第115話

「あんまり贅沢言わないでね」

「美味しいものが食べられればそれでいいわよ」

「それ結構贅沢だからね」


 私達は宿屋が立ち並ぶ道の入口で言葉を交わす。

 新しい街に来て一番にすること。それは宿の確保だ。ままならなければ野宿することになってしまうから、街の散策も心から楽しめない。幸い、ルークのところで稼がせてもらったので懐は暖かい。


 毎度のことながら文字は一切読めないので立て看板に書かれている情報、というか数字を見ながらなんとなくどこが良さそうか見て行く。

 やけに安いのはただの休憩で泊めてもらえないものがほとんどだ。ちなみに高そうなところで相場よりも安めなのは、大体が夕食と朝食が付かない。今は齟齬がないように予め怪しいところを確認するくらいの知恵は付いているので、成長したものだと思う。


「消去法で通りの真ん中にあったあそこじゃないかしら」

「……マイカちゃん、ご飯の匂いに釣られてるでしょ」

「ラン、私が食べ物に釣られるような人間だと軽蔑しているの? それは間違っているわ。人の三大欲求に食欲があるのは知っているわよね? つまり食べるという行為を重視する事は何らおかしいことではないし、むしろそれを蔑ろにする人間こそが軽蔑されるべきなの」

「うん、分かった分かった。あそこにしようね」


 よほどあの宿の料理が食べたいのか、マイカちゃんは彼女の人生史上、最も頭を使って何かを考えたんじゃないかってくらいペラペラとそれっぽい理由を述べた。それも私を諭すような言い方で。

 それがやけに可愛く見えて、私は彼女の期待に添うよう宿を決めた。金額もリーズナブルだし、雰囲気も悪くない。そこにマイカちゃんの強い要望が入れば、私としては決めない理由が見当たらなかった。


 手続きを済ませて、夕飯まで部屋でくつろいでいるよう言われた私達は、とりあえず荷物を整理していた。


「そういえば、この街でも翻訳機、普通に使えたわね」

「便利過ぎて怖くなるよね」


 荷物の整理が終わると、二人でベッドに腰掛けて、多言語で書かれたこの街のパンフレットを覗き込んだ。こういうのを見る度に、文字だけじゃなくて言葉でも、意思疎通に苦戦するのが本来の形なんだよなぁと思い知る。

 勇者達の目を欺く為に黒の柱の後に目指した白の柱だったけど、翻訳機を手に入れることができたことを考えれば最適なルートだったんじゃないかと思う。


「一部だけど、ルクスの言葉でも書かれてるわね」

「本当だ。まぁ色んな国の人が来るんだろうね、マッシュもそうだったけどさ」


 街の簡単な地図にルクスの言葉は無かった。そこが一番重要だと思うんだけど……。ルクスの言葉でも書かれているのは、この街がどうして異性装をするようになったか、ということだ。

 なるほど、この街に入る為の絶対条件。地図よりも理由が知りたい人が多いだろうと思うのも頷ける。詳細は省くけど、宗教的な理由であることが記されていた。昔は街を覆う障壁を維持する神官や魔術師だけが異性装をしていたんだとか。


 パンフレットを読み終えたと同時に夕飯の支度ができたと呼ばれたので、一階の食堂へと降りていった。

 この周辺に生息しているというバックブルの香味焼きを頂きながら、周囲を見渡す。正面に居るガツガツお肉を食べる可愛い髭男爵も妙だけど、隣のテーブルには生まれて初めてスカートを履きましたって様子のおじさんと、とりあえずズボンを履いてみましたって感じのおばさんがいた。面白い街だなぁ、本当に。


「本当にみんな異性装してるよね」

「そうね。あの門番達は板につき過ぎてちょっと怖かったけど」

「あぁ、あの二人ね。女の子って言われたら信じちゃうよね」

「ランより女性らしかったわよ」

「辛いからやめようね」


 それは私も薄々勘付いてたけど、口にするのはやめて欲しい。

 食事を終えて先ほど読んだパンフレットの話をしていると、隣に居たおじさんが話に割り込んできた。


「差別的なヤツから逃れるには丁度いいんだろうよ。わざわざやってきて街の真ん中で悪口を言うヤツもたまにいるらしいけどな。女装した野郎にボコボコされて街の外に捨てられるらしいぜ」


 スカートを履いたおじさんはガハハと笑い、おばさんはいきなり話しかけてしまったことを謝っている。見知らぬ人との交流も旅の醍醐味なので、私は全然気にしていない。マイカちゃんも細かいことを気にする性格ではないので、私達は四人で雑談をして部屋に戻ってきた。


「クー。お待たせ。いいこにしてた?」

「クッ!」


 部屋を出るときに与えた餌を平らげてテーブルの上で平らになっていたクーに話しかける。元気な返事に応えるように頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑っていた。そういえば今日はまだハグをしてあげてなかった。

 おいでーと言って両手を広げると、何故かちょっと体を大きくしてからクーは私に飛びついてきた。

 ずっしりと重たい体を抱きかかえてあげると、クーは私の肩に顎を置いてクオゥと鳴いた。


 明日はもうちょっと本格的に街を散策しようと思う。簡単な地図も手に入れたことだしね。

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