ハロルドを目指して

森の中で

第197話


 封印を施す為の全てが揃っていることを確認した私は、少し張りつめた気持ちでいた。ジーニアを出てから、ずっとこれを目標に旅をしてきて、それがあと少しで達成出来るんだ。

 勇者の問題を片付けたらすぐにでも取りかかりたい。そう口にすると、レイさんは「それはダメだねー」と言って優しく微笑んだ。


「……はい?」

「勇者の問題を片付ける前にやるんだよ」

「で、でも」

「私にとって、封印の剣を用意できるかどうか、そこが焦点だった。それが手元にあるってんなら、とっととやるしかないでしょ」

「ラン、あたしもレイの意見に賛成だ」


 これまで静かに話を聞いていたフオちゃんが、真剣な顔をして言った。隣に座っているニールは、口の周りを真っ赤にして澄ました顔をしている。なに飲んでるんだ、あれ。


「勇者の仲間のヴォルフだっけか。あいつ、ランの力を吸収するとか言ってたんだろ? それがどれほどのものかは分からないけど、あのジジイがあたしらの巫女の力まで奪えたとしたら……」


 もしそれができたなら、つまり四人の力を借りて新しい封印ができなくなる。マイカちゃんは「あのじいさんが巫女に……それはヤバいわ……」なんて言ってる。彼女の脳内でヴォルフがすごい可愛い服着て舞ってそう。


「っていうか力を奪われなかったとしても、あたしらの誰かが死ぬかもしれないしね」

「ちょ、縁起でもないこと言うんじゃないわよ」

「あたしらは封印を解くっていう使い道があるからまだ無事かもしれないけど、ランちゃんとマイカちゃんはマジでヤバいと思うよ?」

「……そんなの、分かってるわよ」


 そうだ、そんなこと分かりきってた。勇者にやられて、巫女も奪われて、封印を解かれて、剣を抜かれて……それって、私達の冒険が何の意味も成さなかったってことじゃん。暗い顔をしていると、華やかな声が部屋に響く。声の主は、ニールだった。


「つまり、先にそれなりの成果を上げておけば良い、それだけのことですわ。カイル達はまさかランが新たな封印を施そうとしているだなんて、ゆめゆめ思っていないでしょうし。彼らはおそらくグレーテストフォールではなく、ハロルドに向かっているでしょう。ラン達を待ち構える為に。そう、これはチャンスなのです」


 演説のようなテンションでそう言い切ると、彼女はグラスを口に付けた。優雅に笑っているけど、口の周りはたったいま付着したばかりの謎の赤で不気味にデコレーションされている。ねぇそれ本当に何? なんか臭いんだけど。


「ニール、もう無理して飲まなくていい」

「無理? 何故? ワインを嗜むのは淑女の務めですわ?」

「特殊で高級な赤ワインって言ったけど、それ本当は豚の血だから……もう飲まなくていい……」

「ヴォエッッッ!」


 何してるんだろう、この子達……クロちゃんもやりすぎだけど、注いだ時はまさか本当に飲むと思ってなかったんだろうな……。


「……新たな封印を作るのが先ね。それは分かったわ」

「じゃあ」

「でもダメよ」


 マイカちゃんは腕を組んで、巫女達を威嚇するように見つめている。かなり怖い。だけど、それに威圧感を感じているのはフオちゃんだけのようだ。まぁ、他の三人ってちょっとアレだから仕方ないんだけど。


「なんで? なんかマズいの?」

「剣を封印に使っちゃったら、そのあとランはどうやって勇者と戦うのよ」


 彼女の発言を聞いて、私とフオちゃんは「あ」と声を上げた。そうだ、言われてみれば……魔法だけで戦えるかな……。

 口元に手を当ててうーんと唸っていると、正面からケラケラという笑い声が聞こえた。


「なんで? その剣じゃないと戦いたくないの?」

「そうじゃないわよ。でも、双剣がないと戦闘力はガタ落ちよ。ラン、詠唱できないし。それに入れ替わりも出来なくなるわ」


 入れ替わりは女神達に負担がかかるからもうしたくないけど、それ以外は彼女の言う通りだ。バリエーションを捨てるということは、敵に魔法での攻撃を警戒された上で、それを上回るような力で圧倒しなければいけない、ということになる。私の家に寄れるなら自分の工房の武器を使えなくもないけど、どちらにしても戦力はガタ落ちだろう。

 だけど、それでも私はマイカちゃんを制止した。


「いいよ。ハロルドさえ守れるなら」

「バッカじゃないの! よく考えなさいよ! 新しい封印さえ作っちゃえばハロルドは守れるかもしれないけど、その後どうすんのよ! 巫女達は柱に連れ戻されて、そこで死ねっての!?」

「そういう意味じゃないけど……でも、先に封印をしちゃった方が」

「勇者やっつけてからでいいじゃない!」

「だからそれができるかどうか分かんないから」

「分かるわよ! 勝つの!」

「お二人さーん」


 私とマイカちゃんの間に、顔の倍くらいあるサイズの大きな白い手がにゅっと割り込んでくる。びっくりして横を見ると、窓から射し込む光で、レイさんが魔法の手を作っていた。


「だからストップー。あのさ、双剣に拘ってないなら、あれ使えばいいじゃん」

「あれって何よ」

「ハロルドに刺さってるヤツ。新しい封印したら用無しなんだから」

「「え」」


 なんかとんでもないこと言ってる、この人……。私だけじゃなく、マイカちゃんまで固まっている。そりゃ、そうなるよね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る