第249話

 夕方、その日の作業を終えて、私はマイカちゃんの家を訪ねていた。というか、マチスさん達の家を。メリーさんが出迎えてくれて、リビングに通される。床を見ると、新しい傷が付いていた。私が剣を放り投げた時に付いた傷かも。鎮火の為だったとはいえ、少し申し訳ない。


「もう少しで作業落ち着くみたいだから、これでも飲んで待っててくれる?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「マイカは配達を頼まれて出てるけど、そろそろ戻ってくるから安心して」


 メリーさんは私の向かいに座って、カップを揺らしては縁に口を付けている。その仕草に懐かしさを覚え、出されたお茶を飲んでまた懐かしさに襲われた。


「久々ね、四人が揃うの」

「そうですね。……あの、本当にすみませんでした」

「え?」

「成り行きとはいえ、あの子を危険な旅に連れ出してしまって」

「……マイカはもう大人だもの。ランちゃんに責任なんてないわ」


 少ししんみりとしている私を見て、メリーさんは優しく笑った。彼女はそう言ってくれたけど、マチスさんがリビングに来たら、やっぱりそのことを謝らなきゃいけないと思う。もしかしたら、私の自己満足かもしれないけど、言わなきゃ気が済まないっていうか。

 そんな風に考えていたのに、ドカドカと階段を駆け上がる音に思考が吹っ飛んだ。


「えっ、何この音」

「ちょっとあなた……?」

「私よ!」


 何故か誇らしげに登場したのはクーを肩に乗せたマイカちゃんだった。どうやらダッシュで戻って来てくれたようだ。


「よかった……もう話終わってるかと思ったわ……」


 そう言ってマイカちゃんは、自然に私の隣の椅子を引いた。マイカちゃんの向かい、メリーさんの隣の空席にマチスさんが着けば、全員が揃う。


「配達お疲れさま」

「クーが乗せてってくれたからそれほど大変でもなかったわよ」

「そっか、クーもお疲れ様」

「クォー!」


 クーはテーブルの上に置かれた革製の箱の上に腰掛けて私を見た。この椅子はマチスさんがクーに合わせて作ってくれたらしい。よく見ると武器の装飾に使われる上等な本革が使用されている。クーがその価値を理解しているかは分からないけど、気に入っていることは確かだ。足をパタパタさせて、マイカちゃんから受け取った木の実をポリポリしている。

 私が出してあげようと思ったんだけど、いつも腰のあたりにぶら下げていた鞄が、今はない。そんな些細なことで、故郷に帰ってきたんだということを思い出して、なんだかちょっと寂しく感じる。


「あ、パパ」

「すまない、待たせたな。グレイスの家のドアの蝶番を作り直してやってたところだったんだ」

「そうだったんですか」


 最近のマチスさんはほとんど建具屋さんみたいになっている。激しい戦いで多くの家屋がダメージを受けたので、需要と供給が明らかにマッチしていない。私も簡単なものなら作ってあげられるんだけど、最近は精霊の力を借りて別の形で作業していることが多いから、ほとんど彼に任せっきりだ。


「聞いたぞ、マイカはランの家で暮らすんだろう?」

「……はい?」


 うん? え?


「あぁ、昨日言っておいたのよ。明日ランが結婚的な挨拶に来るからって」

「そう、なんだ……」


 まさかそんな形でネタバレしているとは思わず、私は硬直してしまった。よく考えたら、事前に知らせておいてもらった方が私としては助かるんだけど……これまで、何度も見てきたはずのマチスさんの顔を見るのが、ちょっと怖い。だけど、ちゃんと言わなきゃ。


「えっと」

「いい、みなまで言うな。マイカから、ミデスが亡くなった時のことも話したと聞いている。娘二人が幸せに暮らせるなら、他に俺から言うことはない」

「私もよ。でも、一つだけ約束して」

「はい」

「たまにはうちで、みんなでご飯食べましょうね」


 メリーさんはそう言って笑った。私は胸に込み上げるものを感じながら、はいとだけ答えた。クーは声をあげて立ち上がり、マチスさん達のところへと、テーブルの上をとてとてと移動している。

 正直言うと、二人に反対されるとは、あんまり思ってなかった。マチスさんは無愛想でも優しい人だし、メリーさんが誰かをそんな理由で差別したり、嫌ったりしているところを見たことが無かったから。だけど、自分の娘がちゃんと幸せになれるかどうかは無関心でいる方が難しいだろう。

 初めから分かってたとでも言いたげな二人の態度に、緊張の糸が切れたのを感じた。それからは旅の話をした。長い長い、旅の話を。メリーさんはユーグリアの街の話に興味を示した。マチスさんが女装するところを想像してずっと笑ってる。申し訳ないけど、私もちょっと笑っちゃった。


「マイカから断片的には聞いていたけど、本当に大冒険だったのね、二人とも」

「はい。だけど、やっと帰って来れました」


 私達は、旅を始めた頃には考えられないくらいのことを成し遂げて戻ってきた。新たな封印を作って街を守って、勇者と戦って和解して。

 封印の剣は子供達のいいオモチャになっていた。もちろん、それを振り回して遊ばせることは無いけど。多分、ほとんどの子供があれを手に取っただろう。

 順番待ちで喧嘩するから、私が昔作った出来の悪いレプリカまで出動する事態となった。本物の方も消火に使った時の影響か、煤けてしまったからかなり似ている。


「アレも、そろそろ戻さないとね」

「あれって?」

「剣だよ、広場に刺さってた」

「そういえばそうね」

「夕飯作って待ってるから。二人は広場に剣を戻してきたら?」

「それがいい。あそこに剣が刺さっていないと、俺もなんだか違和感があるしな」


 彼の言う通りだと思った。あれは私達にとって大切な風景の一部だ。

 私とマイカちゃんは、私の家に保管されている剣を取りに行くことにした。広場に辿り着くと、あることを思い出して、マイカちゃんに家の鍵を渡した。


「何よ」

「私の家の鍵。これからはマイカちゃんの家でもあるんだから、渡しておこうと思って」

「……!」


 人目があるにも関わらず、マイカちゃんは私の首に勢いよく抱きついてきた。ちょっと恥ずかしかったけど、悪い気はしない。


「じゃあランはここで待ってて。私が取ってくるわ」

「え? あ、あぁ、うん」


 私がここで待ってる意味……とは思ったけど、一人で新しい自宅に帰ろうとするマイカちゃんを止める気にはならなかった。気を付けてねーと手を振って見送ると、台座のところまで移動する。

 この台座から感じる、迸るような魔力は、そのままハロルドに住まう人々の生命力だ。清々しいほどに澄んでいていて、力強い魔力。街には爪痕が残っているけど、それでも、私達は大丈夫。これからもきっとやっていける。だって、こんなにも強い力が、台座に宿っているんだから。


「お待たせ!」

「早かったね、じゃあ……戻そっか」

「そうね」


 マイカちゃんから剣を受け取ると、私は柄を掴んで、穴へと刀身を差し込んだ。その場に居合わせた人達から拍手が湧く。


 剣は台座に刺された瞬間に、魔力を帯びたのが分かった。ひび割れていた台座が一瞬で再生する。そして、すぐに違和感を感じた。


「これ、汚いよね」

「そりゃ、ランが私の家に鎮火に使ったから煤けてるんでしょ」

「う、うん」


 ちょっと綺麗にしてから刺せばよかったかなとか、そういう問題じゃない。いや、それもちょっと思ったけど、そういうんじゃなくて。なんか違和感がある。


「…………」


 剣を観察してみると、柄に傷が入っていた。私が駆け出しの頃に作ったレプリカと、同じところに。


「………………」


 え? ヤバいよね?

 だけど、多くの人が見ている前でそんなことは言えない。私はマイカちゃんにだけ聞こえるように、小声で呟いた。


「これ、抜けるかな?」

「はぁ? 何言ってんのよ」

「だから、その」

「……? 行くわよ、ラン」

「あ、う、うん」


 マイカちゃんが背を見せた隙に、私は剣を引っ張った。祝詞の力は失われているらしく、剣はもうビクともしなかった。これまで見て来た自称勇者と同じことをしてると思うと、ちょっと恥ずかしい。

 この剣を抜くためには、四大柱に巫女を納めるしかないということ。もう、次の伝説は始まっているんだ。改めて、すごいことをしてしまったなぁと思う。


「どうしたの?」

「ううん?」


 私は自分の勘違いであることを祈りながら、マチスさん達の待つ家へと戻ることにした。

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