ラン・フォリオという女
第250話
工房にハンマーの音が響く。私は今日も昨日と変わらない作業に励んでいた。何せ、マッシュ公国のとある派遣部隊に支給する武具の納品だ。昨日とは言わず、ここ一週間くらいはずっと同じものを作っている。上手くいけば、それも今日で終わるけど。
焦ってクオリティの低いものを作る訳にはいかない。なんて言ったって、これはマチスさんとの共同作業だから。彼の評判に泥を塗らないようにしないと。私が十人分、マチスさんはなんと倍の二十人分の武具を仕上げる契約となっていた。
依頼人はリードさんだ。彼女が大口の顧客になるなんて、旅をしている最中は思ってもみなかった。女癖とドランズチェイスに賭ける本気さは相変わらずらしい。今年こそはルークに勝つと息巻いているんだとか。
「作業はどう?」
「うぅん、そこそこかな」
「お茶淹れたわよ」
「ありがとう、そこ置いといてくれる?」
「ダメよ、今すぐ飲みなさい」
「あ、はい……」
居住スペースから現れたマイカちゃんは、一足先に小さな椅子に腰掛ける。工房の角に設置された控えめなテーブルと椅子、これらはマイカちゃんがうちに来てから新設された。
私はここで、日に数回、マイカちゃんに強制されながら休憩を取る。作業のペースが乱れることもなくはないけど、私は強要でもされなければ休憩を取らないから、ちょうどいいのかもしれない。
二人でカップを傾けていると、ノックの音が響いた。家じゃなくて工房の方のドアだ。普段ならマイカちゃんが出てくれるんだけど、ノックの音で誰か察した私達は、ドアに向かってどうぞーと声を掛けるだけで、席を立つことすらしなかった。
「やっほー」
声の主はルークだった。勝手に入ってきていいと言われるのは分かっていたらしく、慣れた様子で工房へと足を踏み入れる。ドラシーは家の前で待たせているようだ。
「ルーク、お疲れ様」
「はは。それは私の台詞だよ。どう? 順調?」
「まぁまぁかな」
「クー! ドラシーが来たわよー!」
マイカちゃんが奥に向けて声を掛けると、リビングからクーがパタパタと飛んできて、そのまま窓から外へと出て行った。きっと二人で遊んでいるのだろう。
「今日は預かりものがあるんだ。これ」
「あぁ、ありがと。こっち終わってるから、お願いして平気?」
「もちろん」
彼女から手紙を受け取り、私は箱詰めした納品物を渡す。ルークがドラシーに荷物をくくる間、私は受け取った手紙の差出人をチェックした。そこには私にも分かる文字で、マトと書かれていた。字が汚いのはご愛嬌だ。むしろ、ルクス地方の文字を勉強してくれたのはすごく嬉しい。
「お茶でも飲んでいけば?」
「ありがとう、でも今日は忙しいんだよー……また誘って欲しいな」
「そう」
「うん、じゃねー」
近所に住んでいるような気軽さで家を出て行こうとするルークの後ろ姿に、「式の日取りは決まったの?」と声を掛けてみる。ドアノブを掴んだままピタリと止まる様子を見たところ、話は思うように進んでいないらしい。
「お互い忙しくてさ。週末に話し合う予定。いつがいいとかある?」
「私達はいつでもいいよ。この仕事もそろそろ終わるし、そんなに売れっ子じゃないから」
笑ってそう答えると、ルークは手を振って工房を出て行った。外からクーとドラシーの抗議の声が聞こえて、私達は笑った。
外に出てみると、ドラシーとクーが鼻と鼻を擦り合わせて今生の別れのような挨拶を交わしているところだった。ちらっとルークを見て、まだここに居たいと視線で訴えている。ルークは「ごめんって!」と言いながら、二人を引き剥がしていた。飛び立つルークとドラシーを見送ると、私はクーを肩に乗せて工房へと戻った。
レイさんの転送陣の技術が普及すれば、流通の仕事はガラッと様変わりしてしまうのだろう。だけど、彼女は転送陣の爆発的な普及を嫌った。色々と理由を挙げていたけど……きっと彼女は、技術の発展が人々の仕事を奪うこともあると理解しているんだ。
そして、尤もらしいことを色々と言っていた彼女だけど、自分は転送陣を好きに使いまくっている。妹のサライさんとはかなり頻繁に会っているようだし、クロちゃんを連れてハロルドに遊びに来るのもしょっちゅうだ。二人ともこの街を気に入ってくれているらしい。
二人といえば、ニール達もよく来る。ニール達といえば、先日フオちゃんがニールを連れて、こっそりヒノクニに行ってきたらしい。ニールに終始圧倒されるルリは傑作だったと教えてくれた。そういえば、ユーグリアに行ったか訊かなかったな。オオノに会えたのか、今度訊いてみよう。
カイル達とは連絡を取っていない。だけど、先日街を訪れた人が、勇者様に助けてもらった、なんて言っていた。特徴から、あの三人組だと思う。一つだけ、私の知る彼らと違うところがあったけど。
彼らは、よく笑う一行だったらしい。新たな目標のために旅を続ける彼らを、私は陰ながら応援している。
「このままお昼にしたら? すぐ食べれるわよ」
「あーうん、そうしよかな」
マイカちゃんは立ち上がると、昼食の支度をしにキッチンへと向かった。マイカちゃんは案外料理が上手い。びっくりする、色んな意味で。だけど意外に思ったなんて話をしたら怒られそうだからしたことはない。多分これからもしない。
サンドイッチをお皿に乗せて戻ってきた彼女は、手紙に視線を落とした。
「そういえば、これ、マトからよね」
「そうなんだよ、わざわざルクスの文字で分かるように書いてくれてるんだ」
封を開けて中を確認すると、そこには短いながらも、愛に溢れた内容が綴られていた。
「マト、槍を作って欲しいんだってさ」
「ふぅん……? でも、なんでルークがマトから手紙を預かるのよ……?」
マイカちゃんは内容よりも、そこが気になったらしい。だけど、私は特に違和感はなかった。
「さぁ。ルークとヤヨイさんは仲が良かったし、分からなくはないかも」
「あぁ、言われてみれば」
「オオノを守ってあげたいんだってさ。可愛いね、マトは」
「そうね」
マトだけは遠慮なく可愛いと言える。女の子に言うと、マイカちゃん怒りそうだし。
手紙を戻そうとして封筒の中を見ると、そこにはもう一枚何かが添えられていた。
「あ、写真入ってる!」
「見せて!」
取り出して見ると、そこにはマトとオオノが笑顔で写っていた。何も知らない人が二人を男だと言い当てることはできないだろうと断言できるくらい、二人とも可愛い。
「私が知る限り、一番見た目麗しいカップルだわ」
「男同士だって聞いたらみんな仰天するだろうね」
ニール達も美人だと思うんだけど、そもそもカップルか分からないし。知人の関係を言い表せと言われて一番困るのがあの二人だ。実質カップルでしょって思ってるけど。本当のことは二人にしか分からない。
サンドイッチを摘みながら時計を見つめる。時間を考えると、早めに作業に戻るべきだろう。最後の一個を口に詰め込むと、私は立ち上がった。今日はメリーさんが手料理を振る舞ってくれる予定だから、遅刻は許されない。遅れたって怒ったりしないだろうけど。申し訳ないし、やっぱり温かいうちに頂きたいしね。
立ち上がって作業に戻ろうとすると、背中に声を掛けられた。
「ねぇ、ラン? その、今週、デートがしたいの」
「ふふ、いいよ。私もしたい。どこに行こっか」
「インフェルロックの外れにある鋼材を探しに行きたいの」
「そんなゴッツいデートある?」
本当に、マイカちゃんといると飽きない。普通という言葉がずっと家出してる。でも、私の興味ありそうなことを調べてくれたのはすごく嬉しい。
「……ダメ?」
「……いいけど」
断るワケない。そういう時は、マイカちゃんの美味しいランチ付きだ。クーを連れて、三人で遊びに行こう。きっと楽しい。いや、絶対に楽しいはずだ。
週末の打ち合わせが済むと、マイカちゃんはしゅばっと立ち上がって、私の背中をバンバンと叩いた。最近は発揮される機会が減ったけど、あの怪力はもちろん健在だ。
「そうと決まれば、ちゃっちゃと仕事を片付けるのよ! ラン!」
「はいはい」
持ち場に戻って、壁を見上げる。そこには、私がかつて作った武器がかけられている。一番上には広場と同じデザインの剣が鎮座していた。
それは未熟だった頃の私が作ったもの。煤けていてよれよれの、伝説の剣のレプリカ。ということになっている。
Fin.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます