ」

「謝恩会であからさまな高橋(駿)外しをしやがって……」


 澪の胸倉を掴んだ光。


「長嶺先輩!」


 自分を呼ぶ駿を見ると、駿は左右に首を振っている。


「チッ」


 舌打ちをして、突き放すように手を離した光。


「会長さん、何かご用でしょうか」


 駿がにこやかに対応する。

 しかし、周りのみんなは、澪を睨みつけていた。


「ふん……山辺前会長からの強い要望で、音楽研究部も謝恩会に出てもらうことになったわ」


 澪の言葉に、その場にいたみんなが驚く。


「山辺先輩が……?」

「彼に感謝することね」

「アンタが邪魔しなきゃ、別に問題なかったはずだけどね」


 呆れた顔で澪を睨んだ亜由美。

 澪はそれを無視する。


「音楽研究部の出番は一番最後、持ち時間は五分」

「五分⁉」


 五分という持ち時間に驚いた倫子と光。


「み、短すぎませんか⁉」

「アタシら、十五分もらってるぞ!」

「嫌なら、この話は無し。どうするの?」


 澪は、倫子と光の抗議を無視して、駿を見ている。


「会長さん、締めの五分なんて一番いいところ、オレたちがもらっちゃっていいのかい?」

「…………」


 何も答えない澪。


「わかった……やらせてもらうよ」

「今回は軽音楽部の機材は使えないわ。自分たちで用意して頂戴」

「わかった」

「ステージセッティングの時間も込みで五分だから、よろしくね」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃ一曲もできないんじゃ……」

「じゃあ、やめる?」


 倫子の抗議にもしれっと答える澪。


「いや、OKだ。その条件でやろう」

「決まりね。じゃあ、よろしく」


 ガチャリ バタン


 澪は、さっさと音楽準備室を出ていった。


「なんだよ、あの野郎!」


 怒りをあらわにする光。


「まぁ、まぁ、とりあえず出られることになったし」


 駿は、光をなだめた。


「で、でも、五分で準備から演奏までできるの……?」


 心配そうな顔をしている倫子。


「まぁ、どうにかしますよ」


 駿は、たははっと笑った。


「どうにかって……」

「東雲(倫子)部長、大丈夫ですよ。駿が話を受けたってことは、何かしらの考えがあるってことですから」


 にこやかに笑う亜由美。


「中澤(亜由美)さん、心配じゃないの……?」

「別に」


 亜由美は、けろっとしていた。


「最悪、ブッチして逃げちゃいますので、あはははは!」

「えー……そんなことしたら……」

「それで駿にガタガタ言ってくるヤツがいたら、私は全力で駿を守るだけ。それだけよ」


 力強く答える亜由美。

 幸子や達彦たちもそれに同意するように頷いていた。


「私たちだっているよ~、何でもしちゃうよ~」


 無邪気に笑っているココア。


「と、まぁ、こういうヤツらが仲間なもんで、失敗はできないわけです」


 駿は、嬉しそうに笑った。


「おい、それ、アタシも仲間に入れてくれよ」

「長嶺先輩、もちろんです!」


 即答する駿と、それを喜ぶ光。


「高橋くんは、本当に素敵な仲間に囲まれてるわね……」

「倫子先輩は、オレの仲間じゃないんですか?」


 駿は、倫子にニッコリ笑った。


「あら、嬉しいわ。私も仲間に入れてくれるのね!」


 照れくさそうに喜ぶ倫子。


「倫子ちゃん、良かったな!」


 光は、倫子の肩を抱いた。


「うん!」

「ステージで『倫子』って呼び捨てにされてから、倫子ちゃん、高橋にメロメロだもんな!」

「な、何を言ってるの!」


 顔を真っ赤にする倫子。


「でも、高橋はアタシと山田(幸子)のもんだから。わりぃな」

「オレがいつ長嶺先輩のものに……」


 駿は頭を抱えた。

 幸子も苦笑いしている。


「で、どうすんだ、駿。五分でホントにどうにかなんのか?」


 声をあげたのは達彦だ。


「そうだな、まず演奏できるのは、時間的に一曲だけだな」


 達彦たちは頷いている。


「セッティングは、最初にオレが卒業生へ簡単な挨拶をしてるうちに、パパッとやってもらう感じかな」

「そうなると、大掛かりなのはできないね……」


 心配そうな表情を浮かべる太。


「そうだな、ドラム、キーボード、それから大掛かりな音響はダメだな」

「どんなバンド構成を考えてるの?」


 亜由美が駿に問い掛けた。


「亜由美は、またピアノをお願いできるか?」

「うん、わかった!」

「タッツン、太、エレアコとアンプを用意するから、それで頼む。オレもエレアコでいく」

「エレアコ……って何?」


 首をひねる倫子。


「アンプにつなげることができるアコースティックギターのことです」

「エレキギターとは違うの?」

「はい、アコースティックギターの音をスピーカーから出すイメージですね」

「へぇー、そういうのがあるのね……」


 倫子は、ふんふんと頷いていた。


「タッツンがメロディーラインを弾いて、オレと太はそのバックアップだな」

「OKだ、駿」

「駿、ボク、そんなにギターには詳しくないからコードとか教えてね」


 ふたりにサムズアップを送る駿。


「さっちゃん」

「はい」

「歌姫の実力を見せてくれ」

「期待に添えるように、がんばります!」


 幸子は、ふんすとガッツポーズを取った。


「それと、悪いんだけど、またメインとコーラスの両方を歌ってもらう」

「はい、まかせてください!」


 お互いに微笑み合う駿と幸子。


「あーしらは、また照明でバッチリと――」

「いや、三人ともステージで歌ってもらう」

「はぁ?」


 ギャル軍団は、大口を開けて驚いた。


「え、何の冗談?」


 困惑しているキララ。


「三人にはコーラスとして歌ってもらいたい」

「あー……さっちゃんの後ろで歌えばいいんだ」

「それなら~……」


 ジュリアとココアは、ちょっとホッとしたようだ。


「いや、さっちゃんと同列だ」

「!」


 驚くギャル軍団。


「三人掛かりで、さっちゃんとハモってほしい」

「あーし……」

「オレはジュリアならできると思ってるよ」

「駿……私にもできる~……?」

「もちろんだ。ココアの甘い声で卒業生を悩殺しちゃえ」


 不安そうだったジュリアとココアに笑顔が浮かんだ。


「逃げられないわけね……」

「悪いな、キララ。ふたりを引っ張ってやってくれ」


 笑顔でちいさくため息をつくキララ。


「で、何の曲やんの?」


 亜由美が駿の顔を覗き込む。

 駿の答えに期待しているようだ。


「そうだな……コーラス部や吹奏楽部は、どんな曲をやるんですか?」

「私たちは、卒業生にとって思い出深い歌と、卒業後も頑張ってほしいっていう気持ちが伝わる歌を歌うわ」

「ウチは、未来に向けて希望が湧くようなノリのいい曲と、卒業生への感謝の気持ちを伝えるちょっと渋めの曲をやる」

「うん。軽音楽部も、おそらく同系統の曲をやると思う」


 倫子と光は、うんうんと頷いている。


「オレは、それとは違う視点の曲をやろうと思ってる」

「違う視点?」

「オレがやろうと思ってるのは――」


 駿が口にしたのは、数十年前に発表され、今でも歌い継がれる別れの歌だった。


「何というか……ベタな感じね……」


 少し期待外れな感じの亜由美。


「いや、俺はいいと思う。卒業生の心に直接響くだろ、この曲の歌詞は」


 達彦は、駿が口にした曲を肯定した。


「タッツン、ありがとう。亜由美、これをただ歌うだけなら、やっぱりベタで終わると思うんだけど、そこはちょっと考えがあるから」


 ニッと笑う亜由美。


「期待しちゃっていい?」

「うまくいかなかったら、慰めてくれ……」

「あはははは! はい、はい、駿ちゃん、がんばるんでちゅよー」


 亜由美は、駿の頭を小馬鹿にするように撫でた。

 憮然とする駿。

 その様子に、その場にいるみんなが大笑いした。


 軽音楽部がいなくなった音楽準備室には、明るい笑いが絶えなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る