第71話
「ノームさん、親切だったね」
「あれは筋金入りね。多分人間よりも飛竜との方が気が合うのよ」
「でも喋れない動物と心を通わせられる人ってすごいよね」
「そうね、あそこまで行くと才能だと思うわ」
私達は来た道を引き返しながら、街の中心地を目指してのんびりと歩いていた。ノームさんというのはあの飛竜屋のおじさんのことだ。私達に色々とクーのことを教えてくれている間にも、手際良く世話をこなしていた。たまにノームさんの顔を見に来る子もいて、彼が飛竜達に慕われているのは誰の目に見ても明らかだった。
「ルーズランドへの道もなんとか見えてきた感じだし、いい一日だったね」
「ラン、なんかもう今日のイベントを終えた気になってない?」
「……え? なってるけど?」
すごく濃い時間を過ごしたせいか、彼女の指摘する通り、私は結構やりきったような顔をしていたと思う。まだ陽は高いんだけどね。でも、彼女は違うようだ。首を傾げていると、マイカちゃんは私の胸ぐらをゴーグルごと掴んで言った。
「クーのお家、探してあげるわよ。あとエサも」
「これから!? 間に合うかなぁ」
ノームさんは、クーの住処の宛てがないならここへ行けと、住所と店名を教えてくれていた。店の名前は”ミケオフィス”。西区にあるらしい。
のどかな田園地帯、あぜ道を歩きながら頭を掻く。まぁ、迷子にならなければ間に合うか。そう考え直して、彼女の提案を受け入れることにした。私だってクーを早く受け入れてあげたいし。
さっきは怒って巨大化してたけど、もっと仲良くなって私達に力を貸してあげたいと強く思ってもらえるようにならないと、ルーズランド行きは難しいだろう。普通の状態のクーでは二人で乗るどころか、荷物を乗せてもらうことくらいしかできないだろうし。
メモは読めないけど、聞き込みしながらメモと看板の文字の形を照らし合わせて探せば、きっとなんとかなるだろう。
文字が読めないって本当に不便だなぁ、なんて思いながらもらったメモを開く。この丸と線の組み合わせでどうしてミケオフィスなんて読めるんだろう。
「あんまり時間も無いし、中央区までかけっこで競争する?」
「何キロあると思ってるの……私はマイカちゃんみたいに体力バじゃなかった、体力バ、いや、元気じゃないんだよ」
「言いかけて訂正したくせにまた間違えるって超失礼じゃない!?」
「ご、ごめん……まさかそんな有り得ないこと言われると思ってなかったからちょっと動揺しちゃって……」
「ランは運動した方がいいわよ、すぐ息上がるし。ほら、行くわよ」
「えちょっと待って、嘘でしょ!?」
嘘だったらどれほど良かったことか。私はマイカちゃんに手を引かれて、観光客で賑わう区画まで走ることを強要された。
喉の奥から鉄みたいな味が広がってる。あとなんか横っ腹が痛い。私を引っ張って来たからマイカちゃんも同じだけ走ってる筈なんだけど、彼女は涼しい顔で視界に入る珍しいものを楽しんでいるようだ。
「ね、ねぇ……マイカちゃん、の、身体能力の高さ、なんなの……?」
「なんなのって言われても……ただの遺伝だと思うわ。お父さんは見ての通りあんなだし、お母さんだって運動神経はいいし」
「そ、そうなんだ……マチスさんはそのままだけど、メリーさんはちょっと意外かも」
「まぁ普段は家事くらいしかしないしね。体を動かす趣味でも始めたら? って言ったことがあるんだけど、家事が疎かになったらイヤだからしないって言ってたわ」
メリーさん、本当にマチスさんのことが好きなんだなぁ……。ずっとお世話になっていた私ですら、彼女の運動神経がいいだなんて話は聞いたことがなかった。その片鱗を見せない奥ゆかしさというか、妻としての働きっぷりというか、そういうのを見せつけられた気がして、遠く離れた地から尊敬の念を送ってしまう。ぼんやりと懐かしい顔を思い浮かべていると、マイカちゃんは衝撃的なことを口走った。
「私もいつかはそういうお嫁さんになれるのかしら」
「いやそれは絶対無理だと思うよ」
「はぁ!?」
しまった。あまりにも有り得ないことを言われてしまったから、つい本音で失礼なことを言ってしまった。本音だったとしてももうちょっと言い方があるっていうか、まぁ間違ったことを言ってるつもりはないんだけど。
「何よ! じゃあランは私がどういうお嫁さんになると思ってるの!?」
「え、えぇ……?」
ものすごい剣幕に引きながら考える。マイカちゃんが誰かの奥さんになっているところを。駄目だ、とんでもない量の食事を出して「残しちゃ駄目よ」って言ったりしてるところしか思い浮かばない。ワガママなんて言った日には張り倒しそうだ。
「……今すごく失礼なこと考えてるでしょ」
「いやぁー……あの、うん、なれると思うよ、メリーさんみたいな奥さんに」
「うそつき!」
「えぐっ」
肩を掴んで引き寄せられたと思ったら、腹部に激しい衝撃を受けた。地面に手を付いて一呼吸置いてから、彼女に膝蹴りされたのだと理解する。
「いったいんだけど……」
「手は小手を装備してるし、足は重たいブーツだから膝にしてあげたのよ」
「そこまでの冷静さがあるんだったら暴力を振るわないで欲しかったな」
「それは無理よ。お嫁さん姿をディスられるなんて、本当は一時間に一回膝蹴りしたいくらいなんだから」
「怖過ぎる」
そんなことされたら病んで自殺しそう。私はズキズキと傷む腹を摩ってなんとか歩く。西区に入ってからはメモを片手に、看板を注意深く観察しながら。
陽が落ちきる前にメモと同じ文字の看板を見つける。時刻を見るとまだ営業時間内だった。私達は目を見合わせて頷く。そうしてガラス張りになっているドアを押した。
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