第84話 歪んだ悪意 - Feedback (3)

 駿と幸子は、校長と山辺生徒会長に立ち会う形で、防犯カメラの映像を確認。

 学校側に、幸子を階段から突き落としたのは、櫻井珠子(委員長)であることを明確に示した。


 ――金曜日の午前中


 他の生徒たちが授業中の時間帯である。


 学校から呼び出された珠子とその母親が来校した。

 来校者用の昇降口から校長室へ。


 コンコン


「はい、どうぞ」

「失礼いたします……」


 校長室の中には、校長と担任の教員がいた。

 事情を詳しく知らない母親は、オドオドしている。

 珠子は、何の感情もないような、そんな雰囲気が漂っていた。


 促されるままにソファへ腰掛けるふたり。

 校長からの説明が始まった。


「さて、お母さん。本日お呼び立てしたのは、娘さんの珠子さんのことです」

「は、はい、ウチの珠子が何か……」

「はっきり申し上げます。落ち着いて聞いてください」


 ゴクリとツバを飲み込む母親。


「珠子さんには、クラスメイトを階段から意図的に突き落とした疑いが持たれています」

「えっ⁉」


 母親は、驚いて娘の顔を見た。

 娘は無表情だ。


「幸い突き落とされたクラスメイトに、大きな怪我はありませんでした」


 珠子に校長が話し掛ける。


「珠子さん。今言った話について、いかがですか?」

「…………」


 無言を貫く珠子。


「否定しないということは……」


 母親が声を上げた。


「な、何か証拠でもあるんですか⁉ ウチの珠子がそんなことをしたっていう……!」


 小さく息を吐く校長。


「お母さん、防犯カメラの映像が残っています」


 ピクリと反応する珠子。


「その日は週末だったため、カメラは二十四時間稼働していました」

「み、見間違いでは……」


 担任の教員が、テーブルの上に置いてあったノートPCを開いた。

 校長が残念そうに説明する。


「ここにその映像があります。ただ、私たちはお母さんにこの映像をお見せしたくありません」


 娘を見る母親。


「た、珠子、ウソよね……私じゃないって言って……私は知らないって……」


 母親の声は、震えていた。


 珠子が口を開く。



「はい、私がやりました」



 ――一瞬の静寂


「どうして! どうしてそんなことを! どうして……」


 珠子にすがり、母親は泣き崩れた。

 珠子は表情ひとつ変えず、テーブルの上を見つめている。

 母親が落ち着くのを待ち、校長が話を続けた。


「非常に残念ではありますが、証拠もあり、本人の口からも確認が取れましたので、学校としても懲戒処分をしなければなりません」

「む、娘はどうなりますでしょうか……」

「本件は刑事事件に相当する事案だと考えており、重大な事件だと捉えています。学校としては、退学しかないと考えております」


 退学という言葉を聞き、再び嗚咽する母親。

 珠子の表情や態度に変化はない。


「しかし、被害者側から条件をのめば退学を回避させても良いと、警察への被害届も出さないと、そう強い申し出がありました」


 そんな言葉の希望にすがる母親。


「条件とはなんですか! 何でもしますので……!」


 校長は、幸子から預かっていた封筒を母親に手渡した。

 母親が中に入っていた書面を確認する。


 そこには、こう書かれていた。


一) 今後一切、高橋 駿、谷 達彦、小泉 太、中澤 亜由美、山口 寿璃亜、竹中 心藍、伊藤 希星、山田 幸子、および音楽研究部に関わらないこと。

二) 一に示した人物の自宅やアルバイト先などを訪問しないこと。

三) 一に示した人物は、謝罪や賠償などを一切求めていないため、それをしてこないこと。

四) 通常通り学校に登校し、通常通り卒業すること。

五) 四以外は、両親を含む家族・親類も適用される。

六) 上記五項目について、違反が確認された場合は、ただちに今回の件について警察へ被害届を出すものとする。また、その時点で改めて学校側の懲戒処分を受けること。


「珠子、あなたもちゃんと読みなさい!」


 書面を珠子に手渡す母親。

 珠子は、書面に目を通した。

 そして、書面をそっとテーブルに置く。


「はい、条件をのみます……」

「校長先生、珠子も約束しましたので、何卒温情あるご判断を……」


 必死の表情で、頭を深々と下げる母親。

 珠子は無表情のまま、軽く頭を下げた。


「珠子さん。どんな理由があるにせよ、あなたのやった行為は到底許されません。我々は珠子さんが真摯に反省し、この条件を守ってくれることを強く望んでいます」


 もう一枚、書面を珠子に差し出す校長。


「櫻井珠子さん、あなたを十日間の停学とします」


 珠子はその書面を受け取り、軽く頭を下げた。


「校長先生、ありがとうございます……!」


 涙を流す母親。


「私からは以上です。停学期間中のことについては、この後ここで説明がありますので、もうしばらくお付き合いください」


 校長と担任の教員がアイコンタクトを取り、校長は席を立った。


「校長先生、ありがとうございました!」


 立ち上がり、頭を深々と下げる母親。

 珠子も、それに合わせて立ち上がって、深々と頭を下げた。


 しかし、この時、誰も気付かなかった。

 頭を下げた珠子の顔に、いやらしい笑みが浮かんでいたことを。


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