第117話

 私はマトと、もう一人の華奢で長身の門番、オオノに謝りながら大通りを歩いていた。マイカちゃんはなんだか平然としている。案外初心なところがあるから、てっきり取り乱すかと思ったんだけど。気まずさを感じているのは私だけのようだ。


「にしても、なんでオレらの後なんてつけたんだよ」

「もしかして、どうやったら上手く女装できるか聞きたかったとか?」


 オオノは長い髪を風になびかせて、私を見下ろしてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。そんな用事じゃないって明らかに分かってて言ってるよ、この人……でもなんか憎めないっていうか。不思議な魅力のある人だ。


「私が女らしい格好してもそれは女装って言わないんだけど、それは分かるかな?」

「そうだったのか。つまりランは女ってことか、知らなかったよ」

「クー、オオノの髪食べていいよ」

「クッ♪」

「ごめんって」


 オオノは少し青ざめた顔で、両手の手のひらをこちらに見せて半歩後ろに下がる。分かってくれればいいんだけど。


「それにしても、なんで隠れてあんなことしてたのよ」

「家まで待てなかったし、かと言って公衆の面前で堂々とするのは主義に反するからだな」

「なんか尤もらしい言い方をしてるけど、要するに自制心の問題だよね」

「まぁな」


 オオノは淡々とそれを認めると、「で、なんでつけてたんだ?」と話を戻した。


「二人にルーズランドのことを聞きたかったんだよ」

「門番でしょ? 何か知ってるかと思ったのよ」


 私達がそう言うと、明らかに二人の表情が変わった。オオノは元々クールな表情をしてるからそんなに違って見えないけど、マトの目に宿った敵意はすごかった。


「お前ら。そんな下らないヤツらだとは思わなかったよ」

「へ? 何、急に」

「どういうことよ」

「まだあそこに宝が眠っているって信じてるヤツがいたなんてな」


 マトは吐き捨てるようにそう言って歩みを止めた。私達とは一緒に歩きたくない、そう言われてるみたいだ。


「ちょっと待って。宝ってなに? そんなの要らないよ」

「じゃあ何をしに行くんだよ」


 私を真っ直ぐ見つめて、彼は言った。訳を聞きたがってるようには見えない。言い訳できるもんならしてみろよ、そんな風に糾弾するような視線だ。ここで理由を話せないと、誤解を解く機会はそう簡単に訪れないのは分かってた。だけど、こんな街のド真ん中で、それも会ったばかりの人に言えることじゃない。


「それは言いたくない。ごめんね、気を悪くさせちゃって」


 それじゃあね、私はそう言ってマトとオオノに背を向けた。少し離れたところで、隣を歩いていたマイカちゃんが「あんなに怒ること無いじゃない」と口を尖らせて言う。


「もしかすると、結構繊細に扱わなきゃいけない話題なのかもね」

「……そうね。マッシュに居た頃はあの大陸の話なんて絵空事でしかなかったけど」


 目的地に近付けば、逆に情報収集が難しくなることもある。これはルーズランドに限った話ではない。キリンジ国に入る時だって、白の柱について滅多なことは言うなとか言われたし。

 特に歴史が古いものに触れるならば、それなりに気を遣わなければいけないのは当然と言えば当然だ。まぁ、あの二人があんなに怒るとは思ってなかったから、それは完全に私の想定外というか、想像力の欠如が招いた結果なんだけど。


 マズったなぁ……と凹んでいると、マイカちゃんは私の背中をバンバンと叩いて話題を切り替えてくれた。


「ま、とりあえずは置いときましょ。それよりクーのご飯を買ってあげたいわ」

「そうだね。あのお店、ちょっと気になるなぁ」


 彼女の視線の先には、お店があった。美味しそうに色とりどりの丸いおやつを頬張るドラゴンの絵が描かれた看板から察するに、おそらくはドラゴンの餌を取り扱っているのだろう。

 もし仮に違ったとしても、他にどんなお店ならあんな看板になるのか気になるところではある。


「入ってみよっか」


 中に入ると、ポップで目立つ看板の割には結構静かだった。まぁ、普通の人はドラゴンの餌となんて縁は無いだろうしね。

 段になった棚には大きめのカゴに入った木の実のようなものが綺麗に並んでいる。木の実の形も大きさも、もちろん色も、何もかもが違って、見ているだけで楽しい。

 カゴにはそれぞれ説明文と商品名のようなものが書かれているけど、生憎私達には読めない言葉で書かれている。

 とりあえず店の人に声をかけてみよう。カウンターの方を見てみたけど、今は無人のようだ。どうしようかと困っていると、クーがマイカちゃんの肩からぱたぱたと音を立てて、赤い木の実が入っているカゴの縁に降り立った。


 商品の説明が書かれている札の傍に、木箱に入った見本品のようなものがある。ここに置いてあるものは手に取っていいということだろうか。

 クーは木箱に顔を近付けて、匂いを嗅いでいき、たまに振り返って嬉しそうに頷く。


「食べたいってことかな?」

「そうじゃないかしら。そんなに高くないし、少し買ってあげたら?」


 問題は何の餌か、なんだけど……毒を売ってるなんてことはないだろうから、いっか。私達は、クーの店内探索に付き合うことにした。

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