第8話

 岩ばかりのごつごつとした山岳地帯を抜けて、植物の姿も見慣れてきた。あと少しで馬車が行き来している場所だ。とりあえずそこまで歩いていけば、少しのお金を払って、街まで運んでもらう。戦闘で助けられてるし、結果的に拉致る形になってしまったので、マイカちゃんの旅費は私が出そうと思う。自分の負担が無いならば、彼女も馬車を断る理由がないだろう。


「馬車に乗って街まで行こうね」

「……は?」

「何? 筋トレの為に走りたいの? 別に止めないけど……」


 要するに私のスピードに付いてきてくれればそれでいいのだ。彼女がしたいというのなら、私は止めたりしない。


「はぁ!? なんでそういう話になるわけ!? 私は、そんなところまで行ったら今日中に家に帰れなくなるじゃんって言いたいの!」

「そもそも私は今日中に家に帰れるなんて最初っから言ってないし、何も知らずについてくるって言ったのはマイカちゃんでしょ」

「はぁ? そうだけど? 分かった上で文句言ってんだけど?」

「暴君かな」


 マイカちゃんはイライラしながら私を睨みつけているようだけど、私だって譲れない。マチスさん達が血眼になってマイカちゃんを探している姿を想像すると、すごく辛い。だけど私は戻らない。それに、先に街に帰った彼女が要らんことを言うかもしれない、っていうか言う。確実に。絶対言う。


「そっか」

「何?」

「先に帰れば? って言おうとしたんだけど、私があの街を目指してるって他の人に言われると、困るんだよね」

「……ラン?」

「マイカちゃん、悪いけど、少なくとも一週間は付き合ってもらうよ」

「……はぁ!?」


 話をしながら歩いていると、道の向こうに馬車の待機所が見えた。やっと歩きともおさらばかと思ったのに、マイカちゃんは私の服の裾をぐっと引っ張る。マイカちゃんがやると千切れそうだからやめてほしいんだけど。


「乗りたくない」

「なんでよ。そんなこと言ったって、先を急いでるし」

「……やだ」

「小さい子じゃないんだから。お金は私が出すよ。他に何が不満?」

「……私、乗り物、酔うの」

「あー……」


 私は待ち合い所に着くと、木のベンチに腰掛けた。その様子に、さすがのマイカちゃんも面食らっているようだ。


「私の話、聞いてた?」

「うん。でもね、馬車くらい慣れないと。とっておきの秘策があるから大丈夫だよ」


 私はとりあえず隣にマイカちゃんを着席させて、馬車を待たせる。どうにかして連れていかないと、勝手に帰られて私が妙な動きをしていることを色んな人にバラされたら困るし。そうなると、もうあの街を救う手だてはなくなる。要するにこっちも真剣なのだ。


「乗り物酔いする人がなんで酔うか分かる?」

「知らないわよ」

「あのね、リズムの取り方がいけないの」

「は? 乗り物でリズム? 意味分かんないんだけど。何言ってんの?」


 うん、私も自分で「何言ってんの?」って思ってる。だけど、ここで挫けたら意味不明な嘘を言った女に成り下がってしまう。私はこの謎の言い分に乗って、彼女の説得をするため、踏ん張り続けた。


「あー、そこからかー……」

「え……?」


 やれやれ、そんな嘲笑をしそうな態度で彼女を見る。私の演技に気合いが入っているせいか、マイカちゃんは信じかけている。ここまでくれば、彼女が次にどんな言葉を発するか、もうお分かりだろう。


「ど、どうすればいいのよ」


 かかった! 私は喜びを表情に出さないようにしながら、あえて淡々と告げた。酔わない人の膝の上に乗るんだよ、と。

 この待ち合い室に私達以外の人間がいなくてよかった。本当の本当に。もし居たら「うわ、あいつヤバい」という視線を独り占めしてたと思う。


「ほら、ね」

「ひ、膝、いいの? 私、重いかも」

「いいよ。マイカちゃん一人くらい、膝に乗せるくらい。軽そうだし、抱っこだってできそう」


 私は何とか彼女を言い包めようと言葉を尽くす。肩を抱いて、ね? と言ってみると、彼女自身も乗り物酔いを克服したかったのか、想像していたよりも簡単に頷いてくれた。

 馬車が何時に来るのかは分からない。だけど、行ったり来たりを繰り返している馬車は時間を問わず動いているはずだ。待っていれば来るだろう。


 私達の体力が回復して暇を持て余し始めた頃、ようやく馬車が到着した。街に到着するのは明け方になるかもしれない。馬車の中で眠って過ごそうと話をしながら馬車に乗り込むと、発車前に運賃を払う。


「よろしくお願いします」

「えぇ。ご旅行ですか?」

「まぁ、そんなところですね」


 私は手綱を握るおじさんに会釈して中に乗り込む。まさか「黒の柱をぶっ壊しにいきます」とは言えないので、私達は女二人で旅行している、ということになった。

 打ち合わせ通り、マイカちゃんを膝に乗せる。たまに身を乗り出して顔色を窺っていたんだけど、彼女の可愛らしい顔はものの数分で青ざめ、それからカーブが続くガタガタとした道に差し掛かったところで、口からキラキラしたものを吐き出した。私のズボンにめっちゃかかってる。

 あとおじさんがすっごい何度も振り向いてる。そりゃ振り向くよね。女二人の旅行で相方がゲロゲロに吐いてたら。しかも私、わりと平然としてるし。っていうかスペース空いてるのになんで膝に乗せてんのって感じだし。


「ランー……」

「あぁ、うん。掃除は私がするから。とりあえずマイカちゃんはこの場を耐え忍ぶことだけに集中して」

「全然、楽にならないじゃない……」

「あ、横になる? 思ったより座席広いし、いいよ。私隅っこ座っとくから」


 抗議をされたけど、さらっと話を逸らして、少し強引に彼女を寝かせた。夜のうちは仮眠を取っておこうと思ったけど、この香しい匂いの中で眠れるか、少し不安だ。

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