第55話 昼休み (4)
――昼休み
食事を終え、談笑していた幸子とジュリアの元にやってきた委員長(櫻井)と由紀乃。意図的に委員長がジュリアを挑発、ジュリアの母親を侮蔑する発言をする。
幸子とジュリアは、それに激怒。幸子は謝罪を求め、委員長に怒りの咆哮をあげた。
「廊下まで聞こえたぞ」
「……駿くん」
駿が帰ってきた。
達彦とココア、キララも一緒だ。
「ジュリア!」
「ジュリアちゃん!」
涙をこぼすジュリアの元に駆けつけるココアとキララ。
ココアはジュリアを抱きしめ、キララは委員長と相対し、戦闘態勢だ。
「何があった?」
「…………」
駿の問いに誰もが無言だった。
「わかった……とりあえず、委員長」
「な、なに?」
「ジュリアたちに絡んでくんの、やめてくんねぇか?」
ビクッとして、慌てる委員長。
「え、え、べ、別に、か、絡んでいるわけじゃ……」
「だって、ジュリア泣いてるじゃん。普通の状況じゃねぇよな」
「…………」
「さっちゃんだって、普段大声であんな風に人へ怒鳴りつけたりする子じゃねぇしさ」
「わ、私は、ちょっと、じょ、冗談で……」
「うん、冗談なのは分かったから。とりあえず、今後はジュリアたちに何か用があるんだったら、まずオレに言ってよ。最近オレらつるんでること多いし」
「…………」
「少し距離を置こう、な」
「わかりました……」
委員長は、ジュリアや幸子たちに背を向けた。
「櫻井さん」
委員長を呼び止める幸子。
その声に委員長が振り向いた。
「ジュリアさんへの謝罪がない限り、私、絶対にアナタのことを許しません!」
委員長を睨みつける幸子。
委員長は背を向け、そのまま教室を出ていった。
「ジュリア、ごめんね、ごめんね……」
目に涙をためてジュリアに何度も頭を下げる由紀乃。
「由紀乃が悪ぃわけじゃねぇ……由紀乃はあーしの味方してくれてただろ……」
「でも……止められなかった……謝ってほしいのに……」
由紀乃は、うなだれてしまった。
由紀乃の背中を優しくさする幸子とキララ。
「由紀乃」
駿の呼び掛けに、顔を向ける由紀乃。
「委員長の様子、注意深く見てやってくれるか。ちょっと心配だわ……」
「うん、友達だからね。気をつけて見るようにするよ」
「何かあったら、いつでも相談のるから」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
由紀乃は、優しい笑顔を駿に向けた。
そして、委員長の後を追い掛けるように、由紀乃も教室を出ていく。
駿は、クラスメートたちがこちらに注目していることに気がついた。
「はーい、解決したからねー、問題ないよー」
クラスメートたちに笑顔で大きく声をかけると、皆それぞれの昼休みに戻っていく。
教室には、いつもの賑やかさが戻った。
「それにしてもよ、さっちゃんが怒鳴ったりするとは……俺も驚いたわ」
達彦が驚きの目で幸子を見る。
「す、すみません……ちょ、ちょっと腹に据えかねまして……」
恥ずかしげな幸子。
「あのね、みんな……今日、あーし、さっちゃんに助けてもらったの……あーしの代わりに戦ってくれたの……」
ジュリアが涙の跡が残る顔で続ける。
「あーし、バカだからさ、すぐ感情的になっちゃって、さっきも手ぇ出しそうになっちゃって……でも、さっちゃんが身体張って止めてくれて……その後もあーし泣いちゃって、何も言えなくなっちゃったんだけど、さっちゃんがあーしの代わりに戦ってくれて、怒ってくれたの……」
「そっか、そんな状況だったのか……さっちゃん、ジュリアを助けてくれて、ありがとね」
幸子の肩をそっと抱いたキララ。
幸子もそれに笑顔で応える。
「それにね……それにね……さっちゃんね……マ、ママのこと、す、すごく褒、褒めてくれてね……あ、あーし、嬉しくて、嬉しくて……」
小さく嗚咽し、言葉が続かなくなったジュリア。
幸子は、そんなジュリアの頭を胸にそっと抱き寄せる。
幸子の優しさに、ジュリアも自然に幸子の背中に手を回した。
ココアもふたりを覆うように抱きしめた。
「ジュリアのお母さん、大変そうだもんな……」
「駿は知ってるの?」
キララが尋ねる。
「うん、ウチの店のすぐ近くにある店のママさん」
「あー、そういう仕事だとは聞いていたけどね」
「ママさんって大変でさ、客と飲んでりゃイイってもんじゃないんだよ。オーナーとの交渉や店の運営、キャストの女の子がいればその管理。客の酒の好みを覚えたり、こまめに御礼状送ったり。ほら、酔っ払っちゃった客の相手もしなきゃいけないじゃん。中にはイヤな客だっているだろうしね」
「うわぁ……超大変そう……」
「そこのオーナーがオレの住んでるあのアパートの大家さんでもあってさ、よくウチの店にジャズのライブとか見に来るんで話聞いたことあるけど、ジュリアのお母さん、すげぇ真面目で働き者だって言ってた。いい事ばかりじゃなくて、失敗や問題があっても正直に報告してくるらしくて、全面的に信頼してる感じだったよ」
「そっか、そうだよね、ジュリアも根っこは真面目だもんね……」
「親の背中を見て子は育つってことだよな。ジュリア、いい子だからな」
キララと顔を合わせて微笑んだ駿。
ふたりは、幸子、ココアと抱き合うジュリアの姿を優しい眼差しで見守った。
◇ ◇ ◇
この時、駿は幸子の著しい成長を感じていた。
自身の意思で委員長と戦い、怒り、怒鳴るなどといった感情と行為は、これまでの幸子では考えられなかったことであり、駿はそれを「幸子の成長」と受け取ったのである。
確かに、夏休みにその片鱗は感じてた。キララを救うために、幸子がナンパ男に立ち向かった時のことだ。
しかしながら、基本的には自分に自信が無いために、何事にも萎縮し、自分の意思が薄く、常に受け身の状態にあるように駿は感じていた。
しかし、高校生活が始まって約五ヶ月の間に、これまで経験できなかったような喜びも、辛いことも、たくさん経験した幸子は、自分への自信を少しずつではあるが、確かなものにしてきた。特に、小学生時代に幸子をイジメていた林への赦しにより、自らの心の折り合いをつけ(完全にはつけられていないが)バンドでのボーカルに挑戦することを決断してからは、如実に能動的な面が現れ始めたのである。
これは、幸子が自信をつけ、自らの意思で行動を起こすことに、幸福を感じるようになった証でもあった。
これにより、幸子を苦しませ続けた<声>の発生頻度も著しく下がった。
幸子が自信をつけ、行動を起こし、幸福を感じ、<声>の発生頻度が下がり、心身ともに良好になる。そして、また自信をつけ、行動を起こし、幸福を感じ……幸子の中で良いサイクルが回り始めたのである。
(これなら、ライブもきっとうまくいく!)
幸子の成長に、確かな手応えを感じた駿。
否が応でも、文化祭のライブでの幸子の活躍に期待するのだった。
◇ ◇ ◇
――放課後、ジュリアの自宅マンション
ガチャガチャ ガチャリ
誰もいない部屋に帰ってきたジュリア。
母親は仕事に行っている――
――はずだった。
玄関には、母の靴がある。
カレーの良い香りも漂っていた。
「ジュリア、お帰り~」
居間からひょっこり顔を出すジュリアの母・
「あれ、ママ……」
「店のエアコン壊れちゃって、お休みになっちゃったのよ」
たははっ、と笑った紅葉。
「だから、たまには母親らしいとこ見せようと思ってさ、今ママ特製のカレー作ってるから。うっまいぞ~」
紅葉は、屈託のない笑顔をジュリアに見せた。
そんな母親の笑顔を見て、今日の幸子の言葉がジュリアの脳裏に蘇る。
『子どものために毎日必死で頑張って働いて、クタクタに疲れて子どもが待つ家にフラフラで帰る』
『ジュリアさんのお母様は、娘のために頑張って働いている立派な方です』
かばんをその場に落とし、紅葉の胸に飛び込み、抱きついたジュリア。
「おいおい、ジュリアどうしたの……あ~、また何かおねだりでしょ~!」
笑う紅葉。
「ママ……ありがとう……ママ……ママ……」
紅葉の予想に反し、ジュリアは自分の胸の中で、自分への感謝の言葉を何度も繰り返し口にしながら、肩を震わせていた。
「ジュリア……」
ジュリアの様子に気付き、背中に手を回し、そっと抱き寄せる。
「ジュリア、今日は一緒に寝よっか。学校の話とか聞かせてよ」
顔を上げ、涙ながらに笑顔で頷いたジュリア。
「あのね、あのね、友達にさっちゃんって子がいてね――」
この日、ジュリアの自宅の明かりは、深夜遅くまで消えることはなかった。
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