第131話


 腹をとんでもない勢いで殴られたオオノが少し回復したのを見届けると、私は言った。


「私さ。エビルKの氷、解いた方がいいかもって思ってる」

「はぁ!?」


 マイカちゃんとマトの声が重なる。

 だから、この結論に至った理由について話すことにした。


「そりゃ、あいつを殺したら、もしかしたら本当にドボルが生まれない世の中になるかもしれないよ。他にエビルKと同じ種類の魔族がいなければ、だけど」

「そうだよ。少なくともあいつは、この街の人間を殺してるんだ。居なくなった方が」

「でも……そしたらオオノ、失業しちゃうかもよ。すぐってことはないだろうけど。二人にとってここ以上に住みやすい街って無いんじゃない?」

「俺のことなんてどうだっていい。元々俺は」

「もう一発いっとく?」

「なんでもない……」


 何かを言おうとしていたオオノだったけど、マイカちゃんが笑顔で拳を構えると、そっと静かになった。本当に痛かったんだろうな……あんなパンチ、私ですら食らったことないもん……。


「もちろん、それだけが理由じゃないよ。あいつは大きな力を持ってる。トドメをさせなかった理由の一つとして、あいつが中級の魔族っていうのはあると思う。居なくなったら、周辺のモンスター達のパワーバランスが崩れて、今よりも酷いことになるかもしれない」

「それは……」


 やろうと思えば、エビルKを殺すことはできると思う。ただ、本当にそうする必要があるかを、マト達には冷静になって考えてみてほしい。当たり前だけど、殺しちゃったら生き返らせることはできないんだから。


「オオノは自分の魔法の負の部分について、もう少しバランスを考えてみてくれるかな。それで」

「いや、原因は分かってる。多分できる」

「へ?」


 それさえできれば。全てはこの前提で成り立っている提案だった。肝とも言える事柄について、オオノはいとも簡単に出来ると言ってのけた。


「最近、全然マトとゆっくりできてなかったから……」

「えぇ……」

「ラン、お前は闇属性しか扱えない奴の精神状態と魔力の繋がりを分かってないだろ。暗い気持ちでいると強い力を発揮できるけど、その代償として最悪命を落とすかもしれない、そういう業を背負ってるんだよ、俺らは」

「それは、なんとなく分かるけど……」


 マトがすごい呆れた顔してる。お前が忙しくしてたんだろうがって思ってそう。でもまんざらでもなさそうだし、この問題についてはわりとすぐに解決しそうだ。

 オオノが落ち着くまでは、私が代わりをしてあげればいいだろうし。というか、ドボルが新しく生まれなくなった今、門番だけでそれなりに対処できる気もする。


「精霊と女神の力で封印してるから氷はすぐに溶けるようなものじゃないんだ」

「そーなのか。ランってすげぇんだな」

「そんなことないよ。すごいのは女神達ね。とりあえず、オオノの魔力が落ち着いた頃にまた来るから」

「わ、分かった。どれくらいで落ち着くものなんだ?」


 マトはオオノと私を交互に見て問う。オオノはどれくらいか見当がつかないらしく、腕を組んで唸っていた。


「私も専門じゃないからよく分からないんだけど……人によって全然違うんだよね、こういうのって。精神的な部分も深く関わってくるし。でも、欲求の形もはっきりしてるし、数日ってとこじゃない?」

「そっか、分かった」


 それから、私達は先にオオノのお見舞いをしてきた、という事にして、簡単に調査の報告をした。もちろんオオノの力が関わっていることは伏せている。

 周りの生態系の影響も考えて、奴を殺すのは得策ではない。あいつに殺されてきた生き物が抑止力を失って街を脅かす可能性がある、そんなことを言ったと思う。これについては可能性の話だけど、嘘ではない。

 また、私の魔法で少し分裂力を抑えたとも伝えた。これについては完全に嘘だ。だけど、これからのドボルは以前のようなミニサイズに戻るだろう。オオノが自分の魔法との繋がりを知ったのだから。ま、結果はちゃんと出るだろうし、関係者以外が本当のことを知る必要はない。


 城壁の休憩室を出た私達は、宿へと帰っているところだった。まだ辺りは完全に暗くはなっていないくらいの時間だったけど、昨日色々あってほとんど寝ていない状態で魔族と戦闘をしたのでへとへとだ。


「ほーんと、ランってお人良しよね」

「そう? でもさ」

「分かってる。ランは駆逐じゃなくて、共存したいのよね」

「……そうだね。もちろん、舐めて掛かっていい相手だとは思ってないよ。でもさ、この街にはせっかくオオノっていう調整役がいるんだし、無闇に殺したりする必要ないんじゃないかなって」

「……」

「マイカちゃん?」


 マイカちゃんは立ち止まってこっちを見ていた。少し考えてやっと理由に気付く。控えめに差し出された手を取って謝る。


「ごめん、まだ自然に出来ないや」


 手を繋ぎたいって、それくらい素直に言えばいいのに。普段はズバズバ言うくせに、こういう時だけしおらしいから難しいよ。


「……マイカちゃんは、これ楽しい?」

「楽しい……」

「そっか」

「ランは、楽しくない?」

「え? うーん。楽しい、とはちょっと違うかな」

「そう……」

「小手してても、マイカちゃんの手の小ささが分かって可愛いなーとか。そういうのは思うかも」

「はぁ!?」

「いだいいだいいだい!!!」


 小手を付けたまま握りしめるのは本当にやめて。私の左手死んじゃうから。鍛冶屋にとって手ってめちゃくちゃ大事だから。

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