第196話
「クロ、続きは?」
「……の、下にあるグレーテストフォール」
「最初からそう言ってよ!」
私達に配慮してくれてるなんてとんでもなかった。クロちゃんは肝を冷やした私とマイカちゃんの顔を見てにやにやとしている。本当に巫女っていい性格の子ばっかりだな。心が暖かくなっちゃうよ。燃えたぎるほど。
「アンタ、もう一発げんこつされたいのね」
「ち、違う。これは、その、ニールが言えって言った」
「あらご冗談を。つまり、あなたはもし命令されたら私の言うことを聞く、という解釈でよろしくて?」
「は? 絶対有り得ない。死んでもニールの言うことなんて聞かない。あっ」
クロちゃんはニールを睨み付け、だけどすぐにマイカちゃんの視線に気付いて震え出す。
こうして、頭を押さえてテーブルに顔を伏せているクロちゃんの代わりに、レイさんが続きを話した。マイカちゃんはクロちゃんを怯えさせることで忙しそうなので、残ったメンツで彼女の話に耳を傾ける。
「まぁそういうワケで。多分、そこに剣を封印する形になると思うんだよね。問題は封印場所じゃなくて、封印するものだよ」
レイさんは再び私を見る。マイカちゃんはクロちゃんを威圧して遊ぶことなどすっかり忘れたという様子で、びっくりした顔をしている。多分、柱の封印をすることで手いっぱいで失念していたのだろう。封印する為には新たな剣が必要になる、ということを。
「ランちゃん、なんかめぼしい剣は見つけた?」
「もしあるなら、あたしらの誰かとクーで取りに行こう。どこにだって取りに行くから、遠慮せず言ってくれ」
「ありがとう、フオちゃん。でも、ちゃんと考えてあるから大丈夫」
そう、私は考えている。というかマイカちゃんは絶対に考えていないから、私まで忘れてたらとんでもないことになるって妙な危機感があった。色々な材料を考えたこともあったけど、ある選択肢に気付いてからは、あまり悩まなくなったのだ。
「これ。この戦いが終わったら、封印しようと思う」
「はぁ!? それ、お父さんの形見じゃない!」
私が腰に携えた双剣に触れてそう言うと、マイカちゃんはテーブルに手を付いて立ち上がった。かなり驚いているようだ、そして少し怒ってもいるらしい。そうせざるを得ないとか、私がやむを得ず形見を捧げようとしているのであれば、彼女の反応は全くの的はずれとは言えない。だから私は続けた、そう決断した理由を。
「何も壊す訳じゃないし。それに、私がお父さんの立場だったら、嬉しいって思うだろうなって」
「本当に……?」
「娘の護身用に作った剣が、人一人どころか世界を守るかもしれないんだよ? 嬉しいよ」
彼女は私の父を知っている。不器用な人で、娘にろくにプレゼントなんて贈って来なかった人であることも。
あんまり自覚は無いんだけど、マイカちゃん曰く私は自己犠牲の精神がおう盛らしいし、簡単に手放していい代物じゃないのにと心配したのだろう。誤解ではあるんだけど、父の形見を一緒に大事にしようとしてくれてるのは嬉しかった。
「大丈夫だよ。お父さんの形見なら他にもあるし」
「そうなの?」
「工房そのものだよ。あそこにあるものはハンマーも鋳型も作業台も、全部そう」
「……それもそうね」
私達の会話を聞いていたレイさんは、腕を組んでニヤニヤとしていた。楽しそうな、それでいて悪だくみをしているような顔だ。付き合いが長くなってきたおかげか、彼女が今なにを考えているのか、手に取るように分かる。
「いいね! 正直、めちゃくちゃいい! この上ない!」
「いきなりテンション上がったな、こいつ……」
「レイはこういう人だから。平常運転」
「その双剣を封印に使う発想はなかったなぁ〜。倫理観なんてとうの昔に捨てたと思ってたのに。ランちゃんが鍛冶屋という先入観、形見を手放させる非人道的な行為への無意識下での忌避、とにかく盲点だったっていうか。いやぁ、やられた、一本取られた」
「実に楽しそうですわね」
「なんていうか、ホントに相変わらずね」
マイカちゃんは苦々しい表情で、一人で話すレイさんを見つめている。多分、初めて会った時のことを思い出しているんだと思う。あの時もマシンガントークをされて、私達はちょっと唖然としたっけ。
「武器の性能としても申し分ない、さらにそれぞれ女神の力を付与されてるときた。つまり、柱の分の女神の力を合わせて六人だよ? 本気出したらちょっとした世界作れそう」
レイさん、本当に嬉しそう。私としては、彼女のお墨付きを貰ってほっとしたところだ。「双剣を封印に? 駄目に決まってるじゃん。以下理論的な説明ぶつぶつぶつぶつ」ってなって終わりだったらどうしようと思ってたから。
まだ何かを言っているけど、それが終わるまで付き合ってあげる気にはあまりならなかった。私は、「つまり、封印に使う剣も場所もはっきりと決まってるってことだよね」と、ここに来てから共有した情報を確認する。
みんなが静かに頷く。否定する人は一人もいなかった。
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