その後の物語 4 - 石井由美子と安田武と有園透子 (3)
――由美子の自宅 居間
「なるほどね……」
お母さんに今日のショッピングモールでの出来事を話した由美子。
由美子は落ち込んでいる様子だ。
「でもね、私ホントに透子ちゃんのことをイジメるつもりなんてなかったの……」
「うん、そうよね」
「でも、実際はイジメてた……」
「ねぇ、由美子。その透子ちゃんって、どんな子なの?」
「いつもニコニコ笑ってて、絵がとっても上手で……でも……」
「でも?」
うなだれていた由美子は、さらに下を向いてしまう。
「悪口になっちゃうかも……」
「大丈夫よ、お母さんにお話ししてみて」
由美子に笑顔を向けるお母さん。
「あまり勉強できないし……運動もできないし……」
「トロいんだ?」
「うん……」
「そっか……」
少し考えていたお母さんは、自分のスマートフォンを持ち出してきた。
そして、一枚の写真を由美子に見せる。
「由美子、この写真覚えてる? ほら、この間お父さんと一緒に見たでしょ」
由美子がスマートフォンを覗くと、お母さんを含む十人位の大人の男性と女性が写っている写真が表示されていた。全員笑顔だ。
「あ、これお母さんの同窓会の……」
「そうそう、この間行ってきた同窓会の時の写真」
「お父さんが拗ねてたよ、お母さん」
くすくす笑う由美子。
「『初恋の人は今も素敵だった』って言ったら、お父さん拗ねちゃって」
「でも、お母さん、その後すぐに言ってたよね」
「『お父さんの方が断然素敵』って言ったわ! だってホントだもの」
お母さんは、由美子と笑い合った。
そして、写真に写るひとりの男性を指差すお母さん。
「このひとは?」
「お母さんの学生時代の友だちで『出っ歯』ってあだ名だったの」
由美子は、じっと写真の男性を見つめる。
「別に出っ歯じゃないよね……」
「高いお金払って、出っ歯を治したんだって」
「へぇ~」
由美子の顔を覗き込むお母さん。
「何でだと思う?」
「え……虫歯になったとか……?」
「『出っ歯』って呼ばれるのが、本当はイヤだったんだって」
お母さんは寂しそうに微笑んだ。
ハッとする由美子。
「透子ちゃんと同じだ……お母さんも……」
お母さんは続けた。
「私たちも、決してイジメようと思ってそう呼んでたわけではないことを、みんな親しみを込めて呼んでいたことを、彼は理解していたの」
「うん……」
「でもね、そう理解していたから『やめてくれ』って強く言えなかった」
「…………」
「透子ちゃんもきっと同じね」
由美子の頬に涙が伝った。
「由美子、あなたがそばかすを馬鹿にされるのが嫌なように、身体の特徴や勉強の成績、運動の得意不得意とかで、人よりも劣っていたり、人とは違っていることを言われるのが嫌な人もいるわ」
涙ながらにうなずく由美子。
「でも、仲の良いお友だちから悪気なく言われたら……笑うしかないわよね?」
由美子の脳裏に、いつも笑顔の透子の顔が浮かんだ。
「残念だけど、透子ちゃんが実際にどんな思いを抱えているかは、私たちでは分からないわ……」
「じゃあ、どうすればいいの……?」
由美子に微笑みかけるお母さん。
「分からないから、分からないままでいい……っていうのは寂しいわよね?」
由美子は頷いた。
「じゃあ、由美子。分かろうとしなさい」
「分かろうとする……」
「分かろうとしたって、透子ちゃんの心の中は分からない……でもね、分かろうとすることで、透子ちゃんが嫌がること、傷付くこと、そういうことが分かってくると思うの」
「うん……」
「相手の心の中や気持ちを分かろうとすること……それを『思いやり』って言うのよ」
「『思いやり』……」
「もちろん、勘違いしたり、思い込み過ぎたりすることだってあると思う。でも、透子ちゃんのことを思いやってのことであれば、由美子の真心はきっと透子ちゃんに伝わる。大切なのは、透子ちゃんへの『思いやり』。お母さんはそう思うわ」
「うん!」
力強く頷く由美子。
「じゃあ、由美子。これからあなたがどうするべきなのか、よく考えなさい。そして、あなたなりの答えを出して、それをお母さんに教えてちょうだい」
「わかった!」
「お母さんから由美子への宿題よ。期限は無いからよく考えてね!」
バッ
由美子はお母さんに抱きついた。
「お母さん……話を聞いてくれて、ありがとう……」
由美子の頭を撫でるお母さん。
「その優しい心を忘れないでね……」
心の霧が晴れた由美子。
由美子は自分だけでなく、クラスを巻き込んで何かできないかを考え始めていた。
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