第165話

 こちらに駆け寄ろうとしたマイカちゃんを格闘家が牽制する。心配してくれるのはすごく嬉しいけど、マイカちゃんまで同じような目に遭わせたくない。あまり不安にさせないようにする為にも、すぐに立ち上がらないと。

 咳き込みながらも、なんとか膝を付いて起き上がろうとすると、すごくつまらない本を読んだあとみたいな顔をして勇者が言った。


「もういいだろ。ただ、一つ確認したいことがある。丸腰でこちらに来てくれ」

「……?」


 流れ的には「殺すなら殺せ」と言いたい空気だ。殺されたら困るから言わないけど。だって、わざわざ丸腰でこっちに来いって、変だよね。どう考えても。私が怪しむ様子を見ても、勇者は淡々としていた。


「二人が塔を再封印した方法について、別の道具で代用したのだろうと踏んでいたんだけど。強力な魔具があれば不可能な話ではないしな。でも、火の妖精が封じられた状態にも関わらず、力を発現した君を見て確信したよ。君……精霊どころか、女神も操れるんだな」

「げほっ……はぁ……私は、誰のことも、操ったりしていない……」

「しらばっくれるのか。その根性だけは認めるよ。体を調べれば分かることだ」

「……話をして、力を借りてる、だけ……」


 下らない事にこだわっていると思われるだろう。だけど、私は、私に力を貸してくれた存在を一方的に操っているだなんて、そんな言い方をされるのは嫌だ。私は彼らをリスペクトしているし、どちらかと言うと彼らの方が上等な存在だと思っているから。


「……とんでもない力だな。ヴォルフ、吸い取れそうか?」

「さぁ……やってみないと、なんともじゃな。如何せん規格外な力じゃ。さっきは完全に油断していたわい」

「ウェン、連れてきてくれ」

「はいよ」


 ウェンと呼ばれた格闘家の男は、とっとと装備を外すように私を急かした。外した双剣と鞄は地面に置いて、私はウェンに引き摺られるようにして勇者の元へと歩いた。

 強引に引かれる腕、未だにじくじくと傷む腹。一撃食らっただけなのに、私は既に満身創痍だった。

 吸い取るって、何をされるんだろう。私のこの力が、無かったことになっちゃうのかな。それは……結構イヤだな。そんなことをされても私の体は平気なんだろうか。もしかして、力を吸収されると同時に、私も死んじゃうんじゃないかな。普通に有り得そうだ。


 身体からふっと力が抜ける。膝を付いて、歩みを止めた。私の荒い息遣いを聞いても、傍らにいる男はうざったそうに怒鳴るだけだった。心配してほしいとまでは言わないけど、仕方ないくらいは思ってくれてもいいのに。私をこんな風にしたのは自分なんだから。

 背後を盗み見ると、マイカちゃんは私が置いていった装備の前に立って、こちらを見ていた。今にも泣きそうな顔だ。っていうか泣いてる。


「最期に一言、いいかな」

「ダメだ。早くこっちに来るんだ。ウェン」


 勇者に名前を呼ばれた男は、私の腕を持ち上げるとぐっと立たせた。と言ってみても、否定されなかった。これ、ホントに死ぬっぽいな。


 身体が弱っていても、私の力が弱まるということは無い。私は自分の身体を資本として彼らの力を具現化しているわけではないから。私の特殊なスキルと言えば、話ができることだけ。たまたま彼らと馬が合う性格だったから、色々融通してもらってるだけだ。

 要するに、私はこの状態でだって、その気になれば女神にだって声を届けることができる。だけど、どんな力を借りても、半端じゃヴォルフにかき消されてしまうだろう。どうしたらいいかな……。


 そうして気付いた。イチかバチかだけど……上手くハマればこれ以上無い手に思えてきた。というか上手く行く気しかしない。だって、双剣に力を宿してくれたイフリーさんとヒョーカイさんの笑い声が、頭の中で響いてる。


 ——マジかー

 ——ま、いいんじゃない? 契約内容から考えてもね

 ——だな。面白ければなんでもOKだ

 ——それは問題あるでしょ、女神として

 ——人に言わせてるだけで、自分だってそう思ってるだろ?

 ——まぁね


 豪快な笑い声とおしとやかな笑い声。二人が笑ってくれたおかげで、少しだけ気が楽になった。


「マイカちゃん!」


 私は声を張り上げる。掴まれていた腕を握る力が一段と強くなったけど、構いやしなかった。


「絶対にやっちゃだめって言ったこと……アレ、嘘ね」


 私が何を言っているのか、伝われ。伝わってくれ。


「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」


 苛立ったウェンが私の頭を横から殴る。加減ってものを知らないのかな。めちゃくちゃ痛いんだけど。いや、一応加減してるから私はまだ生きてるのかな。



 なんて。


 そんなことを考えていたけど、痛みはすぐに消えた。



 私は、ウェンに殴られて吹っ飛んでいる自分の姿を後ろから見ている。



 スローモーションみたいにゆっくり。頬を伝う涙の感覚がやけに鮮明だった。



 左右逆に鞘に納められた双剣を引き抜く。


 そして駆け出した。いつもよりも速く、そして力強く。


 手の中にある剣は一切重量を持たないみたいに軽い。



「いったた……へ!?」


 マイカちゃんは自分の身体が他所にあって、さらに双剣を持って戦おうとしていることに驚いている。だけど、自身の首に掛けられたゴーグルに触れると、何が起こったのかをすぐに理解してくれたようだ。

 理屈も何もかもすっ飛ばして、そこにある事実を基準に考えてくれるとこ、好きだなって思った。戦いが終わったら、きっと伝えよう。


 さぁ、反撃開始だ。


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