第54話 昼休み (3)

 キーンコーンカーンコーン♪


 ――やっとメシだよ~

 ――ヤベッ! 購買行かなきゃ!

 ――ねぇねぇ、今日はどこでご飯食べる?


 午前中の授業が終わり、昼休みになった。

 幸子は、珍しく自分の席で弁当を広げようとしている。駿たちは、大谷先生のところへ行くと言って、亜由美たちと出てしまったのだ。


(みんなで食べるのに慣れちゃうと、ひとりは寂しいな……仕方ないか……)


「あっれー? さっちゃん、ひとり?」


 ジュリアがやってくる。


「あれ? ジュリアさんこそ、ココアさんたちと一緒じゃなかったんですか?」


 ココアとキララが教室から出ていくのを見ていた幸子。


「ココアが先生に呼び出されたらしくてさぁ、キララはその付き添い」

「じゃあ、ジュリアさん、おひとりなんですか?」

「そーなんだよね……あ! さっちゃんさぁ、あの、もし、良かったら……」


 モジモジしているジュリア。


「はい、一緒にお昼食べましょう!」


 ジュリアの表情が、パァッと明るくなった。


「やっりー! じゃあさぁ、駿の席で食べよっか。あそこの方が落ち着くっしょ!」

「そうしましょう!」


 幸子とジュリアは、教室の一番隅の駿の席へ向かう。


 駿の席に座った幸子。その正面にジュリアが座る。

 幸子の顔が赤くなった。


「な、なんか照れちゃいますね……」

「えー、なになに! あーしが可愛すぎるからでしょー、いやーん」


 ケラケラ笑うジュリア。


「はい、実際カワイイので……」

「へ?」


 白ギャルが一気に赤ギャルになった。


「あー……あーしはー……その……ありがと……」


 赤ギャルは、思わずうつむいてしまう。


「さ、さっちゃんの方がカワイイじゃん! もう!」


 幸子のおでこをコツンと突付いた赤ギャル。

 恥ずかしげに微笑む幸子。

 ふたりの間に、何ともいえない空気が流れた。


「メ、メシ食おっか! ね!」

「そ、そうですね、食べましょう!」


 弁当を広げる幸子と、コンビニの袋からパンとジュースを出すジュリア。


「それでは、いただきます」

「いっただっきま~す!」


 ふたりはおしゃべりしながら昼食を楽しんだ。


 ◇ ◇ ◇


 食事も終わり、くつろぎながら談笑する幸子とジュリア。


「あ、ジュリアさん、新刊出たんですよ!」

「え! ホント! どんなの、どんなの!?」

「今日持ってきてるので、ちょっと待ってくださいね」


 とてとてとてっと自分の席に戻った幸子。

 一冊の本を持って帰ってくる。


「ジュリアさん、コレです」

「おぉ~!」


 そこには、ブライテッドラブレーベルの新刊『無垢な家庭教師の人知れぬ恋 ~王太子の甘い策略~』があった。

 幸子とジュリアは、学校非公認の「ブライテッドラブ愛好会」に属し、このレーベルの作品の大ファンなのだ(愛好会には、他に駿、ココア、キララが所属している)


「ま、また、ドキドキしちゃうタイトルだな……」

「はい、今回もすごく良かったですよ!」

「マ、マジ……?」

「はい! 主人公の家庭教師の恋心がすごく切なくて……年下の王太子がヒロインの家庭教師をかばって陛下と対決するところなんかは……」

「わぁ~! バカバカ、さっちゃん! それ以上言うなって!」

「あっ……ご、ごめんなさい……」

「まったくもー……でも、さっちゃんはもう読んだの?」

「はい、読み終わりました。ですので、よろしければ……」


 ジュリアの目が輝いた。


「あーしに貸してくれる⁉」

「はい! もちろんです!」

「ありがと~、さっちゃ~ん!」


 幸子に抱きつき、頭を撫でるジュリア。


「わ、わ、わ、ジュリアさん、大げさですよ……!」


 幸子は頬を赤く染めた。

 そして、本を手にしてニマニマしているジュリア。


「よっしゃ! 家でゆっくり読もっと!」


 幸子は、くすくす笑った。


「本は逃げませんから、ゆっくり読んでくださいね」

「また泣いちゃうから、ハンカチ忘れねぇようにしねぇと!」


 笑い合うふたり。


 そんなふたりに忍び寄る影があった。


「まだそんな本を読んでいるの?」

「山田(幸子)さん、ジュリア、こんにちは」


 委員長(櫻井)とその友人の由紀乃だった。


「ふたりでランチって、珍しいね」


 にこやかに話し掛けた由紀乃。


「おー、由紀乃。今日は、あーしとさっちゃんだけなんだよ」


 ジュリアは、委員長を無視する。


「別に無視してもいいけど……そんな本読んでるから、変な噂が立つんじゃないの?」


 その言葉にピクリと反応したジュリア。


「委員長、それはウソだって分かったじゃない」


 由紀乃が慌てて言葉を挟む。


「どうだか。火のない所に煙は立たないわよ」


 委員長のセリフに、ギロリと睨みつけたジュリア。


「じゃあ、放火魔みてぇのがいるのかもな」

「放火されるようなことしてるからじゃないの?」


 委員長とジュリアが睨み合う。

 そして、委員長がボソッとつぶやいた。


「まぁ、あの親にして……って感じかしらね……」


 一気に怒りの表情に変わるジュリア。


「ママは関係ないだろうが……」


 委員長は、ふっ、と小さなため息をついた。


「何? 私は何も言っていないわよ」

「委員長、何でそんなこと言うの……お願いだからやめて!」


 委員長をたしなめる由紀乃。

 しかし、委員長は薄ら笑いしながら続けた。


「そうそう、この間、アナタのお母様をお見かけしたわ、早朝の駅前で。何だかお忙しいみたいね、何かフラフラしながら歩いてたわよ」


 ススッと自分の顔をジュリアに寄せて、ボソッとつぶやく。


「安っぽいドレス着て……酔っ払ってたみたいよ……みっともない……」


 ニヤついた顔をして姿勢を戻す委員長。


 バンッ


 ジュリアが机を思い切り叩いた。


「マ、ママをバカにするなっ!」


 大声を上げ、そのまま委員長に掴みかかろうとする。


 幸子は、気付いた。

 その瞬間、したり顔をする委員長に。

 幸子は、慌てて机越しにジュリアを抱きしめた。


「離して、さっちゃん! ……はなせーっ!」


 暴れるジュリアを全力で抱きしめる。


「お願いです……ジュリアさん、落ち着いて……」


 幸子からの懇願の言葉に、荒い息を残しながら落ち着こうとするジュリア。


「なんで? なんでそんなこと言うの、委員長……」


 由紀乃が委員長に、涙目で必死に訴えていた。

 しかし、委員長は意に介している様子はない。

 ジュリアも涙をボロボロこぼし、化粧が崩れている。

 教室の中で昼休みを過ごしていたクラスメートたちも、何事かとこちらを注目し始めた。


 ジュリアから手を離した幸子は、委員長を睨む。


「櫻井(委員長)さん、一生懸命がんばって働いている方を、そんな風に揶揄するのは許されません。ジュリアさんに謝ってください」


 力強い目で委員長に謝罪を求めた幸子。


「私は事実を言っただけよ。私がどう思おうが勝手じゃない?」

「櫻井さんがどう思おうが勝手です。でも、言葉としてあなたの口から発した以上、その言葉に櫻井さんは責任を取る必要があると思います」

「ッ……」


 委員長は、言葉に詰まる。


「子どものために毎日必死で頑張って働いて、クタクタに疲れて子どもが待つ家にフラフラで帰る……そんな姿を揶揄する、その神経が私には理解できません。ジュリアさんに謝ってください」


 怒りのボルテージが上がっていく幸子。


「山田さん、よく考えて頂戴。変な噂が立つような人と一緒にいれば、アナタだって同じ風に見られてしまうのよ? ご家族の実態だって、きちんと知っておいた方がいいでしょ?」

「はい、実態はよく分かりました。ジュリアさんのお母様は、娘のために頑張って働いている立派な方です」


 ジュリアは、ハッとした顔をして幸子を見つめた。

 幸子は、委員長を睨みつけている。


「噂もウソだということが先日分かったはずです。なぜ今蒸し返すのか、理解に苦しみます。それと、仮に噂に巻き込まれても私は構いません」

「せっかく増えたお友達も減るかもしれませんよ?」


 幸子に諭すように、しかしどこかいやらしく話した委員長。


「そんな友達はいりません」

「!」


 委員長は、幸子のはっきりとした回答に驚く。


「そもそも、そんな人は最初から友達ではありません」

「せっかく増えたお友達を……」

「ジュリアさん、ココアさん、キララさんとだけ付き合うようにします」


 委員長の言葉へ被せるようにキッパリと言い切った幸子。


「…………」


 幸子が反論してきたのが想定外だったのか、委員長は困惑した様子だ。


「櫻井さん、もう一度言います。ジュリアさんに謝ってください」

「お願い、委員長……ジュリアにちゃんと謝って……!」


 由紀乃も涙を浮かべて委員長に訴えかけている。

 委員長は引きつった笑いを浮かべた。


「わ、私は別に……そんな本気にならなくても……」


 席を勢いよく立ち上がる幸子。


「あやまれーっ!」


 幸子は怒りを込め、あらん限りの声で叫んだ。

 幸子の叫びに、教室中の注目が集まる。

 睨みをきかせる幸子から目をそらした委員長。


「廊下まで聞こえたぞ」

「駿くん……」


 駿が帰ってきた。


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