第248話
戦いは深い爪跡を遺してしまったけど、それを乗り越える力が私達にはきっとある。
街外れに簡易的な家を建てたり、元々空き家になっていたところを改装したり、ハロルドの人達は徐々にかつての生活を取り戻しつつあった。
元勇者ご一行、カイル達は数日前に旅立った。魔族について色々調べると言っていたから、ジーニアを目指したのかもしれない。私はあえて彼らの行き先を聞かなかった。人知れず旅をしたいだろうから。その代わりと言ってはなんだけど、誰にも知られないようにひっそりと旅立とうした彼らを、街のみんなで送り出してやった。
もちろん、彼のしたことは酷い。ホントに。だけど、彼がいなければ、私達はこの街の仕組みや、いつか迎えていたかもしれない運命について知ることはできなかった。それに、復興活動を誰よりも熱心に行っていたのはカイルだ。魔法も使えなくなってしまった体で、彼はただひたすらに汗を流し続けた。彼の門出を街の人々が祝福したことに、違和感は無い。
「やっぱり地元のごちそうって何物にも替え難いわね」
「ね。色んな国のご馳走を頂いてきたけど、やっぱりハロルドのご飯が一番落ち着くね」
私達はもぐもぐと皿に乗せた肉料理をつつきながら雑談に興じていた。
今日、カイル達のそれよりも盛大なお別れ会が開かれているのだ。巫女達がそれぞれの故郷へと帰るから。
早い段階で、レイさんと私は目安を決めた。簡易的にでも、街の人達が自分の家で眠れるようになったら。あとはハロルドの住人でなんとかする、と。
俺らは後回しでいいと、ずっと他に譲ってきた青年の兄弟が、二日前にめでたく新居を持ったのだ。巫女達の手を借りれば、作業のスピードは見違えるほど早くなる。特にクロちゃんのゴーレムと、レイさんの光の手は万能だ。だけど、いつまでも他所の人に頼ってばかりじゃいけない。
広場にはテーブルが並べられ、持ち寄られた料理やワインが、味気ない簡易テーブルを彩っていた。そして、巫女四人が住人と別れの言葉を交わしている。
「フオさん……あの、私」
「うん? また怪我したのか。あたしは今日で帰るんだから、これからはもっと気を付けろよ」
「は、はい……!」
フオちゃんは、まぁなんとなく想像はついてたけど、女の子に囲まれていた。怪我をした子の手を治癒すると微笑む。そして周囲の女の子達のとげとげしい視線が、怪我を治してもらった子に飛ぶ。おそろしいから見なかったことにして、そっと顔を背けた。
視線を逸らした先にはニールがいた。服を脱ぎながらフオちゃんに近付いている。あれはあれで何か対抗しているのかもしれないけど、ちょっと私には理解できない。ニールの気配に気付いたフオちゃんは、振り返ってすぐにはだけていた服を着させていた。もう完全に見慣れてしまった光景、そして、これからも繰り返されるであろう光景だ。
それぞれの故郷に戻るなんて言ったけど、レイさんとフオちゃんに関しては帰る家が無い。レイさんはクロちゃんの実家に寄って、しばらくお邪魔してからコタンの森の、あのひっそりとした豪邸に戻るらしい。
フオちゃんは、ニールと一緒にセイン国へ。当面は彼女の家で暮らすようだ。すっかり忘れてたけど、ニールも次期当主だし、きっと立派なお屋敷なんだろうな。そして毎日、服を脱いだり着たりするんだろう。本当のことしか言ってないのに、なんかいかがわしく感じちゃうな……。
「クロ! レイ! 残ってくれよ! な!?」
「うーん、やっぱり家に帰りたいし」
「なんなら俺らで家建ててやっから! な!?」
「いい」
レイさんとクロちゃんは、大工のおっちゃん達とすっかり仲良しになっていた。作業で彼らと過ごす事が多かったのだろう。クロちゃんはきっぱりと断りつつも、口元は少し笑っていた。別れを名残惜しみながら、みんなで握手を交わしている。
「まぁまぁ。あたしらもちょくちょく遊びに来るし」
「おう! ぜってー来いよ!」
おっちゃんの一人はそう言って、クロちゃんの手を握ったまま、ぶんぶんと上下させた。体が浮きそうなくらいに振り回されてから、彼女はやっと解放された。
「おっ、ランちゃんじゃん。楽しんでる?」
「うん。……ごめん、嘘。実を言うと、結構寂しいよ」
「そんなに寂しく思わなくてもいい。会おうと思えばいつでも会えるんだし」
クロちゃんは極めて冷静だった。そして彼女の言うことは正しい。地理的にハロルドから遠いジーニアと、ルーズランドにはもう、巫女が居ないのだから。その気になれば、クーが居ればひとっ飛びな距離に四人は暮らすことになる。
「よう。あたしらも挨拶済ませてきたし。そろそろ行くか」
「夜になるとまた名残惜しさが増しますので」
「アンタ……名残惜しいなんて感情あったのね……」
「マイカさんは私のことを珍獣か何かだと思っていらっしゃいませんか?」
「それ以外に何として接すればいいのよ」
二人の不思議な会話を、クーは私の肩の上から観戦している。そして何故かニコニコだ。すごく楽しいらしい。私はいつ会話が明後日の方向に行かないか、ハラハラしてたけど。
そうしてみんなには広場で見送ってもらって、私とマイカちゃんとクーだけが巫女に同行して祠まで向かった。そんなにたくさんの人達が入る立派な祠じゃないし、みんななんだかんだしんみりした空気が嫌なんだ。だから暗くなる前にさっくりお暇するし、見送りも少ない方がいい。
ほんっとに変人だらけの巫女だったけど、嫌な子は一人もいなかった。みんな、ハロルドのために命をかけてくれた親友だ。
「それじゃ、あたしら行くね」
「ホントに家まで送っていかなくて平気なの? クーだってきっといいって言うわよ?」
「ううん。こればっかりはね……」
明確に決別をしなければいけない理由があるということだろうか。レイさんが頑なにここで別れようとする理由については分からなかった、けど、すぐに分かった。なんでって、地上からハロルドに入るための転送陣に、何か粉を振りかけ始めたから。まさかと思うけど、これをするために人払いした? レイさんにしてはやけに感傷的過ぎるなぁと思ってたけど、そういうこと?
「一応聞くけど何してんの?」
「ここを地点登録してんの。まだ研究中の技術なんだけどさ。これだけ立派な転送陣なんだから、絶対どこかに余力があるはずなんだ? っていうか女神達がハロルドを作ったってことは神々が作った転送陣ってことでしょ? すごい力が残されまくりだと思うんだよね。手初めにこれで」
「もうアンタのそれについては慣れたからスルーするけど、みんなが転送陣使えなくなってたりしたら、コタンまで殴りに行くわよ」
「あっ、それは大丈夫、ホントに、人に迷惑はかけないよ」
マイカちゃんのあまりの剣幕に、レイさんはきゃぴっと誤摩化すように笑ってフオちゃんの後ろに隠れた。フオちゃんは、当然だけど困惑していた。そりゃするわ。
「結局なんだったの? 今の。原理とかいいから結論だけ言ってくれる?」
「ランちゃん……悪気は無いんだろうけど、あたしの説明RTAされてる感じでめっちゃ悲しい……まぁいいか。えっとね、またここに遊びに来るよってこと」
レイさんは笑った。転送陣を作れるレイさん達だけじゃなく、フオちゃん達も気軽にハロルドに来れるように考えてくれていたようだ。変人だけど、やっぱり根は優しい人だ。
「じゃ! あたしらはニール達を送ってから帰るから! またね!」
「……ラン、マイカ。旅、すごく楽しかった。ありがとう」
「あたしも。色々とありがとな。近い内、また来るからな」
「レイさんのこの実験が成功した暁には、ランさん方が我が家に遊びにくるのもやぶさかじゃなくてよ?」
「うるせぇ、早く行け」
クロちゃんに突き飛ばされて、ニールだけは先にさっと消えてしまった。あの子、最後まで相変わらずだったなぁ……。
次のハロルドのお祭りには絶対に集まろうと約束して、私達は手を振り合った。旅の色んな思い出が頭を過る。まだ戦闘の右も左も分からない時に一緒に戦ってくれたクロちゃん、ちょっと変な天才、掟に縛り付けられながらも友を思い続けたフオちゃん、ちょっとアレな変態。
彼女達が姿を消して、私達は二人で見つめ合った。そして次の瞬間、ニールが現れた。
「へ!?」
「あんた、何しに来たのよ!?」
「私だけお別れをちゃんと言ってないので! さようなら! またいつか! それでは、ごきげんよう!」
「あ、あぁ、うん、またね!」
そう言い残して、ニールは転送陣へと消えた。
本当に、巫女に悪い子はいない。ただ、ちょっとみんなイカれてて頭のネジが飛んでるっていうかネジで付けとかなきゃいけない部分をテープで適当に貼っつけてる感じのヤバい子がいるだけ。
最後の最後まで相変わらずな彼女達の振る舞いに、私達はしばらく笑い続けた。
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