第51話 二学期の始まり (4)

 駿は、第二軽音楽同好会を『音楽研究部』として、部へ昇格させることに成功。

 次の目標である「文化祭でのライブ開催」のため、山辺生徒会長を頼ろうとキララを伴い、生徒会室へとやってきた。

 しかし、そこで会長から出た言葉は、ココアに性的な行為を強要した吉村への駿の暴力を咎めるものだった。


「ただ、キミは吉村に暴力を振るったね?」


 駿は姿勢を崩し、前のめりになり、テーブルの上で両腕を立て肘して手を組む。


「はい」

「それはダメだ。生徒会長としては認められない」

「大切な友人が暴力を振るわれていたとしてもですか?」

「暴力では何も解決しない」


 ――一瞬の静寂


 キララに顔を向ける駿。


「キララ。この先、女の子には聞かせたくない話になると思う。今日は付き合ってくれてありがとな。今日はもう――」


 キララは、言葉を遮るように駿の腕に自分の腕を回し、腕を組んだ。

 自分の身体を駿に寄せるキララ。


「キララ……」


 駿は、組まれたキララの腕にそっと触れ、先程までの姿勢に戻り、会長と目を合わせた。


「会長、オレは自分の暴力を肯定します」

「!」

「ただし、相手は選びます。誰彼と暴力を振るおうとは思いません」

「しかし、暴力は……」

「会長、はっきり言います。オレは、大切な友達があの吉村にレイプされかけたと考えています」

「…………」

「会長に聞きます。力の弱い女の子を無理矢理人気のないところに連れ込んで、性器をつきつけて、金をやるからしゃぶれと強要するような男を相手に、どう話し合いで解決するんですか?」

「…………」

「その子が逃げられたのは、運が良かっただけなのかもしれない。吉村の仲間は、逃げるその子を見て、笑っていたらしいです。そんなヤツらが仲間だったんです。運が悪ければ、その子はソイツらにも襲われ、集団で犯されていたかもしれない」


 腕を組む力が強くなるキララ。

 キララは震えていた。


「そんなヤツら相手に、どう話し合いで解決するんですか? 教えてくださいよ」

「…………」

「今回は未遂に終わりましたが、これをこのまま放置して、この先実際に被害を受けることになったら、その子はどうすればいいんですか? 家族や友人、先生に『私は性器を咥えさせられました』と、『私はレイプされました』と、そう相談しろと?」

「…………」


「できるわけねぇだろ!」


 駿の怒号が生徒会室に響き渡る。


「その子は、オレたちとの別れを選択しました。友達を全部捨てて、被害を自分たちだけに抑えようと。今回はウソにまみれた噂が原因だったので、一緒にいるオレたちにも噂や被害が及ぶと考えたようです」

「うぅぅ……ううあああぁぁ……」


 身体を震わせ、嗚咽を漏らしたキララ。

 駿は、キララを優しく抱き寄せる。


「それと、吉村に制裁を加えたところで、その子の心の傷は消えません。彼女はいつも朗らかで、ちょっとおバカで、いつもころころ笑っている、明るくて可愛い女の子です。しかし、吉村との一件以降、彼女は涙をこぼすことが多くなりました。そんな彼女をただ見ていることなど、オレにはできません」

「…………」

「吉村は、その子に性的な暴力を振るいました。それは一方的なものです。話し合いの余地などありません。だからこそ、オレは暴力で暴力を抑え込みました」

「暴力は、さらに大きな暴力を呼ぶかもしれない……」

「その時は、さらに大きな暴力で抑え込みます」

「…………」

「オレはその子に約束しました。何でもやると」

「暴力反対の私や生徒会も、キミへ対抗する存在になるかもしれないよ」


 駿の目つきが変わり、声のトーンが落ちた。


「その時は、オマエらもオレの敵だ」


 駿の胸で泣いていたキララが、駿にしがみつくように背中へ手を回す。

 そんなキララを強く抱き寄せた駿。


 ――静寂の時間が流れてゆく


「高橋くんの言いたいことは、よく分かった」


 会長が続けた。


「しかし、私の立場上、暴力を肯定することはできない」

「…………」

「高橋くんの暴力によって、高橋くんだけじゃなく、キミの大切な友人の立場をも悪くしてしまうことがある。それだけはきちんと理解しておいてくれ」

「はい……」

「前にも言ったかもしれないが、我々生徒会は、いつもここにいる。もしかすると、別のアイデアを出せるかもしれない。困ったことがあった時は、生徒会を頼ってくれ。キミとは知った仲でもあるだろ?」

「はい、ありがとうございます……」


 会長が立ち上がる。


「私は、ここでおふたりに約束する。生徒への性犯罪や性暴力、ハラスメントに関する教育の拡充を学校側に提言することを。さらに、吉村への学校側からの制裁を!」


 キララが顔を上げた。


「キララ、会長さんも動いてくれるって」

「伊藤さん、どうだろうか……?」


 立ち上がったキララが、震える声で答える。


「山辺会長……よろしくお願いいたします……」


 頭を下げたキララ。


「会長、よろしくお願いいたします」


 駿は頭を下げ、会長に握手を求める。


「わかった、期待を裏切らないように動きたい」


 駿に応え、握手した会長。

 キララも握手している手の上に、そっと自分の手を乗せた。


「すまない、私が余計なことを言ったばかりに。伊藤さんにも嫌な思いをさせてしまったね。本当に申し訳ない」


 駿とキララに頭を下げる会長。


「や、山辺会長、やめてください……私は大丈夫ですので」


 キララは笑顔で答えた。


「キララ、ちょっと待っててな」


 生徒会室を出ていく駿。

 帰ってきた駿は、濡れたハンカチを持っていた。


「ほら、キララ。目に当てて冷やしときな」

「あっ、腫れちゃってる……?」

「少しだけな」

「駿、ゴメンね。ありがとう……」


 キララの頭を軽くポンポンと叩く駿。


「さて、生徒会長である私が一方的に話をしてはいけなかったな……」


 駿の目の前にいる会長は、最初の柔らかな表情に戻っていた。


「すまない、今日は何か相談事があったのかい?」


 駿が姿勢を正す。


「はい、会長のお知恵とお力をお借りしたいと……」


 ◇ ◇ ◇


 この後、生徒会は約束通り、性犯罪や性暴力、ハラスメントに関する教育の拡充と、吉村への処分を学校側に要請した。


 結果、三学期から月に一度、ロングホームルームの時間を利用した特別授業を行うことになる。

 ハラスメントに関する基礎知識の習得の他に、男子・女子が入り混じった小グループを作り、ディスカッションを行うなど、男子は女子の視点でのことを、女子は男子の視点でのことを、それぞれ学べる有意義な授業になり、生徒の評判も上々だった。


 吉村については、駿と達彦の動画が教員の間でも話題になっていたため、すでに生活指導の教員を中心に調査が進められていて、吉村の行為は犯罪に準ずる極めて悪質な行為だと判断され、退学相当の処分が検討されていた。

 しかし、学校中に吉村のやった行為が広まるなど、すでに社会的制裁を受けていることや、被害者であるココアからの条件(駿と達彦の暴力行為を不問とすること、二度と自分たちに関わらないこと)を吉村が承諾したことで、最終的に十日間の停学となった。

 吉村の仲間たちも、ココアからの同様の条件を承諾し、全員厳重注意となる。


 また、吉村に暴力を振るう映像が残っていたため、駿と達彦も処分の対象となったが、吉村などへのココアの条件の他、多くの女子生徒が駿と達彦の行動に共感を示し、賛同していることなどから、校内の混乱を回避するため、厳重注意に落ち着いた。


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