第145話 コーラスライン (6)

 ――始業式の四日後の放課後 音楽室


 このままでは、軽音楽部との勝負にコーラス部は勝てないと感じた駿は、これまでのコーラス部の歌い方とは異なるやり方を考えた。

 それは、コーラス部の看板を背負う『リードボーカル』を設定し、倫子をそこに据えるというものである。

 最初は拒否していた倫子も、駿と部員たちからの強い要望に『リードボーカル』を取ることを決断した。


「話がまとまったみたいね」


 皆が声のした方を見ると、顧問の大谷が笑顔で立っていた。


「東雲(倫子)さん、よく決断したわね」

「大谷先生……」

「みんなも東雲さんを盛り立ててあげてね」

「はい!」


 部員たちのやる気に、笑みが溢れる大谷。


「高橋(駿)くん、さっきの話はどこで思いついたの?」


 大谷の問いに駿が答えた。


「実は、動画サイトで見た昔の『ムード歌謡』にピンと来まして」

「ワワワワ~♪ってヤツね」

「はい。コーラス部には、倫子先輩がいらっしゃるので『リードボーカル』を立てられるなって」


 不思議そうな顔をしている倫子。


「高橋くんって、そういう懐メロが好きなんですか?」

「いえ、そういうわけでは……コーラス部の魅力を伝えるのに、何かヒントが無いか、動画サイトで色んな音楽の動画を見まくってたんですよ」

「私たちのために、そこまで……」

「動画見てただけですけどね」


 駿は苦笑いした。


「東雲さん、高橋くんから色々なことをたくさん学びなさい。後輩だからって、恥ずかしがることはないわ」


 倫子を諭すように話す大谷。


「はい、大谷先生」


 真顔の倫子に、駿は悪い笑みを浮かべた。


「悪い遊びもたくさん倫子先輩に教えちゃいますから」


 クククッと笑う駿。


「高橋くん、東雲さんを悪の道に誘わないでちょうだいね」


 苦笑いで駿に釘を刺す大谷に、幸子が笑顔で話した。


「大谷先生、安心してください。駿くん、そういうことは絶対にしませんので」

「ふふふっ、そうよね」


 笑い合う幸子と大谷。


「大体、駿はチキンなんだよねー」

「根性無し~」

「意気地無しだしね……」


 ギャル軍団からの三連発。

 部員たちは、駿を見てクスクス笑っていた。


「バッカ! まだみんなにはバレてねぇんだから……!」


 慌てる駿。


「これでバレちゃいましたね、駿くん」


 ニコニコと笑みを浮かべた幸子。


「あー……まったくもう……」


 顔を赤くして、頭をかく駿に、その場で笑いが巻き起こる。


「ところで、何を歌うかは目星がついているのかしら?」


 大谷の問いに、倫子や部員たちの視線が駿に集まる。


「はい、ついています」


 期待が沸き立つ部員たち。


「みんなもいるので、一度オリジナルを聴いてもらおうかな」


 皆、興味津々だ。

 スマートフォンを取り出し、ボリュームを上げて、その曲を流す。


 その曲は、数十年前にヒットした米国ロックバンドの名バラード。

 美しい旋律と歌声、心に響くハーモニーが胸を揺さぶる。


「高橋くん、私、これ聴いたことあるわ」


 倫子の言葉に、部員たちも頷いた。


「すごく古い曲なんですが、日本では色んなドラマやCMなんかに使われているから、聴いたことがある人はとても多いと思います」


 おずおずと挙手する女子部員。


「あの……軽音楽部みたいに最近のヒット曲とかの方が……」


 駿は笑顔で頷いた。


「そうだね、それもひとつの方法だと思うし、『気軽さ』や『評価のしやすさ』という点では、最良の方法だと思う」

「じゃあ、なぜ高橋くんは古い曲を……」

「人気のある曲は、聴く人それぞれに思い入れがあったりするので、フラットな評価を得られにくい気がするんだ。『気軽』に『評価しやすい』ということは、『誰もが多種多様な厳しい目で見る』ことに直結するんじゃないかなって」

「なるほどですね……」

「今回の選曲にあたってはそのあたりを考慮して、人気のある曲ではなく『聴いたことのあるメロディ』であることと、『コーラス部の魅力を打ち出せる』ことの二点に絞って選んだんだ」

「コーラス部の魅力……」

「これはオレの勝手な思いなんだけど……コーラス部の凄さをもっと学校中に知らしめたいんだよね。野球部とか陸上部が周囲から応援されるみたいに、学校中から応援される存在にしたいんだよ、コーラス部を」


 駿の言葉に驚く女子部員。


「わ、私たちは地味ですし、そ、そんな存在には……」

「なれるよ」


 駿は、真顔で女子部員を見据えた。


「えっ……」

「必ずなれる」

「コーラス部ってスゴい! そう思ったから、私と駿くんはカーテンコールをしたんです」


 幸子は、女子部員に顔を向けて微笑む。

 駿と幸子の言葉に、意を決したように倫子が叫んだ。


「みんな、この曲で行こう! コーラス部がスゴいんだって、証明しよう!」

「はい!」


 部員たちの心がひとつになった。

 倫子や部員たちも、皆笑顔を浮かべている。

 大谷も、その様子を見て満足そうだ。

 提案が受け入れられ、ホッと安堵する駿。


「それじゃ、本番に向けた練習についてなんだけど……早朝を練習の時間に充てたいんだ……みんな、どうかな?」


 皆、笑顔で頷いていた。


「高橋くん、みんな大丈夫だと思うわ。もちろん、私も」

「軽音のヤツらにあまり手の内は見せたくないんだよね。だから、早朝は今回の曲の練習、放課後は基本の復習と助っ人たちの指導をお願いしたいんだ。みんな、それでいいかい?」

「はい!」

「超いい返事!」


 皆の間に笑いが漏れる。


「ジュリアたちも、朝と放課後に頑張ってもらうけど、いいかい?」

「あいよー」

「了解です~」

「皆さん、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」


 キララがひとり、部員たちに頭を下げた。


「さっちゃん」

「はい」

「さっちゃんには、一個お願いがあるんだ。ちょっと負担が増えるんだけど……」

「はい! なんでも言ってください!」


 満面の笑みを浮かべる幸子。


「さっちゃん、ありがとう! あとで説明するね」


 幸子は、笑顔のまま、力強く頷いた。

 部員たちに向き直る駿。


「それと、さっちゃんだけじゃなく、オレもベースで参加するし、谷(達彦)はギター、小泉(太)はドラム、中澤(亜由美)はキーボードで参加するから。音楽研究部は、オールメンバーでバックアップするんで、みんな、よろしくな」

「はい!」


 音楽研究部という強力なバックアップに、部員たちの頬もほころんだ。


 パン パン


 手を叩く倫子。


「じゃあ、みんな! 基本に立ち返って、基礎練習から始めてください! 助っ人の皆さんは、私と一緒に声の出し方から練習しましょう」


 皆、それぞれ練習を始めた。


「大谷先生、ご覧頂いた通りですが、よろしいでしょうか?」

「問題ないわ。東雲(倫子)さんを引っ張ってくれて、ありがとう」

「お礼はまだ早いです。軽音のヤツらを、音楽室から退場させてからです」

「高橋くん、聞いたわ。音楽研究部の存続を賭けてるって……」

「最悪、オレたちは同好会に戻るだけです。でも、コーラス部はここで負けるわけにはいきません。真面目にやってるみんなが、実力のあるみんなが、バカを見るようなことだけは、絶対にさせません!」


 駿は、自分の気持ちを熱く語る。


「高橋くん……」

「大谷先生、引き続きサポートをお願いできますでしょうか」

「もちろんよ、何でも言ってちょうだい」


 ふたりは、固く握手を交わした。


 ◇ ◇ ◇


 ――同じ頃、生徒会室


 生徒会長・中山澪と、軽音楽部部長・薄井 小太郎のふたりが、折りたたみ椅子に並んで座っている。



 中山なかやまみお

 新しく生徒会長に選任された高校二年生。

 身長一五五センチメートルの痩せ型、肩にかかる位のきれいなストレートの黒髪が自慢。

 軽音楽部のグルーピーで、生徒会長に立候補したのも、生徒会の力で軽音楽部をバックアップするためで、前会長である山辺のような高い志があるわけではない。



「澪、色々調整ありがとな」


 お礼を言う小太郎に優しい笑顔を浮かべた澪。


「ううん、小太郎くんのためだもん」

「ほら……もっとこっち来いよ……」


 身体を寄せる澪の肩を抱く小太郎。


「小太郎くん、今回の件、コーラス部だけじゃなくて、音楽研究部も絡んでるって聞いたけど……」

「あぁ……アイツら、バカみてぇに青春ごっこしてるよ……ハンッ」


 小太郎は、自信あり気に笑い飛ばした。


「今時流行らないわよね」

「だろ。マジでバカだぜ、アイツら……まぁ、音楽研究部なんて、俺たちがいればいらねぇ部活だ」

「うん、小太郎くんの言う通りだわ。でも、今回の発表会で消滅するんだし、気にしなくて大丈夫よ」

「もう準備の方は……」

「バッチリよ、任せといて」


 小太郎の胸に頭を寄せる澪。


「澪は頼りになるな……」

「小太郎くんのためなら、何でもするからね」

「じゃあ、こっちをお願いしようかな……」


 澪の胸元に手を滑り込まそうとした小太郎。

 それを拒否する澪。


「ここじゃダメ! 防音で施錠できる音楽準備室じゃないんだから」

「大丈夫だって」

「大丈夫じゃないって! 見つかったら一発退学よ!」


 小太郎は、不満そうな顔を見せた。

 そんな表情に焦る澪。


「帰りに私の家においでよ。そしたら小太郎くんのしたいこと、何でもさせてあげるから、ね? ね?」

「わかったよ……ゴメンな……」

「ううん、我慢させちゃってゴメンね」

「澪が一番だよ……愛してる……」

「小太郎くん……」


 唇を重ね合わせる小太郎と澪。


 小太郎は思う。


(調子に乗りやがって! オレがやりてぇって言ってんだから、黙って股開きゃいいんだよ! オマケにこいつ、痩せぎすで抱き心地悪ぃんだよな……積極的なワリにテクはねぇし……まぁ、生徒会長にならせて、利用価値はあるからな……我慢しねぇと……)


 小太郎にとって女性とは、自分の性欲の捌け口であり、自分にとって利用価値があるか無いかだけが「女性の価値」の基準だ。


 イケメンの小太郎は、小学生の頃からモテていた。黙っていても、女子の方から寄ってくるのである。

 そして中学生になると、自分の身体を武器に小太郎へ迫る女子が次々に現れ、小太郎はそれに応えると共に、女子を利用する術を身につけていった。

 小太郎は、普通の恋愛を経験することができなかったのだ。


 その結果、性への認識や、女性への意識が大きく歪み、女性を便利な道具、そしてセックスの対象としてしか見ることができなくなっていた。

 高校生になり、女子生徒を釣るために軽音楽部を結成してからは、その歪みに拍車がかかっていった。


 そんな小太郎に、邪魔な存在が現れる。


 駿だ。


 春。亜由美の胸に手を伸ばし、駿の逆鱗に触れた小太郎は、その場で厳しい制裁を受けた。それにより、その場にいたグルーピーが去ることになり、新たな性欲の捌け口を探す必要が出てきてしまった。


 夏。ココアに性的行為を金銭で強要しようとした三年の吉村に、駿が制裁を加えたことがきっかけで、校内の女子生徒の間で駿の人気がうなぎ登りに。

 しかし、小太郎は駿に殴り倒されたことが一部で噂として残っており、さらにその駿の人気が高くなったことから、グルーピーの確保に苦労したのである。


 そして、秋。文化祭では、音楽研究部による生徒会とタッグを組んだ講堂でのミニライブが、自分たちのライブが霞んでしまうレベルの高いものだった。


 二年生になってからのこの九ヶ月間、小太郎は、常に駿から煮え湯を飲まされ続けていたのである。だからこそ、コーラス部だけでなく、駿が結成した音楽研究部をもターゲットにしたのだ。


「小太郎くん……愛してる……」

「俺も世界で一番愛しているよ……澪……」


 心にも無い言葉を吐く小太郎。

 その胸の内には、どす黒い欲望が渦巻いていた。


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