第34話 カラオケの後で (1)

 文化祭でのライブで、ボーカルを担当することを決断した幸子。

 その後の五人の話し合いで、幸子の負担を減らすためにボーカルを取るのは一部だけとし、駿とのデュオを組み込むことにする。


 デュオについては、駿に考えがあるらしく、ふたつの動画を四人に見せた。

 ひとつ目の動画は、とある有名な曲を新しい解釈で歌唱しているものだった。

 ふたつ目の動画は、その新しい解釈で歌唱しているのに加え、男性ボーカリストが力強くハモる、そんな内容で、駿は幸子にこの歌と歌唱方法、ハモりを一緒に挑戦しようと提案。

 怖気づいた幸子であったが「きちんと練習すれば大丈夫!」という駿の一言で勇気を奮い立たせ、挑戦することを決意した。


「後は、ライブ開催に向けての調整だな……みんな、練習がムダになったらゴメンな」


 少し弱気になる駿。


「そんときゃ、それは笑い話にすりゃいいだろ」


 駿は、達彦の言葉にホッとした。


「まぁ、思いっきり駿を責めるけどな」

「ひでぇ!」


 五人の間で笑いが巻き起こる。


「とりあえず、二学期始まったら早急に動くんで、みんなも協力してくれ」


 頷いた四人。


「さっちゃんも、二学期始まったら朝練に付き合ってくれる? 色々練習しよう」

「はい、わかりました」

「OK! じゃあ、時間も勿体無いからガンガン歌おうぜ!」


 ◇ ◇ ◇


「ありがとうございましたー」


 カラオケを思う存分満喫した五人。今日は延長することなく、店を出る。

 時間は十九時、まだ薄っすら明るい。日は暮れており、空は丁度夕方から夜になろうとしているところだ。

 スマートフォンをチェックする駿。


「おっ! ねぇ、みんな、この後って時間ある?」


 四人に尋ねた。


「今夜、サイケデリック・ファンキー・バニーズのステージがあるから、近くにいるなら見に来ないかって、綾さんからLIMEもらった」

「おっ、見に行きてぇな」


 達彦が反応する。


「でも、わりぃ。バイト先から緊急の救援要請があったから行ってくるわ」

「そっか、残念。他の三人はどう?」


 残念そうな駿が他の三人に尋ねた。


「ゴメン、駿。私行けないや……ホント、ゴメン!」

「ボクもゴメンね」

「うわぁ、ふたりもダメか……さっちゃんはどうかな?」

「少しでよろしければ、行ってもいいですか……?」


 明るい表情に変わる駿。


「おっ! よっし! じゃあ、さっちゃん、一緒に行こう!」

「デートじゃねぇか」

「デートだね」

「さっちゃーん!」


 幸子にすがりついた亜由美。


「リアルでそのコンビ芸やるんじゃねぇよ!」


 駿のツッコミに笑う三人。幸子は苦笑いした。


「じゃあ、とりあえず今日はここで解散かな」


 みんな名残惜しそうだ。


「夏休みはまだ続くし、またみんなで遊ぼう!」

「そうだな」

「そうね、また遊びに行きましょう!」


 駿と達彦、亜由美の言葉に、にこやかに頷く太と幸子。


「タッツン、バイト頑張ってな」

「アホなバイトがブッチしやがって、倉庫がパンク状態らしいわ。面倒くせぇ……」


 明らかに機嫌の悪い達彦の肩を叩く駿。


「太、亜由美のこと、頼むな」

「うん、家まで送っていくよ。姉御、行こっか」

「駿、さっちゃんをよろしくね」

「あいよ」


 三人に手を挙げて見送った駿と幸子。

 三人も手を挙げて、駅の方へ去っていく。


「そんじゃ、さっちゃん。行こうか」

「はい!」


 ふたりは、駅に背を向けて、ライブハウスのある繁華街の方へと向かっていった。


 ◇ ◇ ◇


「じゃあな、太、亜由美を頼むな」


 駅の構内に消えていった達彦。

 達彦と別れた亜由美と太は、北口のバスターミナルへと歩いていく。


「ねぇ、姉御」

「ん?」

「いいの?」

「何が?」

「駿のこと。さっちゃんに取られちゃうよ」

「…………」


 無言になる亜由美。


「何かさぁ、実はね、よく分かんなくなっちゃんてんのよ、私……」

「何が?」

「うーんと……駿のことはもちろん好きよ。それは間違いない」

「うん」

「でもね、恋愛的な意味で好きなのか、自分でもよく分からないの……」


 亜由美は、寂しそうな顔で視線を落とした。


「小学生の時に駿と出会って、アイツ当時から人たらしだったから、好きになっちゃって……でも、中二の時にアイツ『彼女ができた』って大喜びしてさ。私も一緒に喜んであげたよ。家でワンワン泣いたけどね……何で告白しなかったんだって……」


 何も言わず、亜由美を見つめる太。


「でも、結局あんな事件に発展して……太も知ってるでしょ?」

「うん、大体の話は聞いてる」

「駿に彼女ができた時に、糸がプツンって切れた感じがしたのよ。初恋が終わったんだなって。でも、そうじゃなかった。あの時、あの女が駿を裏切っていて、私、ブチ切れたしね」


 亜由美は苦笑した。


「三年生の教室にカチ込んだらしいね」


 くすくす笑う太。


「大暴れしてやったわよ」


 亜由美は、ふっと笑みを浮かべた。


「まぁ、そんな感じで初恋が何だか宙ぶらりんな状態になっていて、そこに太が加わって、四人でバンドやるようになって……」


 空を見上げるように顔を上げる亜由美。


「今のみんなとの関係が気持ち良くて、楽しくて……」


 亜由美を優しい眼差しで見つめた太。


「駿のことは好きだし、駿のためだったら私は何でもしてあげられる……でも何か違うの……みんなと楽しく過ごしているうちに、自分の心の中で駿の立ち位置が微妙に変わってしまったんだと思う」


 太は黙って亜由美の話を聞いている。


「さっちゃんという存在が加わって、仲良くなって、駿も、さっちゃんも、お互いにまんざらじゃなくて……でも、中学生の時のように、さっちゃんに嫉妬したりとか、行動を起こせない自分に悔しがったりとか、そういう思いはあんまり無いの」

「どういうこと?」

「ふたりがうまくいくように祈っている自分がいるの」


 少し驚いた表情を見せた太。


「多分ね、宙ぶらりんになっている自分の初恋を早く終わらせたいんじゃないかなって、自分の中で決着つけたいんじゃないかなって、そんな風に思ってる」


 太は、複雑な表情を浮かべる。


「私、根性無しだからさ、駿とさっちゃんがくっついてくれれば、心の折り合いがつけられるんじゃないかって……まぁ、よく分かんないんだけどね」


 苦笑いした亜由美。


「姉御は、そんな風に考えていたんだね。ボク、まったく分からなかった……」


 スパーンッ


「いってー!」


 亜由美のキックが太の腿に入った。


「おめぇみたいなデブに、私の繊細な心がわかるわけねぇだろ!」


 ケタケタ笑う亜由美。

 太は、腿を押さえて涙目だ。


「太! 夏休み中にまたカラオケ行くぞ! 付き合え!」


 亜由美を恨みがましく見る太。


「駿とタッツンはどうせバイトだろ。さっちゃんと……あと、伊藤(キララ)たち誘おうか!」


 腿を押さえる太の背中をバンバン叩いた亜由美。


「い、いてっ! 姉御、力強すぎだよ~……」

「夏休みは目一杯楽しまないとな!」



 カラオケ帰りの夏の夜。駅前でバスを待ちながら、太とじゃれる亜由美。

 楽しそうに笑う亜由美だったが、その表情にはどこか寂しげな影が落ちていた。


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