ほんの少し前の物語 - 中澤亜由美 (1)

 ――クリスマスイブ 午後二時 駅前の『カラオケ万歳』


 〜♪


「中澤(亜由美)さん、楽しんでる?」


 隣に座っている同じクラスのモテ男・川口が身体と顔を寄せてくる。


「うん、楽しんでるよ。ありがと」


 私は身体と顔を少し引きながら、笑顔で答えた。

 テーブルの向こうからは、同じクラスの川口の取り巻き女子たちから嫌な感じの視線が送られてくる。

 私は態度や表情で、川口に興味がないことを必死にアピール。

 実際、川口と特別仲が良いわけではないのだが、まさかの私狙いっぽい。


(はぁー……何でこんなことに……)


 クラスメイトとは、べったり仲良しではないが、つかず離れずで男子とも女子とも良い関係を築いてきたつもりだ。それなりに男子から声を掛けられたり、告白されたりもしたが、できるだけやんわりとお断りしてきた。

 そんな良い関係が、この短時間で崩壊の危機に瀕している。


(太もいないし……やっぱり来なきゃよかった……)


 鼻で小さくため息を漏らし、私は教室での出来事を思い出していた。


 ◇ ◇ ◇


 ――一週間前 放課後の教室


 私は、自席で太と談笑していた。


「小泉(太)、中澤さん、ちょっといい?」


 私たちに声をかけてきたのは、クラスのモテ男・川口だ。

 身長は一八〇センチメートル近く、黒髪マッシュでさわやか風な男子。

 いつも男女問わず取り巻きを連れており、今も女子が三人ついてきている。


「ふたりともクリスマスイブってヒマ? みんなでカラオケ行こうって話になってさ、たまにはふたりもどうかなって」


 私と太は、あまりこの手のイベントには参加しない。

 駿やさっちゃんたちと一緒にいた方が楽しいからだ。


「ごめん、ボク田舎に帰っちゃうから行けないや」


 太が断る。


「そっかー、それは残念。じゃあ、中澤さんはどう?」

「中澤さんもたまには一緒に行こうよ〜」


 取り巻きの女子が誘ってくれている。


「うーん……」


 と悩む振りをするが、ぶっちゃけ行きたくない。

 どっちにしても、クリスマスは家族で過ごすから行けないし。


「ごめんね、ウチ、クリスマスは毎年家族で過ごすから」


 残念そうな雰囲気を醸し出しながら、丁寧に断る。


「え〜、ざんね〜ん」


 声を上げる取り巻き女子に、申し訳無さそうな表情で顔を向けた。


「じゃあさ、明るいうちならどうかな?」

「えっ?」


 川口の思わぬ提案に、取り巻き女子たちが驚きの表情になる。


「せっかくのイブなんだから、夜ゆっくり楽しんでくれば、ね?」


 私の返答に、うんうんと頷く取り巻き女子たち。


「中澤さんが来られるなら、昼間にカラオケでもいいんじゃない?」


 川口の提案に、その場の空気が凍りついた。

 取り巻き女子からの視線が、冷たいものに変わっていく。普段参加しないから、今回も参加しないと考えていたのだろう。彼女たちの中では、私の不参加は確定だったのだ。


 助けを求めて、太に目を向けた。


(おい、デブ! うまいこと言いくるめろ!)


 こちらの意図が伝わったようで、太は軽く微笑んだ。


「姉御、たまにはクラスのイベントに参加してくれば?」


 伝わってなかった。


(そうじゃねぇよ、デブ!)


「せっかく時間ズラしてくれるんだし」


(こ、このデブ……!)


「ね、中澤さんも行こうよ! じゃあ決定ね!」


 にこやかに話す川口。

 勝手に参加が決まってしまった。

 チラリと視線を取り巻き女子たちに向ければ、三人とも笑顔だが目が笑っていない。

 川口と取り巻き女子たちは、そのまま立ち去っていった。


「おい、デブ……」

「なに、姉御」

「お前、後でモモキックの刑な……」


 文字通り、腿の裏に思い切り蹴りを入れる、ということである。


「な、なんで⁉」

「空気読めよ!」


 怒る私に、太は真面目な視線を向けた。


「姉御さぁ、たまにはクラスメイトと交流持つのもいいんじゃない?」

「えぇ? う〜ん……」


 悩む私。


「こう言ったら何だけど、新しい出会いとかあるかもよ?」

「はぁ?」

「だって、駿はもう諦めモードでしょ?」


 太の口からそんな言葉が飛び出し、思わず慌てる。


「い、いや、別に駿とは……」

「もし姉御が駿と、ってことであれば、ボクはさっちゃんじゃなくて姉御を応援するよ」

「太……」

「そうじゃないなら、他に目を向けてみることも大事だと思うんだ」


 太は、真っ直ぐに私を見つめていた。

 本気で私を心配してくれている。


「うん……」

「とりあえず、行ってみなよ」

「わかった……」


 にっこり笑う太。


「それはさておき、モモキックの刑な」

「えー! ちょ、ちょっと待っ……」


 私は立ち上がると、逃げようとする太に狙いを定めた。


「遅い!」


 スパーン


「いってぇーっ!」


 太の悲痛な叫びが教室に響いた。


 ◇ ◇ ◇


 そして、今に至る。


 部屋の中には、私と取り巻き女子三人、男子は川口と彼と仲の良い男子三人。

 四対四。

 クラスのみんなでワイワイやるのかと思ったら……

 席も誘導されるままに一番奥の席へ。

 隣に川口、その隣も男子ふたり。

 私の向かいに男子、その横に取り巻き女子三人が並んでいる。

 川口は私に、私の向かいに座っている男子は隣の取り巻き女子に、あとはそれぞれ向かい合った取り巻き女子に男子がついている感じ。

 何だコレ、コンパかよ。


 で、川口が私へ話しかける度に、取り巻き女子の嫌な視線が飛んでくる。

 超めんどくせー。川口なんかに興味ねぇっての。


 とりあえず、みんなが歌っているのを手拍子で盛り上げる。

 みんな、最近の流行りの歌を楽しげに歌っている。


「ねぇ、中澤さんも歌いなよ! 中澤さんの歌、聞いてみたいなぁ」


 川口がにこやかに言ってくるが、適当に笑顔で誤魔化す。

 正直、私は流行りの歌とかを歌えない。私が歌えるのは、私が好きな歌だ。下手すると、みんなはその歌を知らないかもしれない。

 なので、流れを断ち切ったり、空気を悪くするのも嫌なので、盛り上げ役に徹する。

 駿たちとのカラオケは、そういう気を使わないで済むので、本当に楽しいんだけどなぁ……


 地獄のカラオケは続く……


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