第212話

 戦いが終わった後にもまだ戦いが残っている、そんなことをマイカちゃんに思い出させられて思考が停止していた。強引に腕を引かれて立ち上がると、変態とその引率者がクーから降りてくるところだった。

 クーはそそくさと、逃げるように外に飛び去っていく。それも当然の反応だ。だって……。


「なんで服着てないの?」

「どうしても抗えなかったのです……洞穴の中、裸で過ごしてみたいという欲求に……」

「残念そうに言ってるけど本当に残念な気持ちなのはあたしらだからな」


 フオちゃんは、抱えていたニールのドレスを皺にならないように畳みながらそう言った。ニールのとんでもないマイペースさにちょっと救われた気がしたけど、やっぱりそんなことはなくて、私は乾いた笑いを零した。


「にしても、綺麗に穴を開けたもんだな」

「違うわよ。これはランがそうしてくれたの」

「なるほど。本当に便利な力なのですね」

「私の力っていうか精霊の力だけどね」


 話をしながら、私達はさきほどと同じように穴の奥へと歩く。行き止まりまで辿り着くと、フオちゃんは壁にもたれて腕を組んだ。ニールの裸をじっと見つめて、うぅんと唸っている。ニールは通路の真ん中に立って、両手を広げて目を瞑っているところだ。何してんだろ、あの人。


「なぁ、ラン」

「何?」

「あいつの脱ぎ癖、どうにかできないか? あたしはいいんだけど、裸で股がられるクーが可哀想で……」

「あぁ……」


 そういえば、ニール、私が座ってたところに座ってたな……。直後に乗りたくないから、結構有り難い順番だったな……。


「バカにしてみるのはどうかしら」

「今更そんなことで止められるか……? 一緒に暮らすことになったら好きに過ごしていいって言ったのはあたしだし、約束を無かったことにされるのもなぁ……」


 マイカちゃんは自分の案をナイスアイディアだと思っていたらしく、フオちゃんの返事を聞くと難しい顔をして首を傾げた。裸をバカにするって案外難しそうだけど。あの子無駄にスタイルいいし。

 だけど、クーのことを考えると、解決しておいた方がいい問題のような気もする。ここから出る時だって、「洞穴から裸で出て水しぶきと風を同時に受けたい」とか言い出しそうだし。


「じゃあ、いやらしい目で見てるってアピールしてみるのはどうかな。いくらパートナーの視線とはいえ」

「……ラン?」

「私はそんな目で見てないよ!? ただ、それなら流石のニールも」

「なんで違うのよ!」

「えぶっ!」


 のんきに胡座をかいていた私は、マイカちゃんの突きを横っ腹に食らって吹っ飛んだ。座ってたのに吹っ飛ばされるって……。痛みに耐えながら体を起こす。

 彼女の怒りは尤もだ。私達、恋人同士なのに、いやらしい目で見てないのも問題あるよね……。


「いや、違くて……私は、ニールのことそんな目で見てないよって意味……」

「あぁなんだ。そうね、それがいいわ、フオ」


 なんとか誤摩化すと、じくじくと痛む腹部を押さえながらフオちゃんを見た。ふんふんと頷くと、すたすたとニールのところへと歩いて行った。どうやら早速チャレンジするつもりらしい。


「おい、ニール」

「なんですか?」

「その、いい体してるな」

「? えぇ」


 謎の会話をした後、フオちゃんは早歩きでこちらに戻ってきて、声を潜めた。


「駄目だった」

「あんたバカなの?」


 直球でフオちゃんを叱咤すると、マイカちゃんはさらに続けた。もっといやらしくねっとり言わなきゃ駄目よ、と。そんなことするフオちゃん、私が見たくないんだけど……。でも、あのニールをたじろがせるなら半端じゃ駄目だと思う。


「あたし、もう一回行ってくる」

「その意気よ!」


 フオちゃんとマイカちゃんは変なものに取り憑かれているみたいに、真剣な顔で頷き合っている。私は黙って成り行きを見守ることにした。

 ゆっくりとにじり寄ると、フオちゃんはニールの腰に手を回して耳元で囁いた。


「誘ってんのか?」


 ポジティブかよ、とツッコミそうになったけど、黙っておいた。ニールはきょとんとしたあと、フオちゃんの方を向いて、鼻と鼻が、あるいは唇同士がくっつきそうになるくらい顔を近付けて、「どう思います?」と囁き返した。

 フオちゃんはあと少しで壊れそうな機械のような動きをニールから離れると、すたすたと空間の隅まで移動して、しゃがみ込んでしまった。一人で、「びっっっっくりしたー……」なんて呟いている。

 私の隣で様子を見ていたマイカちゃんは、立ち上がってずかずかと彼女に歩み寄り、首根っこを引っ掴んで立たせながら言った。


「アンタ、何人も女抱いてそうな顔して何ウブなこと言ってんのよ」

「ぐえぇ。お、おい! イメージで適当言うな! そんな経験あるワケねーだろ!」

「ふうん、ヘタレなのね」

「なんでだよ! あたしはそういうのじゃ……っていうか、そんなん言ったらランはどうなるんだよ!」


 黙って見てただけなのに、いきなり飛び火した。

 私は体を硬直させる。きっと「そうよ、アレもヘタレよ」なんて言われるんだろうなぁって思いながら。だけど、私の予想はあらぬ方向に裏切られた。


「は、はぁ? ランは、その、夜はすごく積極的だから!」

「そうなのか!?」

「嘘つくのやめて!?」


 耐えきれなくなった私は、慌てて駆け出した。そこに、レイさんとクロちゃんを乗せたクーが滑り込んでくる。

 これで全員が揃ったわけだけど、フオちゃんにさっきのは誤解だって言いたい。でもそれを告げると、絶対にレイさん達も「なんの話?」となる。結局、私はフオちゃんに「夜は積極的な女」として誤解されたまま、再封印の儀式を行うことにした。


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