第52話 二学期の始まり (5)
文化祭でのライブ開催のため、山辺生徒会長を頼ろうと、キララを伴い生徒会室へとやってきた駿。
「今日は何か相談事があったのかい?」
駿が姿勢を正す。
「はい、会長のお知恵とお力をお借りしたいと……」
「どんなことだろう?」
「文化祭のことなのですが、我々新たに『音楽研究部』という部を設立しまして、文化祭でライブを行いたいと考えております」
「ふむ」
「しかし、体育館はスケジュールがすでに一杯で利用できないと、文化祭実行委員から言われておりまして、困っている次第です」
「実行委員がそう言っているのであれば、体育館の利用は難しいだろうな……」
手を顎にあてて悩んだ会長。
「校庭を利用することはできませんでしょうか?」
キララが会長に尋ねる。
「校庭はダメだ。騒音の問題もあるし、ひとつ許可してしまうと他も許可しなければならなくなるから、実行委員も首を縦には振らないだろう」
「それでは、校内でゲリラライブ的に行うのは……」
「それこそダメだ。高橋(駿)くんは、ある意味、時の人でもあるし、混乱して怪我人でも出たら、大変なことになる」
「そうですよね……」
しばらくの間、頭を悩ませた三人。
ここで会長がひとつの提案をする。
「講堂を使ったらどうだろうか」
講堂とは、昔使用されていた建物で、体育館とは逆側に校舎と隣接して校庭に存在しているが、現在は立入禁止となっている。学校開校当初からあるもので、老朽化と容量不足(現在の体育館と比較すると2/3程度の大きさ)校庭のスペースの有効活用のため、先日取り壊しが決まった。
「あの廃屋みたいな講堂ですよね……立入禁止になっていたかと……」
少々訝しげな表情になる駿。
「実は先日、中を視察したんだ。そうしたら、外見はボロボロだけど中は意外とパリッとしていたよ。まだ電気も通っている」
「しかし、ぽっと出の『音楽研究部』に、使用許可が下りますかね……?」
「残念ながら、下りないだろうね」
駿は、むーん、と考え込んだ。
「そこで提案なんだが」
会長に顔を向ける駿とキララ。
「キミたちのライブ、生徒会主催にしたらどうだろうか」
「えっ?」
駿とキララは顔を見合わせるが、お互い「?」になっていた。
「まず、講堂が取り壊される経緯を振り返ってみよう。元々この地域は人口も少なく、この学校の規模は大きくなかった。しかし、三十年程前から始まった戸神ニュータウンの造成に伴い、地域の人口が急激に増え、必然的に学校の規模も大きくする必要があった」
会長の言葉を真剣に聞いている駿とキララ。
「校舎の増設も検討されたようだが、そこはギリギリで何とかなったらしい。しかし、講堂はそうもいかない。あの規模では容量が足りず、生徒が入り切らない。周辺地域の緊急避難場所としても心もとないしね。だから新たに多目的の体育館が作られ、講堂は不要になり、今回老朽化と校庭のスペースの有効化を理由に、取り壊されることになったわけだ」
駿とキララは、ふんふんと頷く。
「この地域にはこの学校の出身者も多く、毎年文化祭になると多くの方々が来校される。もちろん、そういった来校者にとっては、あの講堂にもたくさんの思い出があるだろう」
ニヤリと笑う会長。
「だから我々生徒会は『さよなら講堂』というイベントを開催したいと思う」
駿とキララは、驚きの表情を浮かべた。
「といっても、講堂を開放して、来校者に自由に中を見てもらう。それだけだ」
駿とキララに改めて向かい合う会長。
「そして、生徒会は『音楽研究部』に対して、講堂最後の公演として、キミたちに音楽の演奏を依頼したい」
「!」「!」
「つまり、生徒会主催のイベントに、生徒会の意向で、キミたちが我々に協力するという形を取る。これであれば問題あるまい」
駿とキララは、歓喜した。
「ただし!」
再度表情を引き締める駿とキララ。
「文化祭実行委員との調整も必要だし、体育館でイベントを行う部からの反対も予想される。生徒会の意見が絶対ではないからな。だから、実現できるかどうかはここでは約束できないし、仮に実現出来ても、キミたちの望む形にはならないかもしれない。それでもいいかい?」
駿は、悩むこと無く答えた。
「はい、それでお願いできますでしょうか」
それに会長が笑顔で応える。
「わかった。明日、実行委員の会議があるはずなので、その場に参加して話をしてみたいと思う。連絡するから携帯の番号か、LIMEを交換してくれるか?」
スマートフォンを取り出して、会長とLIMEを交換した駿。
「よし、結果が出次第、LIMEを送る」
「わかりました。ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします!」
駿とキララは、会長に深々と頭を下げる。
「どうだ? 生徒会も中々役に立つだろ?」
にっこり笑った会長。
そして、駿に真剣な眼差しを向けた。
「だから高橋くん。今後は暴力を行使する前に、必ず私に相談すると約束してくれ。私はキミのその優しさや正義感を大切にしたい」
「…………」
「友達のためにキミが暴力を行使し、問題は解決し、キミが処分を受ける。キミはそれでもいいのだろう。しかし、そうなった時に一番悲しむのは誰だい? その友達じゃないのかい?」
「!」
「私はそんな場面を見たくはない」
「…………」
「もちろん生徒会も万能ではない。高橋くんの相談に、お手上げになることだってあるだろう。だが、決して損はしないはずだ。だから、約束してくれ。必ず私に相談すると」
「…………」
駿は、無言で視線を落とす。
そんな駿の手をキララがそっと握った。
(キララ……)
顔を上げ、会長と目を合わせる駿。
「はい……約束します……」
「うん、ありがとう」
駿に握手を求めた会長。
その手を握る駿。
「よし! まずは講堂だな! うまくいくことを祈っていてくれ!」
◇ ◇ ◇
夕暮れの廊下、教室へ向かって歩く駿とキララ。
「何とか首の皮一枚つながった、って感じだね」
キララは笑顔を浮かべた。
「そうだな……」
「駿、元気ないね? 大丈夫?」
「キララ……」
「ん?」
「さっき、ありがとな。オレ意固地になるところだったよ……」
「私もありがとう……胸借りたの二回目だよね……」
顔を合わせ、お互いに微笑むふたり。
「とりあえず、会長の連絡待ちだな」
「そうね、朗報を待ちましょう」
「じゃあ、前祝いだ! キララ、ジュース奢ってやるよ!」
「えー、ジュースだけー?」
「贅沢言うなって!」
笑い合ったふたり。
「ねぇ、駿。さっちゃん、まだ練習中かな?」
「おー、そうだそうだ。ちょっと音楽室寄ってみるか」
「あー、さっちゃんのこと、忘れてたでしょー」
「へ? そんなわけ――」
走リ出すキララ。
「さっちゃんにチクっちゃおーっと!」
「ちょ……! 待て待て待て待て! キララ、待てって!」
キララを追い掛ける駿。
ライブが開催できるか否か。
明日の文化祭実行委員での会長の交渉で、すべてが決まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます