第56話 写真 (1)

 委員長とのいざこざから数日後。


 ――昼休み


 八人は、いつものようにみんなで昼食をとり、くつろぎながら談笑していた。


「駿、最近体調の方はどうだ?」

「特に変わんねぇな……」

「そうか……」


 達彦と駿のやり取りを見て、心配そうな表情になるココア。


「駿、どこか悪いの~……?」

「いいや、大丈夫だよ、どこも悪くない。ココア、ありがとな」

「タッツンさんは、駿くんの体調を心配する古女房ですもんね」


 幸子の言葉に、達彦が頭を抱えた。

 それを見てケラケラ笑っている亜由美。


「さっちゃんも言うようになったな……こんにゃろ」


 達彦は、幸子にデコピンした。

 えへへっ、と笑う幸子。


「そういえば、さっちゃんも武者修行で、随分良くなったな」


 幸子は、一週間ほどコーラス部で、顧問の大谷先生や部のメンバーに指導を受けていた。


「ありがとうございます! 大谷先生に色々教えていただいて、声の通りとか、自分でも感じる位に良くなりました!」


 自分の成長を実感できたせいか、本当に嬉しそうな幸子。


「オレと練習してても、グイグイくるもんな!」

「あー……でもやっぱり駿くんには敵いません……」


 幸子は苦笑いする。


「あっ! その意識は無くそうって言ったよね!」


 あっ、という顔をした幸子。

 亜由美は、悩むように手を顎に当てる。


「でも確かに、ふたりでデュオしているのを聞いていると、声を張るパートで、さっちゃんが引っ込んじゃう感じが……」

「うん、それオレも気付いて、さっちゃんと色々話し合ってる」

「そうなんだ……さっちゃん、がんばってね!」


 亜由美の励ましに、笑顔で応えた幸子。


「そういえば、花壇の方はどんな感じ?」


 太が尋ねる。


「うん、お陰様で順調。花が咲くまではまだまだかかりそうだけど、すくすく育ってるよ。ね、さっちゃん」


 笑みをこぼした駿。


「早くコスモス畑、見たいなぁ……ボク楽しみにしてるから!」

「太くん、期待して待っててくださいね」


 幸子は、太に微笑んだ。


「あーしも、何回か水やり手伝ったよ!」

「そうそう、ジュリアが早朝からいるからビビった」

「あーしも、やる時はやるんだよ!」


 ふふんっ、と胸を張るジュリア。


「じゃあ、朝はひとりでちゃんと起きてくれ……」


 キララは頭を抱えた。

 爆笑する八人。


 楽しく幸せな時間が続いた。



「みんな、こんにちは」


 由紀乃がやって来た。


「おぉ、由紀乃。どうしたの?」


 笑顔で返す駿。

 由紀乃は、一通の洋封筒を駿に渡した。


「これは?」

「委員長からジュリアへのお詫びの手紙」

「うん、そうか……はい、ジュリア」


 洋封筒をジュリアに手渡す。

 訝しげな表情のジュリア。


「読んであげな」


 駿の言葉に、渋々封筒を開封して、中の便箋を広げた。

 ジュリアは、委員長からの手紙を真剣に読んでいる。


「うん、あーしへの詫びの言葉もあるし……あーしもこれ以上どうこう言う気はねぇよ」


 ホッとした様子の由紀乃。


「ごめんね。ありがとう、ジュリア」

「由紀乃に礼言われる筋合いねぇって」


 由紀乃とジュリアが微笑み合う。


「ただ……もうしばらくは距離置こうな。由紀乃、悪いけど頼むな」

「うん、わかった」


 由紀乃は、駿の言葉に頷いた。

 そして、ジュリアが何かに気が付く。


「ねぇ、写真みたいのが何枚か入ってんだけど……何これ?」

「あ、言うの忘れてた……」


 慌てる由紀乃。


「山田(幸子)さん、戸神西小だよね?」

「はい」

「委員長に西小の友達がいて、山田さんが写ってる写真をもらったらしいの。すごく可愛かったから、みんなにって」


(ドクンッ)


 幸子の鼓動が大きくなった。

 小学生時代の悪夢が、心の底からジワリと滲み出てくる。


「あっ、小さいさっちゃん、カワイイ!」


 写真を見て、楽しそうな笑顔を浮かべたジュリア。


「あ~、わたしも見たい~」

「ココア、焦るなって! ほら、見て見て!」


 ジュリアは、写真を机の上に置く。

 みんながそれを覗き込んでいた。


(ドクンッ)


 遠足の写真だ。

 幸子を写した写真ではなく、どちらかというと写真に写り込んだ幸子という感じである。

 この頃から幸子の顔にはそばかすがあるが、今ほどではない感じだ。


「あはは、さっちゃん、おにぎり頬張ってる」


 太が屈託なく笑う。

 また一枚の写真が机に置かれた。


(ドクンッ ドクンッ)


 運動会の写真だ。

 ジャージ姿の幸子が写っている。


「何か凛々しい感じ!」

「ホントだ! こんなさっちゃんもカワイイね!」


 亜由美とキララが写真を見て盛り上がっていた。

 そして、また一枚の写真が置かれる。


(ドクンッ ドクンッ ドクンッ ドクンッ)


 水泳大会の写真だ。


(ドックン)


 スクール水着姿の幸子が写っている。


(ドックン)


 後ろから撮影され、背中から上が写っており、幸子が振り返っているところだ。


(ドックン)


 肌が露出している背中と腕には――


(ドックン)


 ――無数のそばかすがあった。


 幸子のそばかすは、顔だけではなかったのだ。

 呼吸がどんどん早くなっていく幸子。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ

 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


 駿は、写真のそばかすにハッとし、息が荒く早くなった幸子に気付いた。


「さっちゃん、大丈夫……?」


 駿の声が聞こえないかのように、目を見開いて写真を凝視している幸子。


(見られた駿くんにみんなに苦しい誰か醜い見られた身体を何で苦しい息が見られたどうして亜由美さんに息が気持ち悪い誰か身体を助けて私の何が苦しいお母さん身体がキララさん醜い見られた息がみんなに身体が嫌われる苦しい助けて)


 幸子は完全にパニックを起こしていた。

 駿以外も幸子の異変に気付く。

 駿がつぶやいた。


「写真、全部片付けて……」

「えっ……?」

「写真、全部片付けろって! 早く!」


 駿の言葉に慌てて写真をかき集め、洋封筒の中に入れるジュリア。


「さっちゃん、大丈夫? さっちゃん?」


 幸子は、目を見開いたまま、何もない机の上を凝視し続けていた。

 幸子の心の奥底から、闇がゆっくりと首をもたげる。


 <アンタ気持ち悪いのよ! すっごくね!>

 <その気持ち悪い顔で友達とか彼氏ができると思ってんの?>


 <声>が何度も何度も同じ言葉で幸子を罵倒する。

 今の幸子であれば、そんな<声>を吹き飛ばすこともできるはずなのだが、自分の身体の秘密を駿たちに見られた幸子には、そんな心の余裕はなかった。


 ――そして、幸子は<声>と『現実』に屈服した。


(私は……バケモノだ……)


 糸が切れた操り人形のように、力無く上半身が机に倒れ込む。


 ゴンッ


 机の上に顔面から倒れ込んだ幸子。


 ズルル……ドサッ


「さっちゃん!」


 幸子は、倒れた。


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