第211話
クーはいつもよりもスピードを落として飛んでるはず。だというのに、水の壁がぐんぐんと近付いてくるせいか、体感スピードがものすごく速い。眼前に迫った滝を見つめ、いつの間にか手綱を握りしめていた。
レイさんが魔法で傘を作ってくれているとはいえ、怒濤の勢いで落下する大量の水の迫力は伊達じゃない。ここを潜るなんて、すごく恐ろしい。きっと、クーもちょっと緊張してると思う。だけど、絶対引かないって分かってる。背中に乗せてもらってる私が怯えるなんて、あんまりにも情けない。
「いっけー!」
私は自分を鼓舞するように、クーを励ますようにそう言った。だけど、お腹に響いてきそうな大きな水の音に、ほとんどかき消されてしまっている。それくらいでちょうどいいけどさ、ちょっと恥ずかしかったし。
クーは傘よりも少し高めの位置から、ほとんど勢いを殺さず、穴へと滑空する。心臓がひゅってなる。怖い。手綱をぎゅっと握ろうとして、これ以上固く握れないってことに気付いた。
水の中を突っ切って、開けられた穴の中に突入する。無事に入れた。水の音が聞こえて、だけど私達が立てる物音も反響していて、すごく変な感じがした。
クーは穴の比較的手前で止まると私達を下ろした。どれほどの奥行きがあるのかはまだ分からないけど、結構奥まで続いているようだ。
「グオウ!」
「うん、ありがとう。私達はここで待ってるから、みんなをよろしくね」
「気を付けなさいよ」
私達が声を掛けると、クーは嬉しそうに声を上げて振り返る。元気のいい返事がわんわんと穴の中に木霊した。
何事も無く飛び立つクーを確認すると、すぐに精霊に呼び掛けて、壁を補強してもらうことにした。クーの声が響いた時、奥の方でパラパラ……という不穏な音が聞こえたからだ。
ここで生き埋めとか、絶対に嫌だ。でも、あれだけの水が流れているんだから普通に有り得る。ただでさえ強固な地盤が必要とされているところを抉るなんて、考えれば考えるほど無茶をしたと思う。私じゃなくてマイカちゃんが、だけど。
地面に手を付いて見えない存在に語りかけると、彼らは快く壁や天井を
そして、私は巫女達が来る前に補強を終えた。
「すごい、壁がつるつるになったわ!」
「ここまでしっかりしてくれるとは思わなかったけど……これで格好が付いたね」
「そうね。伝説の剣を求めてきた後世の勇者が、がっかりしない程度には」
綺麗になった壁に触れながら、マイカちゃんはうんうんと頷いていた。適当に掘ったようにしか見えない穴が、精霊達のおかげでちょっとした隠れ家に昇格した。
私とマイカちゃんは、クーが飛んできても邪魔にならないように、穴の奥へと移動する。平になった壁に背を付けて、マイカちゃんと並んで座った。
次に来るのは、フオちゃんとニールのはずだ。もうそろそろだろうと、滝の方を見つめる。そこで、私はこの穴の中に光源が無いことに気付いた。
今はレイさんの光の魔法で照らされているけど、これが消えれば、きっと真っ暗闇だ。何かしておいた方がいいかもしれない。立とうとしたところで、マイカちゃんに腕を掴まれた。
「え? なに?」
「休んでなさいよ」
「でも、ここ暗いと思うんだよね」
「そんなの、レイが来てからやらせればいいでしょ」
「……それもそっか」
他の属性の魔法ならいざ知れず、光属性の力についてはレイさんの右に出る者はいないだろう。居るとすれば、歪に力を食らい続けたヴォルフくらいだと思う。私は彼女の言葉を受け入れ、みんなが揃うまでのんびりすることにした。
一瞬でもヴォルフのことを思い出したせいか、この先で起こるであろう戦いに思いを巡らせる。表情が曇っていくのが自分でも分かる。
勇者、カイル。そしてその従者、ヴォルフとウェン。ウェンはマイカちゃんと互角以上にやりあった手練だ。そしてヴォルフも。双剣という切り札を失った私達が、果たしてあの一行に勝てるのだろうか。今回はみんなが付いているとはいえ、やっぱり不安にはなる。
「ラン。下らないこと考えてるでしょ」
「……そうかも。この双剣を封印するって決めたのは自分なのに、これがなくちゃ勇者に勝てないかも、なんて考えてる」
「そんなことだろうと思った」
呆れた口調とは裏腹に、マイカちゃんは私の肩に頭を乗せる。伏し目がちな視線が何を見ているのかは分からないけど、彼女が楽しいことを考えているワケじゃないのは分かる。
「戦いが終わったら、私達は一緒に帰るの」
「うん……」
「で、私の家に行ったら、まず居なくなった経緯から説明して平謝りするの」
「妙にリアルな想像やめてくれる???」
そうだった……そういえば、マイカちゃんって勘違いで私について来ちゃったんだ……こんな長い旅になるなんて、絶対にマチスさん達に説明してない……。
風を切る翼の音と、クーの元気な声が聞こえてきたけど、今更思い出したショッキングな事実に、私は首を動かすことが出来なかった。
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