第116話

 ユーグリアに入って二日目の朝。私達は身支度を整えて外に出た。マイカちゃんは今日も付け髭を装着して、肩にクーを乗せている。すれ違う人がたまに二度見するけど、クーが珍しいのか、マイカちゃんの付け髭が芸術的に似合ってないせいなのかは分からない。


 いろんな街を巡ってきたけど、町並みや立ち並ぶお店というのは、それぞれの特色が出ていて面白い。ジーニアは昼夜問わず賑やかで、魔導師向けのお店が多かった。マッシュ公国は空を横断する飛竜と発達した交通機関、飛竜のグッズが色々と充実しているお店。

 ユーグリアは真っ白な建物を彩るように、ごった煮といった感じで様々な人向けの服飾品店が多い気がする。私達は男装グッズの専門店にいた。


「ねぇ見て、男装するときに胸を潰す下着なんてのがあるわ」

「こんなのあるんだ……」


 胸を思いっきり潰してるからすごく息苦しそう。下着の近くには着たときのイメージイラストがあるけど、潰された胸が逞しい胸筋に見えるような代物だ。

 感心して見ていると、私はマイカちゃんの視線に気付いた。


「何さ!」

「まだ何も言ってないじゃない! そもそも私はランの胸なんて有っても無くても……いや、今更大きくなったら、それはそれで違和感がある気が……」

「むっ。でも、それはあるかも。マイカちゃんの胸が無くなったらって考えたら、やっぱりちょっと違和感あるだろうし」

「はぁ!? じゃあランは私の胸しか見てないの!? 何よ! 酷い!」

「それはさすがに理不尽じゃない!?」


 っていうかその言い方だと私がマイカちゃんの体目当てで近付いたみたいになるからやめて欲しい。

 人目を憚らず口論をしていると、周囲の視線が突き刺さり、ささやき声まで聞こえてきた。


「ごめんってば。私もマイカちゃんの意見に同意しただけのつもりだったんだよ」

「本当にそうなら私の胸じゃなくてランの胸が大きくなったら変だよねって言ってくれなきゃおかしいもん」

「すごく正論なのは分かるんだけど、それを否定するのも私的に葛藤があるからそこは許して欲しいな」


 私は心情を素直に吐露したけど、それを聞いたマイカちゃんの反応は冷ややかなものだった。


「つまりランはまだ夢見ているの……? もう二十五になるのに、胸がこれから大きくなることを……?」

「うるさいなー! もー!」

「クォー?」


 クーは私達の話に付いて来れなかったみたいだけど、周りの人はみんなクスクスと笑っている。居たたまれなくなった私達は店を出て、中心地へと歩いて行った。

 ここにあるかは分からないけど、実はマイカちゃんの小手を新調出来ないものかと密かに考えていたのだ。

 彼女の小手を調整したときに、かなり数の細かい傷が目立ったから。いっそ本体を新しいものにして、そこに精霊石の細工を施せないかなって。


 武器屋さんに入ると小手はすんなりと見つかった。そこで私の考えていた事を伝えると、彼女は笑顔で拒否した。


「嫌よ」

「そうだよね、マイカちゃんもその方がいいよねって……え? いま、イヤって言った?」

「イヤ! 私はこの装備でまだ大丈夫だもん! 勝手にそんなこと決めないで!」

「なんで!? 装備は常に万全じゃないと!」

「ランがなんと言おうとイヤ! ばか!」

「えぇ……ばかって……」


 ここまで嫌がる子に無理強いは出来ない。折衷案で、後付けするパーツを購入して取り付けるという形になった。すごく固い素材で出来た金属で拳のところに付けるだけで強度を増すことができるという代物だ。

 マイカちゃん……なんで武器を新調するの、あんなに嫌がったんだろう……もう意味分かんない……加工を加えられるのが嫌なのかと思ったけど、追加パーツは「ランが付けてくれるならいいわよ」なんてすんなりオッケーするし……。


 まぁ彼女の不思議さを今更嘆いても仕方がない。私は気を取り直して、マイカちゃんにある提案をした。


「ルーズランドについても聞き込みしてみる?」

「そうね、せっかくだし」


 武器屋のドアを開けて外に出ながらそんな話をしていると、ちょうど門番のあの二人が目の前を通っていった。腕を組んで、仲睦まじく買い物をしている。どこからどう見ても仲のいい女友達といった感じだ。


「門番なら色々な人に会ってるよね……」

「聞いてみましょうよ」


 二人は思ったよりも歩くのが早かった。人ごみの中、たまに見失いながらなんとか付いていく。ストーキングしてるような気持ちになってきた。


 ふらっと路地裏に消えていった彼らに追い付くと、そこで二人は唇を重ねていた。思考停止しかけつつも静かに踵を返そうとしたところで、マイカちゃんの肩に乗っていたクーがクオーと鳴いた。ねぇタイミング。


「あ」


 声に気付いて二人がこちらを見る。

 私は反射的に声を発していた。悪気は本当に無かったんだけど、もうこれ以外に言葉が見つからなかった。


「あの……ごめんなさい」

「……別にいいけど」


 確か、マトと呼ばれていた男の子? いや働いてるんだし案外歳は同じくらいなのかも? とにかく彼は、いや彼女は? 気まずそうにそう呟いた。

 予想外の珍客に、顔を赤くして恥じらう姿は乙女そのものだったけど……なんか、本当に性別とかどうでも良くなるね。

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