第242話

 カイルの魔法を受けたクーは、ぴくりとも動かない。目を瞑って、眠っているみたいに見えた。だけど、私には分かる。というか、私だけじゃなくてマイカちゃん以外のみんなは分かってると思う。クーは魔法や魔力に影響を受けやすい種類のドラゴンだから。

 今まで感じていたクーの気配が、どんどん弱まっていく。みんなの慌て具合や、私が怒鳴ったことから、マイカちゃんも徐々に事の重大さを悟っていったようだ。


「あんた! クーになにしたのよ!」


 振り返ってマイカちゃんは声を荒げる。だけど、カイルは答えなかった。少し離れたところにいたヴォルフが、よろよろと近付いてくる。また何かされるんじゃないかと思ったけど、彼は両手を挙げ、抵抗の意思がないことを示していた。敵ながら苦々しい表情を浮かべ、彼が良くないことを告げようとしているのは明らかだった。


「今のは……即死魔法じゃ。成功すれば、術者も命を落とす」

「こいっつ……!!」


 今更、どうしてクーの命を奪うことがあるのか。私には分からなかった。なんでカイルを殺さなかったんだと自問自答するけど、そんな考え方はよくないと思う自分もいる。混乱していた。ただ悲しくて、判断を誤ったかもしれないという後悔もカイルへの憎しみも、全部悲しみが塗り潰していくようだった。


「なんで……! なんで……!!!」

「いやよ…………クー…………」


 声が枯れるまで叫んだ。クロちゃんとフオちゃんも泣いていた。空が暗くなっていく。太陽が景色の端へと沈もうとしている。こんなの、あんまりだ。


 ニールはカイル達に視線を向けているようだった。彼女もまた、クーのことを悲しんでいるはず。だけど、これ以上何かさせないという気持ちの方が強いみたいだ。レイさんだけは、冷静な顔つきでクーをじっと見つめていた。


 カイルを倒したことなんて、最早どうでもよかった。私は赤ちゃんを抱くみたいにクーを抱きかかえた。信じたくないと思いつつも、頭の片隅では、もうじき冷たくなってしまうんだろうか、なんて恐ろしい事を考えている。


 ぽりぽりという音がした。聞き覚えのある音に、私はおそるおそる目を開けた。飛び込んできた光景に、絶句してしまった。


「クオ……?」


 クーが、体力のつく木の実を食べている。

 私と目が合うと、「どうした?」という顔で首を傾げた。いや、どうしたじゃなくて……え……?


「うん……………??????」


 ううん、生きてて嬉しいよ。絶対に、それはそう。混乱しすぎた私は、目の前の光景が、クーに生きてて欲しいと願う自分が見せた幻覚なんじゃないかとすら疑っている。

 周りを見ると、マイカちゃんはもちろん、フオちゃん達もきょとんとしている。やっぱり、幻覚じゃ……ない、よね……?


「ごめん、ちょっと言いにくくてしばらく黙ってたんだけど……さっき、ランちゃんが精霊石くれたじゃん? だから、光の輪でネックレスを作って、クーにあげたんだよね。ほら、体が大きいから、誰よりも狙われやすいだろうし」

「え……?」


 言われてみれば、精霊石をレイさんに渡した。クーの首をよく見ると、そこには確かにネックレスになった石が輝いていた。

 つまり、これがカイルの魔法を吸収した、と……? 有り得ない話ではない。ヴォルフが魔法の効果についてウソをついている様子はなかったし。

 のんきに木の実を食べるクーを抱っこしたまま固まっていると、マイカちゃんがカイルの方へと歩き出した。確認しましょう、とだけ残して。


 うつ伏せに倒れるカイルの側に立つと、彼女は容赦なく蹴って転がし、空を仰がせた。優しくしてやる気が一切起きないのは分かるけど、結構怖い。じっと見下ろし、しばらく観察すると、マイカちゃんは呆れたような、しかしどこかほっとした声で言った。


「……生きてるわ、こいつ」


 私はフオちゃんにクーを預けて、小走りでマイカちゃんの元へと駈け寄った。これが今できる全速力だ。


「せめて、一人は、道連れにしてやろうと思ったのに……」

「あのさ、そういうのめんどくさいから」


 吐息まじりにそう言うカイルに、今度は私が呆れた声を出す。そして続けた。


「私は、お前を殺せなかったんじゃなくて、殺さなかった。そんなの、分かってるんでしょ。それで、自分のしでかしたことの責任の取り方が死ぬ以外に思いつかなくて、あの魔法を放った。違う?」

「……違わない。僕は悪者として死ななきゃならない」


 カイルは独り言のように零した。悪いことをしたのは自覚しているようだ。もし自分の目的が遂行できないのであれば、その時は完璧な悪者として、必ず死ななければいけないと考えていたらしい。

 潔いと考える人もいるかもしれないけど、私は彼の話を聞いて、身勝手だとしか思わなかった。


「それに、伝説の剣を他の人間に抜かれてしまう勇者がいるものか」

「自分のことを勇者だなんて、思ってなかったんでしょ?」

「……国に戻っても居場所はない。いや、元々、そんなものはどこにも無かった。もしかしたら、それを作りたかったのかもしれない。だけど無理だった」


 身勝手な理由でクーを殺そうとした奴の言葉に同情なんてしたくなかったけど……ちゃんと愛されて生まれ育ってきた私なんかには、想像も付かないような暗い人生を歩んできたことは分かる。育ちが違えば、考え方も違う。何かを大切に思うことも、そうする誰かの気持ちに共感出来ないこともあるのかも知れない、とは思う。


「何も考えたくなかった。与えられるのは父のオマケとしての運命だけ……」


 カイルは想像以上に、素直に心情を吐露してくれたと思う。だけど、そんな彼の言葉を遮って近付く者がいた。


「ちょっとアンタ、立ちなさい」


 マイカちゃんだ。声を掛けられたカイルは、理由が分からないままその言葉に従う。ゆっくりと立ち上がる彼を、マイカちゃんは下から上へと舐めるように見つめる。あまり行儀のいい仕草とは言えなかった。っていうか不良みたい。


「ふんっ!!!」

「ぐっ!!?!?」


 カイルの鳩尾へ、強烈な一撃が決まる。というか埋まる。深々と急所を捉えたマイカちゃんの拳は、痛みに蹲る彼を指差す。


「アンタにどんな理由があろうとどうだっていいわ。クーを危険に晒したアンタを許すつもりはない。ただ、ランが殺さないと決めたから、それに従っているだけ」

「……当然だ、すまなかった」


 こうして、私達の最後の死闘は、マイカちゃんがカイルをシバくという結末で幕を閉じた。

 あれ、普通の人が食らってたらガチで死んでたと思う。やっぱり彼、勇者なんじゃないかな。

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