第239話

 カイルの絶句を、マイカちゃんは物ともしていない。私に恐れ戦いているんだ、なんてポジティブに解釈してるからじゃないだろう。単純に、カイルにどう思われようとどうだっていいからだ。舐められさえしなければ。


 そうして再び二人は魔法で牽制し合い、時には物理でも攻防を繰り広げた。私のことなんて、カイルは元々眼中にない。それはそうだ、私は今のマイカちゃんよりも弱いし、私を倒してもこの結界は解けないから。

 炎や氷が飛び交ったと思えば、次の瞬間には肉食獣の首がマイカちゃんに噛み付くようにして飛んで行き、それを斬り捨ててクリアしている。生き物の顔なんて、意味無く斬りたがる人はいないだろう。そういう意味で、カイルは徹底していると思った。僅かな綻びから、マイカちゃんを崩そうと必死なのだろう。


 だけど、マイカちゃんは眉一つ動かさない。たまに格好いい詠唱が出来たら満足げに口元を緩めるだけ。彼女だってそんな状態がいつまでも続くとは誰も思っていないだろう。いくら剣を手に入れたとはいえ、カイルがただ黙って手をこまねいているつもりは無いということくらい、分かってるはずだ。

 マイカちゃんが気丈に振る舞っていられるのは、私を信じているからだ。これまでだって、こんな場面は幾度もあったんだから。


 ——ラン、分かってるわよね

 ——うん


 マイカちゃんは私に思考を飛ばした。意識というよりは、剣同士が共鳴しているような感じ。旧伝説の剣と新伝説の剣を持つ者同士が成せる技、なのかもしれない。原理は分からないけど、誰に邪魔されることなく彼女と意思疎通できる術があるのは素直に有り難い。


「ルナティック・クリムゾン……!」

「ふん! まだまだぁ!」

「からのぉ! ルナディック・リベリオン!!」

「むっ……!」


 微妙に韻踏むのやめなよ、と言いそうになったけど、魔法の威力についてはピカイチだったので黙った。

 用心深そうなカイルですら、まさか即興の詠唱魔法で上位魔法の用意があるとは思っていなかったようで、今の攻撃で少しダメージが入った風に見える。だけど、百パーセントのダメージを負わせれば彼が倒れるとして、まだ数パーセントしか与えられていないと思う。状況が好転したと言えるような攻撃ではなかった。

 私は、たまに飛んでくるグロテスクな生き物のパーツを叩いていた。マイカちゃんの方が明らかに負担が多いのに、妙案が思い付かない。


 視界の端っこでは、黒い霧の向こうで、レイさんの光の手が暴れているのが見えた。盗み見てみると、体を起こそうとしたウェンを叩いたらしかった。ウェン、死んでなかったんだ……。少し視線を奥に向けると、クロちゃんの魔法でヴォルフを動けなくしているようだった。

 フオちゃんとニールは、もう戦えないはずだ。特にニールは、ただでさえフラフラだったのに、この結界をこじ開けるのに力を貸してくれた。なのに、彼女は今もフオちゃんに寄り添って、無防備な状態のまま、その場から離れようとしない。その傍らには二人を守るようにクーが目を光らせていた。

 みんなが、自分の戦いをしていると思った。足止めをしてくれているレイさんとクロちゃんはもちろん、その場に留まることを選んだフオちゃんとニールも、二人を守ろうとするクーも。みんなが、ぞれぞれの理由で、意味があってそこに居た。


 迷うことなんて、もう何もない。始めから無かったつもりだったのに。

 勇敢な仲間の姿を見て、何かが吹っ切れた気がする。自分でも自覚していなかった恐怖すら、仲間が吹き飛ばしてくれた。

 私はマイカちゃんに思念を飛ばして提案する。それは実にシンプルなものだった。


 ——カイルの言うことは正しいよね。だから、結界を解いて戦うしかないと思う

 ——ランの方でどうにかできないの!?

 ——私、マイカちゃんの体質について、あんまり悪口は言いたくないな……

 ——何よ!!


 かなりムスッとしてしまったけど、私の言わんとしていることは伝わったらしい。無理なものは無理なのだ。この空間の維持を私が引き継げれば、別の戦い方も出来たかも知れないけど……この箱庭は私の体質と、マイカちゃんの詠唱力と、蓄えられた女神たちの力、全ての条件が揃ってやっと実現できるような、途方も無い代物だ。

 だけど、ただマイカちゃんの体質をイジって終わりになんて、するハズがない。


 マイカちゃんに時間を稼いでらもって、いつもと同じように私がなんとかする方法を考える。

 本当に、いつもと同じ。


 ——……マイカちゃん、一発勝負だよ。

 ——なんでもいいわ。


 こういうときのマイカちゃんは本当にかっこいい。動揺も強がりもせず、ただ私の言葉を待っている。必要なことであればなんだってしてみせるって、その目が言ってるんだ。


 ——しばらくは苦戦してるように振る舞ってくれる?

 ——そのように振る舞うっていうか、実際そうなんだけど

 ——うん、そのまま続けて


 まるで普段の会話みたいだ。私もマイカちゃんも自然と思念で語り合っていて、これが周りの人に聞こえていないだなんて、にわかには信じられない。


 ——私が合図したら、私にくっついたまま結界を解いて

 ——バカじゃないの! そんなことしたら街が……!

 ——分かってる。だから、結界を解く直前、空間を90度回して欲しい


 きっとできるはずだ。ただの障壁が、私達とみんなとを隔てているワケじゃない。この箱庭の中には、独自の重力が働いており、質量があると見ている。

 箱庭って、そういう意味じゃないんだけど……でも、マイカちゃんのことだから、文字通り箱状の小さな空間をイメージしてここを作ったんじゃないかなって。私はそう思う。


 ——どういうこと……?

 ——真正面にいるあいつが、私達の真上にくるように、くるっと90度回せない?

 ――なるほど……そうね。多分、できると思う


 狙いを理解しきれない彼女の横顔を見つめながら、私はガッツポーズをしそうになった。打ち合わせしてるのがバレたら台無しだからしなかったけど。

 最大の難関とも言える課題がなんとなりそうだと分かったんだ。あとは一か八か、精一杯やるしかない。

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