第169話 ホワイトデー - 運命の日 (2)

 ――三月十四日 ホワイトデー 学校


 ――昼休み 二年生の教室


「すみません、東雲(倫子)先輩、いらっしゃいますでしょうか」


 女子生徒に声を掛ける駿。


「あっ! 音楽研究部の高橋(駿)くんだ!」


 駿は、ニッコリ笑った。


「ちょっと待ってね! 倫子~! 愛しの高橋くんが来たよ~!」

「ちょ、ちょっと、やめてよ! た、高橋くん、どうぞ!」


 顔を赤くしながら、駿に手招きする倫子。

 駿は教室に入り、倫子の元へ向かった。


「おぅ、高橋」

「長嶺(光)先輩もいらっしゃったんですね! 丁度良かったです!」


 紙袋からクッキーの入った袋がたくさん入った小袋を取り出す駿。

 クッキーの入った袋には、ピンク色のリボンのシールが貼られている。


「ホワイトデーなので、お返しをお持ちしました。これコーラス部のみんなに渡していただけますでしょうか」

「えっ、みんなの分をそれぞれ作ってくれたの⁉」

「人数分あるはずですが、足りなかったら言ってください。後日改めてお持ちいたします」

「うわぁ、みんな絶対喜ぶわ! 高橋くん、ありがとう!」


 満面の笑みを浮かべる倫子に、思わず照れた駿。


「それと、倫子先輩にはこちらを……」


 駿は、倫子にクッキーと洋封筒を手渡した。


 クッキーの袋は、先程のものより一回り大きく、可愛いピンク色のリボンでラッピングされている。


「男の子から手作りクッキーをもらうなんて初めて! すごく嬉しいわ! これはラブレターかしら?」

「あ、いや、あの……」


 困ってしまう駿。


「うふふっ、冗談。分かってるわよ。ほら、光ちゃんにも渡してあげて」


 光にも、クッキーと洋封筒を手渡した駿。


「何か悪ぃな、あんな適当なチョコでこんなお返しもらっちゃって」

「いえ、謝恩会では、オレたちのために戦ってくれて、本当にありがとうございました」


 駿は、深々と頭を下げる。


「大好きな後輩のために声を上げるのは当たり前だろ」


 笑顔で駿の頭を撫でた光。

 倫子は微笑みながら、その様子を見守っている。


「高橋くん、本命にはあげたの?」

「えーと、これからです……」

「高橋くんなら大丈夫よ。頑張ってね」


 優しく微笑んだ倫子。


「しっかりキメてこいよ、高橋」


 光は、駿の肩をバンバンッと叩く。


「倫子先輩、長嶺先輩、ありがとうございます! じゃあ、ちょっと頑張ってきます!」

「うん、しっかりね!」

「ダメだったら、アタシとデートな!」


 苦笑いしながら、教室を出ていった駿。


「倫子ちゃんは失恋か?」

「ううん、はじめから芽がないことは分かってたから。片想いで十分」


 倫子は寂しげに笑った。


「光ちゃんこそ、良かったの?」

「アタシは、高橋と山田(幸子)の両方いただくから」


 不敵に笑う光。


「あら、欲張りなのね」

「たまに高橋、貸してやるから。押し倒して、やっちまえ」

「その日を楽しみにしてるわ、うふふっ」


 お互いに顔を見合わせて、笑い合うふたりだった。


 ◇ ◇ ◇


 ――昼休み 音楽準備室


 コンコン


 ガチャリ


「あ、いたいた」

「あら、駿」

「おう、亜由美。珍しい組み合わせだね」


 音楽準備室には、亜由美とギャル軍団の三人がいた。


「うん、今、三人にボーカルをやってほしいなって思って、色々と話し合ってたの」

「ほら、謝恩会であーしらの実力、分かっちゃったから」

「私、今度は踊っちゃう~」


 ウキウキで話すジュリアとココアを見ながら、頭を抱えるキララ。


「ウソ、ウソ。さっきから『あーしにできるかなぁ』とか、『みんなの足引っ張っちゃわない~?』とかって、自信なさげ中澤(亜由美)にすがってたから」


 キララの告発に、顔を真っ赤にしたジュリアとココア。


「バカッ! キララ、それを言うなって……!」

「う~、駿にバラしたらダメ~」


 亜由美は、クスクス笑いながら話を聞いている。


「いいじゃん! いいじゃん!」


 駿もノリノリだ。


「話、進めちゃっていい?」


 亜由美にOKサインを出す駿。


「三人のハーモニー、また聞かせてよ! 楽しみにしてるから!」


 ギャル軍団の三人は、照れくさそうにしていた。


「で、駿はどうしたの? あっ! ホワイトデーだからお返し⁉」


 一気に色めき立つ女性陣。


「うん、良ければ受け取ってもらえないかなって」


 手にしている紙袋から手作りクッキーの入った袋を取り出し、手渡した。


「えっ、まさか手作りなの⁉」


 驚くキララ。


「オマエらだって、手作りくれただろ」

「えっ? 手作りチョコをあげたの⁉」


 亜由美も驚く。


「それは、ほら……ねぇ……」


 キララは、しどろもどろになり、ジュリアとココアに救いを求める視線を送ったが、見事にスルーされた。


「それと、これ」


 洋封筒を手渡す駿。


「これは……?」


 亜由美は不思議な顔をしていた。


「まぁ、みんなへの感謝の手紙だな。口じゃ上手く言えないからさ」

「今、読んでもいいかしら?」

「うん、かまわないよ」


 四人は洋封筒を開封して、駿からの手紙を読み始める――


 ――そして、ゆっくりと顔を上げた亜由美。


「駿」

「うん」

「決心したんだね」

「あぁ」

「さっちゃん泣かしたら、承知しないからね!」

「わかってる」

「がんばって。応援してるよ」


 優しい笑顔を浮かべる亜由美。


「ありがとう」


 駿は、亜由美に微笑んだ。


「駿も勝負の時か」

「ダメだったら、あーしが慰めてあげっから」

「私もぎゅ~ってしてあげる~」


 ギャル軍団の三人もニコニコと駿を見ている。


「まぁ、頑張ってみるよ」


 三人は揃って、駿にニカッと笑ってサムズアップを送った。

 笑顔でサムズアップを返す駿。


「話し合いの最中に悪かったな。方向性が決まったら、オレも混ぜてくれ」


 亜由美がOKサインを出した。


「じゃあな」


 ガチャリ バタンッ


 音楽準備室から駿が出ていく。


 手紙には、それぞれへの感謝の言葉が綴られていた。それは一言で言えば『あなたは大切な友達です』という、とても嬉しい内容だった。

 しかし、四人は手紙に込められたもう一つの思いを感じ取る。


 『あなたは恋愛の対象ではありません』


 その手紙に、愛や恋を感じさせる言葉はなかったのだ。

 駿からの初めての意思表示だったのかもしれない。

 大切な友達を傷付けまいと、少しでも柔らかい表現をしようとする、駿なりの優しい気持ちも感じ取っていた。だから、四人は冷静に対処できたのだ。


「そっか……いよいよ、さっちゃんと……」

「遅いくらいじゃね? あーし、ずっと待ってたし」

「駿は優しすぎて、慎重なんだよ~」


 少し寂しげな笑みを浮かべるギャル軍団。


「まぁ、喜ばしいことだよ。中澤も喜ん……お、おい、中澤」


 キララは驚いた。


「ゴメン……」


 亜由美が涙を零していたのだ。


「ジュリア!」


 キララに声を掛けられたジュリアは頷く。


 カチャン


 扉のカギを締めたジュリア。


 キララが亜由美に寄り添うと、亜由美はポツリポツリと心に押し留めていた気持ちを語り始めた。


「小学生の頃から駿が好きで……中学の時、駿に彼女ができて……でも、あんなことがあって……」

「あー……例のサッカー部の件か。あーしも話聞いて腹立ったよ」


 顔をしかめるジュリア。


「失恋したのか、してないのか……自分の初恋がずっと宙に浮いてて……でも、さっちゃんと出会って……駿も、さっちゃんも、お互いに惹かれ合ってるのが分かって……私もようやく諦められるって……踏ん切りがつくって……」

「中澤、オマエそんな想いを抱えてたのか……」


 キララは、初めて触れる亜由美の本心に驚いた。


「でも……初詣でヤクザみたいな人たちとトラブルになったの……その時、駿が命がけで助けてくれて……その時、分かったの……全然吹っ切れてないって……駿を好きな気持ちが消えてないって……」

「中澤……」


 亜由美を気遣うココア。


「やっぱり私、駿が好きだったの……大好きなの……でも、さっちゃんのことを考えると……身動きできなくて……どうしたらいいのか分からなくて……」


 音楽準備室の床に、亜由美の涙の跡が増えていく。

 そんな亜由美を抱きしめるキララ。


「辛い恋をしてたんだな……気付けなくてゴメンな、中澤……」


 キララの胸の中で小さく嗚咽を漏らしながら、涙をこぼす亜由美。


「泣かないでくれよ……オマエがそんなじゃ、私だって……私だって……」


 キララは、唇を震わせた。


 ふたりを包み込むように抱きしめるジュリアとココア。


「あのね、私とジュリアちゃん、決めたの~……」

「駿がさっちゃんと付き合うことになっても、あーしら、駿を好きでいようって……」


 亜由美とキララは、涙に濡れた顔を上げた。


「駿をさっちゃんから取るとか、そういうんじゃないよ~」

「逆に、ふたりを応援しようって、ね、ココア!」


 笑顔で頷くココア。


「ほら、あーしたち、駿以外の男は信用できないし……」

「正直、駿以外は気持ち悪い~……」

「だからさ、片想いのままでもいいから、駿を好きでいたいなって」

「駿がさっちゃんと付き合っても、私、駿のためなら何でもできるよ~」


 亜由美とキララは、嬉しそうに笑うジュリアとココアを見て、笑顔が戻った。


「まぁ、私も、この学校に興味のある男はいないし……私もそうしようかな。でも、ちょっと不毛だけどな」


 苦笑いするキララ。


「いいじゃん、不毛でも。彼女のいる駿の役に立ちたい……それだけだよ」

「私たちが良ければ、それでいいと思うの~。笑うヤツは、笑わしとけ~!」


 ジュリアとココアは、明るく笑っていた。


「そうだな、ふたりの言う通りだな。いい男が見つかるまでは、私も駿を好きでいるか」


 キララの言葉に、大喜びするジュリアとココア。


「ね、ねぇ……私も……仲間に入れてくれる……?」


 うつむき気味な亜由美は、恥ずかしそうにつぶやいた。

 そんな亜由美を満面の笑みで抱きしめるココア。


「当たり前だよ~、中澤も仲間だよ~」


「ホントは、三人がすごく羨ましかったんだ……いつも仲良くていいなって……ありがとう、竹中……」

「ココアだよ~」

「えっ?」

「仲間なんだから、ココアって呼んでくれなきゃイヤ~」


 自分の大きな胸に、亜由美の顔をうずめさせたココア。

 亜由美は、嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 むぎゅっ


「やんっ!」

「ココアのオッパイ、大きくて柔らか~い」

「そうでしょ~、うふふふ」


 顔を上げた亜由美。


「ココア、私も亜由美でいいからね」

「うん! 亜由美ちゃんだね~」


 亜由美は、ジュリアとキララに向き直る。


「ふたりも、亜由美って呼んで」

「ありがと。あーしもジュリアでいいからな」

「もちろん私はキララで」


 四人は顔を見合わせながら、楽しそうに笑い合った。


 ――後に噂となる「(駿以外の)男を相手にしない極上ギャル四人組」、誕生の瞬間である。


「あと、心配なのは、さっちゃんだね……」

「うん……亜由美も気付いてたかと思うけど、最近様子がおかしかったし……」


 心配そうな顔をしている亜由美とキララ。


「さっちゃん、前に『私じゃダメだ』って言ってた……」

「実はそれ、私も聞いてて……私たちを『応援してる』って……」

「えー……勇気出して、チョコをあげたって聞いてはいるけど……」

「駿のことは好きなのに、抱えちゃってるものが邪魔して、駿の気持ちを受け止めきれないみたいなんだよね……」


 ココアとジュリアは、不安そうな表情を浮かべている。


「さっちゃんには、駿と幸せになってほしい~……」

「でも、今からあーしたちにできることなんてあるかな……?」


 誰もすぐにはその答えが出せず、四人は頭を悩ませた。


 ◇ ◇ ◇


(さて、早く教室に戻らないと……さっちゃんにクッキー渡さなきゃ……)


 残り時間の少ない昼休み。

 駿は、教室へ足早に戻っていった。


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