第98話 図書室の少女 (10)

 ――期末試験から数日後の昼休み


「みんな、期末試験の結果、戻ってきただろ。どうだった?」


 駿がみんなに尋ねた。


「私は、いつも通り、どれもそこそこだったわ」

「亜由美はオールマイティだもんな」

「モノは言いようね。でも、ありがと」


 苦笑いする亜由美。


「ボクもまずまずだったけど、英語がちょっと……」

「弱点が分かったのは、いいことじゃね?」

「じゃあ、駿、今度教えてよ」

「おぅ、一緒に英語の勉強するか!」


 太は、英語がダメだったようだが、極端に点が低いことはなさそうだ。


「逆に、私は英語を克服できたわ」

「おぉ、キララ、やったな!」

「でも、自信は相変わらずないから、小泉(太)との勉強、私も入れて?」

「OK! 一緒にやろう」

「伊藤(キララ)、がんばろうね!」


 駿と太にサムズアップするキララ。


「私は、数学がダメだったなぁ……ちょっと想定外でした……」


 幸子は、がっくり肩を落とした。


「まぁ、今回は色々あったしね。オレも協力するから、三学期がんばろう!」

「はい!」


 駿の励ましに、笑顔を浮かべる幸子。


「なぁ、さっちゃん」

「はい、タッツンさん」

「いい数学の先生がいるから紹介しようか?」

「あっ! 川中先輩のことですか?」

「そうそう、静先輩、人に教えるのがスゲェうまいんだよ」

「そうなんですね! 教えていただこうかな……」


 幸子は悩む。


「タッツンさん」


 何かを決めたように、達彦の耳元に顔を寄せた幸子。


「ん、何?」


 幸子は囁く。


「おふたりのお邪魔になりますので、私は遠慮しておきます……」


 驚いた表情になる達彦を、優しい笑顔で見つめた幸子。


「さっちゃん、さっちゃん」


 達彦は、幸子を手招きする。


「はい?」


 達彦に顔を寄せた幸子。


 ビシッ


 達彦は、幸子にデコピンした。


「このやろ」


 照れている達彦。


「えへへへ」


 幸子は、いたずらっぽく笑った。


「さっちゃん、俺も応援してるからな」


 達彦の言葉に、顔を赤くする幸子。


「なんだよ、さっちゃんとタッツン、仲いいな……何の内緒話だよ……」


 駿が複雑な表情でふたりを見た。


「駿くんにもナイショのお話しです」


 人差し指を口に当てる幸子。


「えー、教えてよ、さっちゃん」

「駿、はっきり言うが、オマエはもっとしっかりしろ」

「うっ……」


 不満気な駿に、達彦の鋭いツッコミが突き刺さった。


「ホントよね……何かナヨナヨしちゃって……」


 亜由美の追い打ち。


「チキンが!」


 ジュリアのトドメ。


「駿の根性無し~」


 そして、ココアの言葉で灰になる駿。

 キララは、ケラケラ笑っていた。


「あ、あの、皆さん、そのへんで……駿くん、もう限界っぽいです……」


 落ち込む駿を見て、慌ててフォローする幸子。


「さっちゃんは優しいなぁ~」


 駿は幸子にすがった。


「さっちゃんの優しさにすがっちゃって……くそ、うらやましい……」


 駿を嫉妬の眼差しで睨む亜由美。


 そして駿は、ジュリアとココアに視線を向ける。


「オマエらのテストの結果は聞かん。だいたい分かる……」


 目をそらすふたりをジトッと見る駿。


「まぁ、何教科あんのか知らんけど、追試がんばってな」

「えー、駿はあーしらのこと見捨てんのー?」

「駿、助けてよぉ~」


 ふたりは、駿にすがり寄った。


「ジュリア」

「なに?」

「オマエはチキンに勉強を教わるのか?」

「あ……」


 ヤバい、という顔をするジュリア。


「ココア」

「な、なにかしらぁ~?」

「根性無しに教わることなんかないだろ?」

「う~……」


 しまった、という顔をするココア。


 ふたりは顔を見合わせた後、駿にすがりついた。


「ごめんなさ~い、助けてくださ~い」


 ふたりの様子に、他のみんなから笑いが起こる。


「ったく……」


 意気消沈するふたり。


「ところで、タッツンの数学は大丈夫だったのか?」


 駿は、達彦に話を振る。


「あぁ、まったく問題なしだった」


 自信満々の達彦。


「へぇ、タッツンが数学問題なしなんて、珍しいな」

「戻ってきた答案用紙、見せてやろうか?」

「おぉ、自信だな。ぜひ見せてくれ」


 達彦は席を立ち、自分のカバンの中から採点済みの答案用紙を持ってくる。


「ほらよ」


 駿に手渡した。


「どれどれ……って、スゲェじゃん! 何この点数!」

「だろ?」


 ドヤ顔の達彦。

 周りのみんなも興味津々だ。


「タッツン、みんなに見せていいか?」

「あぁ、勝手にしてくれ」


 テーブルの上に達彦の答案用紙を広げた駿。

 みんなの視線が答案用紙の点数に集まる。


「えーっ!」


 その点数にみんなが驚いた。


 そんな中、事情をよく知っている幸子は、達彦にサムズアップを送る。

 達彦も笑顔でサムズアップを返した。


 ◇ ◇ ◇


 ――その日の放課後 図書室


 受付では、静が本を読んでいた。


 コンコン


 開きっぱなしの扉をノックする音。

 静が顔を向けると達彦が立っていた。


「静先輩、こんちは」

「谷くん、こんにちは」


 ふたりとも笑顔で挨拶を交わす。


「静先輩、数学のテストが返ってきた」

「結果はどうでしたか? 勉強の成果が出たようであれば良いのですが……」


 カバンから答案用紙を取り出した達彦。

 それをそのまま静に手渡す。


「見ていいんですか?」


 達彦は笑顔で頷いた。


「何だかドキドキですね……」


 折りたたまれた達彦の答案用紙を開く。


『九十二点』


「スゴい! やっぱり谷くん、スゴいよ!」

「全部、静先輩のおかげだよ」

「谷くんの実力でしょ! うん、スゴい!」


 まるで自分のことのように喜んでいる静。


「で、静先輩にお礼がしてぇなって……」

「お礼? そんなのいらないよ。助けてもらったりしてるし」


 静は、達彦に優しい微笑みを向けた。


「こうやって図書室に来てくれるだけで、私は嬉しいですよ」


 子どもを諭すように話す静。


「いや、お礼も兼ねて、今度メシでも食いにいかねぇかなって」

「わ、私と⁉」

「そう、静先輩と」


 静は困惑した。


「た、谷くん、女子の人気が高いんだから、わざわざ私じゃなくたって……」

「いや、俺は静先輩とメシ食いたいんだけど」

「そうじゃなくて、私みたいなブスと行くより――」

「だから、ブスとか、可愛いとか、どうでもいいの! 俺は静先輩とメシ食いたいの!」


 ちょっとイラつく達彦。


「俺とメシ食うのが嫌なら諦めるから。静先輩は、俺とメシ行きたい? 行きたくない? 正直に言ってくれればいいから」

「谷くんと……」

「おう」

「谷くんと行きたいです……」


 達彦は笑顔になる。


「よっしゃ! じゃあ、予定立てようぜ! 学校帰りでも、週末でも、どっちでもいいぞ!」


「でも、その前に!」


 突如、達彦の答案用紙を手に立ち上がり、大声を出した静。


「な、なんだよ……」


 静は、答えが間違っているところを指差す。


「復習が先ですよね?」

「い、いや、もう期末試験は終わったし……」

「そっか、谷くんは私と勉強するのがイヤなんですね……ご飯の件は、やっぱり……」


 寂しげな静を見て、焦る達彦。


「わ、わかったよ、復習ね。やるよ、やればいいんだろ!」


 静は表情を一変させ、にっこり微笑んだ。


「はい、じゃあ一緒に解いていきましょうか」


 ちぇっ、といつものテーブルに向かう達彦。

 静は、カウンターから出て、その後ろを追った。

 優しく微笑む静。

 いつものように、静は達彦の隣に座った。


「じゃあ、谷くん。この間違えてしまった問題を一緒に解いていきましょう」

「おぅ、静先輩、よろしく!」


(ふふふっ、頼もしくて、カッコ良くて、可愛い後輩が出来たなぁ。嬉しいなぁ……谷くん、改めてよろしくね!)


 ◇ ◇ ◇


 ――その後の牧原


 あの一件以降、心を入れ替え、男遊びを一切やめ、髪の色も黒に戻した。

 当初は、外に出ることをかなり恐れていたが、実際はハヤテがその筋に情報を流すようなことはしておらず、彼女に危害を加えるような輩はいなかった。


 達彦と静に家まで送ってもらった時に、静と連絡先を交換。

 静から「高等学校卒業程度認定試験(高認・旧『大学入学資格検定』)」のことを教わる。

 自分なりにネットで情報を集め、両親に土下座して最後のチャンスがほしいと懇願。

 両親はその姿勢を喜び、支援することを約束した。

 また、静もそれを応援した。


 牧原は、当面の目標を「高認試験の合格」と定め、大学への進学と卒業を最終目標として、日々勉強に励んでいる。


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